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 今回は香港で起こっている一連の抗議活動には直接関係ないものの、香港から日本へのチャーター機派遣について取り上げたい。香港政府と中央政府がどのように海外の「香港居民」を救出したのかを通して香港社会と一国二制度を平常時とはまた違った視点で切り取れるからである。

香港でも話題のダイヤモンド・プリンセス号

 もともと香港は日本への関心が高い地域だ。日本のニュースを香港メディアが取り上げるのはよくあることだが、新型コロナウイルスの大量感染が発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」への関心はとりわけ高かった。ダイヤモンド・プリンセス号は香港にも寄港していたため、多くの香港居⺠が乗船していたからだ。

 現地報道では日本政府の対応のまずさがしばしばクローズアップされた。厚生労働省幹部の「ゴジラのくしゃみ」発言やダイヤモンド・プリンセス号船内の感染管理の不備を指摘した岩田健太郎氏の動画、森喜朗氏の「マスクをしない」発言は度々取り上げられた。

 香港は日本にチャーター機を派遣し、ダイヤモンド・プリンセス号に乗船したまま隔離されていた香港居⺠を香港に連れ戻した。その中の1シーンが香港内で論争を呼んだ。

簡体字の横断幕

 クルーズ船から羽田空港まで香港居民を送るためのバスを示すボードには、香港の入国管理局に当たる「香港入境処」の文字が掲げられていた。その一方でバスに掲げられていたのは、日本国旗と中国国旗だった。さらに簡体字で「走,咱们回家!」と横断幕がバス正面に掲示されていた。咱们とは話し手も読み手も含めた「私たち」という意味であり、「我々の家へ帰ろう」と意訳できる。普通話などの話し言葉における表現であるが、中国本土でも華南地域で用いることは少ない。また、香港の広東語や書き言葉の中文においては一般に用いない表現だ。

(写真:ロイター/アフロ)

 日本の入国管理局と異なり香港入境処は外国人の在留管理だけではなく、香港人の結婚登記・IDカード管理、さらには在外香港人の保護まで行う。在外香港居民の保護は「協助在外香港居民小組」など香港入境処内の部署が担当することになっている。

 今回のチャーター機の派遣のために香港から日本に派遣されたのは保安局、入境事務処、衛生署の職員と報道されている。いずれも香港政府の機関だ。そのため、簡体字の横断幕を用意したのは彼らではないだろう。

中央政府も関わる香港居民の救出劇

 人民日報海外版によれば今回の救出の「現場指導」をしたのは、香港政府の保安局副局長のほか、外交部の香港における出先機関である駐香港特別行政区特派員公署の副特派員、中国の駐日大使館の総領事とある。実際のところ誰が「走,咱们回家!」という横断幕を用意したのかは定かではない。だが、香港のSNS上では中央政府・中国大使館が用意したものとして話題になった。

 「走,咱们回家!」をもじって「操,咱们送中!」と横断幕を掲示したバスのイラストもネット上で話題になった。送中とは中国へ送ること、すなわち中央政府に批判的な人々による、逃亡犯条例改正案の呼び方である。逃亡犯条例改正案の抗議デモにおけるスローガンの1つは「反送中」だった。