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小説

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「悪魔の悩み事」【3】
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 ……が。

 タンスの前を通り過ぎ様とした所を、ピタリと足を止める。タンスに備え付けられていた大きな鏡に映った自分の姿を視るなり、顔を顰めた。

「嗚呼、また髪の毛が伸びてしまいましたか」

 流石の悪魔でも、髪は人間同様に伸びる。セバスチャンとて、例外ではない。

 数年前。『執事』になって間もない頃。

 鬱陶しい黒の前髪が邪魔に感じた為に、執務に支障をきたすと判断した上で、主人には内密に独断で、黒髪にハサミを入れてみた。

 ……しかし、そのセバスチャンの『成れの果て』を目にするなり、主人は、優雅に口にしていたティーカップの紅茶の中身を噴き出した。

「……坊っちゃん?」

 ゲホゴホと、咳をして喉元を押さえるシエルに、セバスチャンは、いつも通りの涼しげな表情で、胸元のポケットから取り出したハンカチを、ソッと差し出したが、バシッ!と、力強く手を弾き返されてしまった。
 理解に苦しむセバスチャンは、少しばかり困惑した表情で、手持ち無沙汰にハンカチを握り締める。
 
「あの……坊っちゃん?」

 流石に悪魔でも、人を心配するという感情があるのか、シエルにおずおずと、声を掛けた。
 苦し気に噎せ返っているシエルは、ぜーぜーと、荒くなった呼吸を静める様に、自分のスーツの胸元を、震える右手で強く握り締めていた。
 だが、キッ!と、眉根を深めて鋭い視線でセバスチャンを睨み付けると、

「貴様……何なんだ、その『パッツン』前髪は! せめて、オールバックにでもしていろ!!」

 ビシィ!と、セバスチャンの『パッツン前髪』を指差すと、強い口調で畳み掛けるも、セバスチャンはその意味を捉えかねた様子で、真顔で、

「……時に坊っちゃん、オールバックとは、一体、何です?」
「……」

 セバスチャンの言葉に虚をつかれたシエルは、言葉を喪うも、セバスチャンは燕尾服の懐からスッと、とある『機械』らしき物体を取り出した。

「只今、ちまたで、特に東国の小さな島国にて、絶賛流行中である『バリカン』と呼ばれる散髪道具が御座いますが……如何致しましょうか?」
「……」

 完全に、セバスチャンの真顔に押されているシエルは、アングリと口を開いたまま、無言劇を演じ、セバスチャンは間抜けな前髪を晒したまま、真顔で解説を続ける。

「因みに、この『バリカン』の威力ですが、それはもう、讚美に値する程の散髪ぶりを発揮するのだとか。仏教が広まる東国では、『坊主』という者がおります。その者とは頭髪がなく、あくまで『禿げ頭』にする事で出家され、坊主、又は尼と転身するのですよ。それにより……」
「……、もう、充分だ……もう、黙れ」

 セバスチャンの垂れ流し攻撃に、額を掌で覆ったシエルは、完全に撃沈したのであった。
 ……数ヶ月間、『オールバック』で過ごしたのは、云うまでもないだろう。

 それ以降、主人からは「勝手に髪型を変えるんじゃない」と、厳命を下されてしまったのである。「髪型位で、グチグチと煩い『ガキ』ですねぇ」と、心の内で悪態をつきながらも、『パッツン前髪』事件(?)以来ずっと、今の髪型のままだ。
 特に、理由はない。

「嗚呼、一つばかり『理由』がありますね」

 長い前髪が、「悪魔の表情」を隠してくれる。深紅の瞳までは隠せはしないが、それでも主人に頭を下げた時に、「愚かな、滑稽な人間が」と、嘲笑うかの様に密やかに吊り上げた口角を、黒い「カーテン」が覆い隠してくれる。

 それが、今の髪型でいる『理由』である。

 尤も、自分と同じく、隻眼を隠す様に長い主人の前髪も、英国紳士らしかぬ異様さを漂わせている。
 長い前髪は、主人の「好み」でもある様だ。

 鏡に映った自分の姿に、軽く溜め息を吐くと、頬に掛かっていた長く伸びたサイドを耳にさらりと掛けて、クス、と小さく微笑むと、ドアノブを掴み、扉を大きく開いた。

「さぁ、……本日も参りましょう」

 使用人達が集まる厨房へ向けて、セバスチャンは燕尾服の裾を風に靡かせながら、ゆっくりと扉を閉めた。

 ……懐に、「すきバサミ」を隠し持って。
 当然、主人にヘアカットを迫る、その為だけに。


end
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殆ど会話のない「セバスチャンの胸のうち」を綴っただけで終わってしまいました(死)
セバスチャンの『前髪パッツン』姿を、是非とも御想像下さい(笑)

更新日:2012-04-21 21:15:14