百拾壱.エラい神さま
天児屋が淹れたお茶は、まあ美味しかった。普通の煎茶とは似て非なる味だがこれはこれでありだ。ところで、お茶があるとお茶漬けが食べたくなるな。
墨はお茶を一生懸命冷ましてから、一口舐めただけで舌を出して顔をしかめている。お茶の苦味が苦手なんだろう。
天児屋(どうだ。下界の飲み物とは一味も二味も違うだろう。これで僕を敬う気になったか?)
俺(あ、うん。懐かしい味だな)
天児屋(なっ!?)
天児屋は俺の反応が意外だったらしく複雑な表情をしている。もっと白々しく喜んでやれば、面白い反応が見られるのかな?
俺(すっご~い。こんな美味しい飲み物、飲んだことな~い)
天児屋(そうか、そうだろう、やっぱりそうだよな。もっと飲むか?)
あれ? バカにされたと怒るかと思ったら逆に喜んだ。単純なやつだな。
俺(いや、また後でいいや。それより聞きたいことがあるんだけど)
天児屋(おう。なんでも聞いてくれ!)
俺(未来に行く方法を探してるんだけど、知ってるか?)
天児屋(ん? 未来って
天児屋はなにか言いかけて慌てて口を手で押さえた。
俺(今、何か言いかけたよな?)
天児屋(もがもがもが)
口を手で押さえたまま首を振って何かもがもがと天児屋が言ったが、何を言っているのかわからない。だから、俺は天児屋の手首を掴んで力任せに引っ張って、耳元でささやいた。
天児屋(イタ、イタ、イタタ)
俺(もし教えてくれたら、2人きりでいいことしてあげる)
天児屋(えっ、ええっ、いっ、いいことって何?)
あっさり食いついた。
俺(それは、後のお楽しみ)
天児屋(ううっ、……、いや、でも、……、だからって、……、それは、……)
煩悩の塊となった神さまが顔色をころころと変えながら、うんうんと唸って逡巡している様子を傍から見ていると面白いが、いつまでもこのまま待っているのも退屈なので一気に決めさせてもらおう。
俺(うーん。神さまの世界って言っても夏はやっぱり暑いなー。今日の夜は裸で寝るかな)
天児屋「ブーッ」
俺がちょっと胸のあたりの紐を緩めながらそんなことを言ったら、天児屋のやつは突然大きな音を立てて、顔の鼻のあたりを押さえて部屋から飛び出していった。
しばらくして戻ってきた天児屋は鼻を赤くして締まらないくせに真剣な顔を作っていた。
天児屋(ふ、ふんっ。せ、せっかくの頼みだから聞いてやろう。僕は神さまだからな、民の願いを叶えてやるのが義務というものだ)
ただ「いいこと」に釣られただけなのに何を格好つけてるのやら、という本心は隠しておいて、ここはこのバカを持ち上げておこう。落とすのは後でいいからな。
俺(さすが天児屋命。岩戸隠れの伝説は伊達じゃないねっ)
天児屋(ま、まあな。僕は偉い神さまだから、葦原中国が大変なことになってると聞いたら助けないわけにはいかないだろ?)
(エロい神さまの間違いだろ)
岩戸隠れの伝説は天照が洞窟の中に引きこもってしまったせいで太陽が登らなくなってしまったため、洞窟の前で神さまが宴会をして天照をおびき出したという伝説です。天児屋命はその伝説で重要な役割を果たしています。