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【社会】

「笑わない被害者」勝手な虚像 性暴力被害 沈黙破る女性たち

久保田さんは約200人のフォロワーがいるツイッターの非公開アカウントで、初めてカミングアウトした=一部画像処理

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 当時十九歳の実の娘に性的暴行を加えたとして準強制性交罪に問われた父親(50)を、逆転有罪とした先日の名古屋高裁判決。一審の無罪判決は、被害者が「逃げられたはずだ」と断じた。そんな司法や社会の被害者に対する思い込みが、救済を遠ざけている。性暴力の無罪判決への抗議から各地に広がった「フラワーデモ」をきっかけに、レイプ被害を受けた女性が「偏見を変えたい」と沈黙を破った。 (出田阿生)

 東京都内の大手企業に勤める久保田さん(28)は大学生の時、バイト先で会食に連れて行かれ、被害に遭った。トイレから出ると飲み物が勝手に取り換えられていた。口にした後、記憶が途切れた。意識が戻ったのは会食の場にいた男に暴行された後だった。

 七年後の昨年十二月下旬、ネットの書き込みに衝撃を受けた。「本当の被害者はこんなふうに笑えない。知り合いが言っていたよ」。書き込みには三万件の「いいね!」。元TBS記者の性暴力を訴えて勝訴した、ジャーナリスト伊藤詩織さんが笑顔で取材に応じる写真が添えられていた。

 「詩織さんが笑って何が悪い。社会人として笑顔で応対できたことは、むしろ立派だと思う。レイプ被害者という望みもしないレッテルに、二十四時間・三百六十五日、人格を支配されたままでいろというのか」

 居ても立ってもいられなくなり、今年一月には京都で、二月には東京駅前のフラワーデモでマイクを握り、自身がレイプ被害者と明かした。「私は冗談を言うし、友達とカラオケに行く。仕事も楽しい。なぜ笑ってはいけないんですか。強く抗議したいです」

 久保田さんは被害直後、助けを求めた医者にさえ「なぜ避妊しなかったのか」と理不尽に責められた。長かった髪を自分でめちゃくちゃに切り、死にたいと思い詰めた。一年近く、寝て起きて通院するだけの日々を送った。警察に行ったが不起訴に。その間の記憶はほとんどない。この七年、日常を取り戻そうと必死に生き延びてきた。

 「笑わない被害者」と同じく、「被害者は死ぬほど抵抗するはずだ」という刑法の性犯罪規定も、勝手に第三者がつくった「虚像」だ。性暴力の被害救済のためには、そんな世間の虚像を壊さなければ前に進めない。フラワーデモをきっかけに久保田さんは、実態を伝えていくと心に決めた。

 「もう黙らない」

◆欧州では「同意なしは犯罪」

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 実の娘に性的暴行をした父親の判決で、一、二審の判断を分けたのは、準強制性交罪が成立する要件となる「被害者が抵抗できない状態に乗じたかどうか」の評価だった。

 一審名古屋地裁岡崎支部は、娘が過去に抵抗して性交を免れた経験もあったことなどから、抵抗が著しく困難な状態とまでいえないと判断。一方で名古屋高裁は、娘が「継続的に受けた性的虐待で抵抗できる状態ではなかった」として父親を懲役10年の有罪にした。ただ、この要件には明確な定義がなく、父親の弁護人は高裁判決を不服として最高裁に上告している。

 元東京高裁判事の木谷明弁護士は「一審の裁判官の判断に問題があった」と述べる。「有罪要件の『著しく抵抗が困難』とは、抵抗しにくい状態と緩やかにみるのが常識」と説明する。

 性暴力について欧州では性交の同意がないだけで犯罪とする流れだ。2011年、欧州評議会はイスタンブール条約で批准国に「同意なき性交」を犯罪と規定するよう要求した。ドイツは16年、「ノー」の意思を示せばレイプとなる刑法に改正。スウェーデンでは明確に「イエス」と意思表示しない限り罪になるよう18年に刑法を改めた。

 日本では、17年の刑法改正の審議会で同意なき性交の扱いが議論されたが慎重論が多く、見送られた。 (小沢慧一)

 

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