三毛猫のオスは幸運招く 希少性の理由

第一次南極観測隊も三毛猫のオス「タケシ」を連れて行った=国立極地研究所提供

では、なぜ三毛雄が出現するのだろうか。性染色体が減数分裂する際、X染色体を2本持つ異常な卵XXが出現し、Y染色体を持つ精子と受精する場合か、XY染色体を持つ異常な精子がX染色体を持つ卵と受精した場合で、XXY染色体を持つ個体が生まれた時である。XXY染色体のXX中に毛色を決めるOoの組み合わせがあれば、希少な三毛雄が出現するのだ。

去勢手術した三毛雄は中性?

ところが、この希少性に水をさすような介入が現代の獣医療では行われる。三毛雄は発情も来るし、尿マーキングもする。たまりかねた飼い主は動物病院に去勢の手術を求める。去勢した雄は英語でneuter(中性)とも表記する。このややこしい状態が「三毛猫の雄」の定義のままであるか否かは、遺伝学や獣医学の問題ではなく性を巡る文化的な議論となる。

(帝京科学大学教授・獣医師 桜井富士朗)

桜井富士朗(さくらい・ふじろう) 1951年生まれ。専門は臨床獣医学、動物看護学。77年、桜井動物病院(東京・江戸川)開設。臨床獣医師としてペットの診療、看護にあたるとともに、大学で人材育成を手掛ける。2008年より現職。共著に「ペットと暮らす行動学と関係学」、監著に「動物看護学・総論」など。日本動物看護学会理事長。

※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。

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小学生の頃、隣家に黒トラの雄猫と茶トラの雌猫が飼われていて、よく子供を産んだ。そんな時だけは放課後、夕方までの遊び時間を早めに切り上げて、母猫のおっぱいにずらりと並んでいるところを眺めに帰ったものだった。

中学生になって、理科の時間で「メンデルの法則」を習った。黄色でしわのないエンドウ豆の種子を緑色でシワのある種子とかけあわせると、雑種1代目は全て黄色でしわのない種子ができるという遺伝学の基本法則である。

その時、黒と茶の組み合わせから三毛猫が生まれたことを覚えていた少年は理科の教師に質問した。「それは難しい問題だね」くらいで済まされたような気がするが、記憶はあいまいで、獣医師になって飼い主から尋ねられた時、同じような回答しか用意できなかった自分の姿が投影されているのかもしれない。次いで出た言葉は「三毛猫に雄はいないんだよ」。期せずして、かわし方は全く同じになった。

獣医臨床を35年以上続けているが、三毛猫の雄を見たのは2回しかない。「三毛猫のいる置き屋は繁盛する」などと、そもそも縁起が良いとされる三毛猫だが、三毛雄は古来、出現がまれなことが知られており、さらに幸運を招来するものとして珍重された。猫は航海に欠かすことのできない動物として「猫が騒げばしけになり、眠れば天気平穏」と信じられたが、とりわけ三毛雄を乗船させると航海は絶対安全だと高値がついた。(平岩米吉著「猫の歴史と奇話」より)

三毛猫の出現は性に関連して遺伝するので、伴性遺伝という。猫の染色体は38本で、両親からもらった19組がペアになっている。そのうち18組は同じ形をしている常染色体で、XとYの2種類の性染色体が性を決定する。X染色体は長く、Y染色体は短い。雌の場合はXX、雄はXYの組み合わせとなる。

猫の場合、茶色の毛色を決定する「O(オー)遺伝子」と、茶色以外の黒毛を発現する「o(小文字のオー)遺伝子」はX染色体上に乗っており、「Oo」の組み合わせができなければ三毛猫は出現しない。雄を決定するY染色体は短く、その両方を乗せる座がないので、雄は三毛猫の出現に基本的に関われないのである。

では、なぜ三毛雄が出現するのだろうか。性染色体が減数分裂する際、X染色体を2本持つ異常な卵XXが出現し、Y染色体を持つ精子と受精する場合か、XY染色体を持つ異常な精子がX染色体を持つ卵と受精した場合で、XXY染色体を持つ個体が生まれた時である。XXY染色体のXX中に毛色を決めるOoの組み合わせがあれば、希少な三毛雄が出現するのだ。

ところが、この希少性に水をさすような介入が現代の獣医療では行われる。三毛雄は発情も来るし、尿マーキングもする。たまりかねた飼い主は動物病院に去勢の手術を求める。去勢した雄は英語でneuter(中性)とも表記する。このややこしい状態が「三毛猫の雄」の定義のままであるか否かは、遺伝学や獣医学の問題ではなく性を巡る文化的な議論となる。

(帝京科学大学教授・獣医師 桜井富士朗)

※「生きものがたり」では日本経済新聞土曜夕刊の連載「野のしらべ」(社会面)と連動し、様々な生きものの四季折々の表情や人の暮らしとのかかわりを紹介します。

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その時、黒と茶の組み合わせから三毛猫が生まれたことを覚えていた少年は理科の教師に質問した。「それは難しい問題だね」くらいで済まされたような気がするが、記憶はあいまいで、獣医師になって飼い主から尋ねられた時、同じような回答しか用意できなかった自分の姿が投影されているのかもしれない。次いで出た言葉は「三毛猫に雄はいないんだよ」。期せずして、かわし方は全く同じになった。

獣医臨床を35年以上続けているが、三毛猫の雄を見たのは2回しかない。「三毛猫のいる置き屋は繁盛する」などと、そもそも縁起が良いとされる三毛猫だが、三毛雄は古来、出現がまれなことが知られており、さらに幸運を招来するものとして珍重された。猫は航海に欠かすことのできない動物として「猫が騒げばしけになり、眠れば天気平穏」と信じられたが、とりわけ三毛雄を乗船させると航海は絶対安全だと高値がついた。(平岩米吉著「猫の歴史と奇話」より)

三毛猫の出現は性に関連して遺伝するので、伴性遺伝という。猫の染色体は38本で、両親からもらった19組がペアになっている。そのうち18組は同じ形をしている常染色体で、XとYの2種類の性染色体が性を決定する。X染色体は長く、Y染色体は短い。雌の場合はXX、雄はXYの組み合わせとなる。

猫の場合、茶色の毛色を決定する「O(オー)遺伝子」と、茶色以外の黒毛を発現する「o(小文字のオー)遺伝子」はX染色体上に乗っており、「Oo」の組み合わせができなければ三毛猫は出現しない。雄を決定するY染色体は短く、その両方を乗せる座がないので、雄は三毛猫の出現に基本的に関われないのである。

では、なぜ三毛雄が出現するのだろうか。性染色体が減数分裂する際、X染色体を2本持つ異常な卵XXが出現し、Y染色体を持つ精子と受精する場合か、XY染色体を持つ異常な精子がX染色体を持つ卵と受精した場合で、XXY染色体を持つ個体が生まれた時である。XXY染色体のXX中に毛色を決めるOoの組み合わせがあれば、希少な三毛雄が出現するのだ。

ところが、この希少性に水をさすような介入が現代の獣医療では行われる。三毛雄は発情も来るし、尿マーキングもする。たまりかねた飼い主は動物病院に去勢の手術を求める。去勢した雄は英語でneuter(中性)とも表記する。このややこしい状態が「三毛猫の雄」の定義のままであるか否かは、遺伝学や獣医学の問題ではなく性を巡る文化的な議論となる。

(帝京科学大学教授・獣医師 桜井富士朗)

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