古き死の王の目覚め   作:流星カナリア

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Prologue

 今から300年前、トブの大森林と呼ばれる森の中に、一つの大きな城があった。その城を襲った悲劇について、まずは語ろうと思う。これは、まさしく悲劇だった。誰も悪い者は存在しない。ただ、そう。言うなれば、もしも神がいるのならば、その神によって運命を狂わされた男の話だ。

 

 

 

 その城は、森の中にある事から、余程近付かなければその全貌が分からない。しかし、誰もがその城を初めて見た時、その美しさに溜息が零れたと言われている。

 その城は、とある貴族の居城だった。トブの大森林の一部を含めた周辺一帯を管理しており、誠実で温和な人柄は、多くの民達から慕われていた。城主とその妻は非常に仲睦まじく、そして勤勉な夫婦だった。二人は魔法詠唱者(マジック・キャスター)だった事もあり、常に新しい魔法について研究していた。城の中には研究室が多数存在しており、そこで二人は新たなマジックアイテムを開発する事も多々あった。使用人達は、二人が魔法ばかり研究していて、子供を作る気は無いのだろうかと内心ハラハラしていたらしい。

 そんな彼らに、遂に待望の男児が生まれた。名はモモンガ。両親がどちらも強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)であった事からか、彼は生まれながらにして膨大な魔力をその身に秘めていた。きっと彼は偉大な魔法詠唱者(マジック・キャスター)になるに違いない。彼らはそう考え、幼き頃から様々な魔術を教え込んだ。その甲斐あってか、モモンガはどんどん知識を蓄えながら魔法を覚えていった。モモンガは楽しかった。新しい魔法を覚える度に両親が喜んでくれるからだ。幼いながらも、自分は二人を超える魔法詠唱者(マジック・キャスター)になるだろうと確信していた。

 

 だが、そんな幸せな日々も長くは続かなかった。

 

 ある日、いつものように魔法について勉強していると、母が体調が悪いと言って、昼食を食べて直ぐに寝込んでしまったのだ。

 モモンガは今月、正式にアインズ・ウール・ゴウンの名を継ぐ事になっている。15歳で成人の儀を済ませた後、その後二十歳になるまで領地の経営の仕方やその他様々な事を今までよりもより詳しく学ぶ、というのがゴウン家のしきたりだった。そしてようやく大人として認められると、その名を継ぐ事になっている。モモンガは先月二十歳になった。本来ならば式典は二十歳の誕生日に行うのだが、今回はどうしても外せない魔術師組合の会合がその日に合ったので、式典は一ヵ月延長になったのだ。その式典の準備等で両親が忙しく動いている事は知っていた。

 だから、恐らくその疲れが原因だろうとモモンガは考えた。

「母さん、疲れたのかも知れないな」

 父にそう告げると、どことなく父も疲れたような表情を浮かべている。大丈夫だろうか? と心配していると、それを察したのか、彼は微笑を浮かべてモモンガの頭を撫でた。

「そうだね。母さんは少し休ませてあげよう。父さんは大丈夫だから」

「……」

 本当は父も休んだ方が良いとモモンガは思ったが、式典では父もやる事が多い。だからこそ、休む訳にはいかないのだろう。だがそれ以上に、最近の二人は疲れやすくなっている事に気付いていた。それについて何か言おうにも、何て言えば良いのか分からない。モモンガが悩んでいる内に、父は書類整理の為に部屋から出て行ってしまった。

 残されたモモンガは、母の寝込んでいる寝室と、父が出て行った扉を交互に見ると、顎に手を添え暫く部屋で何かを考え込んでいたのだった。

 

 

 その日の夜。

 自室で横になっていたモモンガは、両親の体調不良に加えて、自身の魔力の変化について考えを巡らせていた。

(ここ数年、自分の中に宿る魔力の量が飛躍的に増幅している気がするんだよな)

 子供の頃から自分の魔力が桁違いだという事は薄々気付いていたが、最近は以前にも増して際限なく増幅しているように思えてならない。それに比例するかの如く、両親が体調不良を訴える回数が年々増えているのだ。モモンガの心の中に、漠然とした不安がじわりと広がっていく。もしかしたら、自分のせいなんじゃないのか? そう思ってしまうのもこの状況では仕方ないだろう。だが、だからと言ってどうすれば良いのか。自分にはこの増え続ける魔力を抑え込む術は無い。両親が見ていない隙にマジックアイテム等を漁ってみたが、魔力を抑え込むような物は見つからなかった。伝えるべきか? だが、確証が無い。その状態では正直に話す訳にもいかないだろう。八方塞がりだ。モモンガは小さく呻きつつ、何とか解決策は無いかと頭をフル回転させたが、結局何も思い付かなかった。

「どうにかしないと、このままじゃ取返しのつかない事になりそうだ」

 己の魔力の危険さは重々承知している。

 だからこそ、何か対応策を練らなければと思う。しかし、今のモモンガではどうする事も出来ないのだった。

 

 

 次の日、モモンガは両親からある男を紹介された。

「モモンガ。君に紹介したい人がいるんだ」

 そう言って父がある男を部屋に通した。男は、小麦色の髪に焦げ茶色の瞳を持った、ごく一般的な男のように見えた。

「初めまして。トーマス・カルネと申します」

「カルネ? カルネって確かカルネ村の――」

 彼の言葉を聞いて、モモンガは父へと視線を向けた。父はモモンガの視線に気付くと、大きく一度頷いた。

「そう。彼はカルネ村の村長だ。実は彼はある特殊なタレントを持っている事が分かってね。時々私達の研究を手伝って貰おうかと」

 カルネ村。それは、トブの大森林の近郊にある村の名前だ。ゴウン家の領地でもあり、普段から交流も多い。その村の村長がタレント持ちだと? モモンガは興味深げに目の前の男を観察した。

 

 タレント。それは生まれながらの異能と呼ばれるものだ。生まれた時に得る能力であり、どの能力を得るか選択は出来ないし、変える事も出来ない。その為、自分に合う能力を選択出来ないので、噛み合う事は滅多に無い。

 その能力を持つ人間は200人に1人の割合で存在する。

 そんなタレント持ちが目の前にいるのだと思うと、探求心がムクムクと芽生えてきた。

 昨晩は色々と考え込んでしまい、朝の目覚めもあまり良くは無かった。なので気持ちを切り替える為にも、目の前の男に意識を向けるのは良い考えだと思う。

 男――トーマス・カルネ――は、軽く会釈をすると、モモンガの方へ顔を向けた。

「私のタレントは、どれ程強力な魔力にも耐えうる事が出来るというものです」

「魔力? 魔法ではなく?」

 不思議に思い尋ねてみると、トーマスは「はい」と頷いた。

「魔法への耐久は無いのですが、その魔法を使う人物の持つ魔力……つまり、気配や圧力ですね。それへの耐久を持っている訳です。因みに殺気等も含まれますね。私はそれらを無効化する事が出来るんです。何分魔法を受ければ普通にダメージを負うので、あまり活用した事は無いのですが……」

 そこでチラリと彼は父を見た。

「この話をお父様にしたところ、興味を持たれましてね。ゴウンご夫妻と言えば、強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)です。そして、息子である貴方も。貴方達の魔力がどの程度人への影響を及ぼすのか、それを調べて欲しいと依頼を受けたんですよ」

「!!」

 その言葉に、思わずモモンガは目を見開いた。

『魔力がどの程度人への影響を及ぼすのか』

 それは、今の自分が一番必要としている情報だ。それを両親が知ろうとしている事には驚いたが、これはまたとないチャンスだ。モモンガは内心の動揺を何とか理性で押さえつけると、表面上は穏やかに見えるよう、トーマスに問いかけた。

「魔力の人への影響ですか。成程。それは俺――いや、私も興味がありますね」

「あぁ、モモンガ様、普段通りの話し方で結構ですよ。私はあくまでもタレント持ちの一般人です。必要以上に畏まらないで下さい」

 笑いながらそう答えてくれた男に対し、モモンガは好印象を覚える。こういう人間は親交を深めやすい。今後の為にも、彼とは是非仲良くなっておきたいものだ。

「じゃあ、お言葉に甘えて。因みに、俺の魔力はどう感じる?」

 試しに意識的に魔力を放出させると、トーマスはこれは……っと感嘆の声をあげた。

「――噂には聞いておりましたが、二十歳でこの魔力の量は素晴らし過ぎます!」

 素晴らしい! と目の前で声を荒げる姿に若干引きつつも、自身の魔力はやはり強大なものだと再認識する。そうなると、人への影響もきちんと考えなければならない。普段は意識して魔力を放出しないようにしているが、その抑えが最近あまり効かなくなってきている。

「なぁ、この魔力、普段は出来る限り抑え込んでるんだけどさ、仮にこの魔力を抑え込まないとどうなる?」

 そう尋ねると、トーマスは今までの興奮を一気に沈め、真面目な顔付きで返答してきた。

「間違いなく、周囲への影響が甚大なものになりますね」

「……」

 しん、と静まり返る室内。彼の隣に立つ父は、何か思い詰めた表情を浮かべている。

 

(まさか)

 モモンガの中で、不安が一気に膨れ上がる。

(まさか、父さんはもう気付いている? 俺の魔力が、二人に影響を与えているって――)

 だからこの男を呼んだのか?

 そう考えると辻褄は合う。わざわざ式典を今月に控えたこの時期にトーマスを呼び寄せる訳。ただ、自分達の研究の為だと言われるよりも納得出来る。

 

 危険だ。

 

 自分は危険な存在だ。

 

 このままでは、マズイ。

 

 誰も巻き込みたくない。

 

 そんな気持ちが次々と浮かび上がる。だが何処へ行けば良い?

 何処へ行こうとも、周囲には人が住んでいる。

 

「トーマス、ちょっと確認したいんだけど」

「何でしょうか?」

 モモンガは意を決して口を開いた。

 

「――俺が魔力をもう抑えるのが限界だとしたら、何処で自滅すべきだと思う?」

「モモンガ!?」

 父が驚いて声を上げた。

「何を言っているモモンガ!? 自滅など、そんなのは許さんぞ!?」

 モモンガは努めて冷静に彼を見つめ返した。

「父さん。父さんももう分かってるんだろう? 俺は多分、もうそろそろ限界を迎える。これ以上、自分の魔力を抑え込む事が出来ない。だからこそ彼を呼んだんだろう? その対処法を探す為に」

「……ッ」

 父は悔し気に唇を噛み締めた。

「でも、多分無理だ。俺の魔力は今もどんどん増幅している。それを止める事は出来ない」

「それは、そうかも知れんが……きっと何か方法はある筈だ! なぁそうだろう? トーマスさん!」

 父がトーマスの肩を掴む。だが、トーマスはゆるりと首を横に振った。

「ゴウン殿。こうして今、息子さんの前にいて彼の魔力を感じているんですが、恐らく普通の人間では耐え切れずに体調を崩すか、倒れてしまいますね。この城にいる使用人達は、息子さんが幼い頃から側にいたので、耐性が付いているのでしょうが……それでも、もしも彼の魔力が制御を失い暴走した場合、この城はまず崩壊するでしょう。そして、トブの大森林の三分の一程度も消失するかと思われます」

「そ、そんな……」

 トーマスが語る恐ろしい事実に、父は体を震わせながら呆然としていた。対するモモンガは、自分が恐れていた現象と彼が語る内容がほぼ一致している事が分かり、やはり自分の考えは間違っていなかったと頷く。自分はもう、何処へも行けないだろう。ならば、周りに動いて貰うしかない。

「父さん。正直に言うけど、俺の体は式典まで保つかどうか分からない。父さんや母さんにも影響が出始めているのは、多分、同じ魔法詠唱者(マジック・キャスター)として魔力が共鳴し合ってる可能性もある。だから、出来るだけ早くこの城から去った方が良い。使用人達も全て連れてだ。俺は、この城と共に消える」

 真っ直ぐにそう告げると、父は信じられないとばかりにモモンガの言葉を否定した。

「駄目だ、そんなのは許可出来ん!! お前だけを残してこの地を去るだなんて、そんな事出来る訳が無い!!」

「でも、そうしないと皆死んでしまう。俺の魔力のヤバさは、俺が一番よく理解しているつもりだ。俺の抑制を振り切って全てが解放されてしまったら、確実に全員死ぬぞ」

 父の握り締めた拳が、ふるふると震えている。既に感情論ではもうどうにもならないレベルまできているのだ。理性で判断しなければ、被害が拡大してしまう。自分一人の犠牲で何とかなるのならば、それが一番の手だろう。

「父さん」

 実の子を見殺しにしろと言っているのだとは分かっている。しかし、解決策はこれしかない。

 やがて父は大きく息を吐くと、強い眼差しでモモンガとトーマスを見据えた。

「――分かった。明日、母さんにもこの事を話そう。その後、使用人達にも知らせる。確実に反対意見は出るだろうが、命令として押し通そう。我々はこの地を離れ、何処か遠い地へ赴く事にする。この地は、思い出が多過ぎるからな……」

 そう呟き、父はモモンガを優しく抱きしめた。

「モモンガ。お前が我らの息子である事を、誇りに思っているぞ。お前は自慢の息子だ。愛しているよ」

 こうやって抱きしめられたのはいつ振りだろう? もう、この温もりを感じる事が出来なくなるのだと思うと、少しだけ悲しかった。

「父さん。後の事は頼むよ。俺も、父さん達の息子で良かった」

 そっと父の背中に腕を回して抱き返す。二人から沢山の愛情を貰ってここまで育てられた。その恩に報いる為にも、自分はここで死ぬ。

(けど……)

 モモンガの中には、こうして話しながらも先程からある一つの仮定が浮かんでいた。だが、それをここで父に話すのは余りにも酷だった。その仮定は、ある意味死よりも残酷だからだ。恐らくトーマスは気付いている。しかし、敢えてそれを言わないところを考えると、彼も自分同様、父の心情を思って口を噤んでいるに違いない。

「モモンガ。悪いけど、私は少し休む。何かあったら私の部屋に来てくれ」

 抱きしめていた体を離し、そう父は告げてくる。モモンガは静かに頷くと、トーマスの方へと視線を向けた。

「俺は少しトーマスと話したい事があるから、ここに残るよ」

「分かった。それじゃあ、また後でな」

 くるりとこちらへ背を向けると、父は静かに部屋を去って行った。

 後に残された二人は、黙ってお互いを見つめ合う。

「――モモンガ様」

 先に口火を切ったのは、トーマスだった。

「多分、気付いていらっしゃるとは思いますが」

 モモンガは彼が言わんとしている事が分かり、思わず苦笑を浮かべた。

「あぁ、分かってる」

 その一言で全て理解したのだろう。彼は「そうですか」と小さく呟いた。

「では、ハッキリと申しますね。貴方の魔力が暴走した場合、お父様には貴方が死ぬと仰いましたが、実はもう一つの可能性があるんです。むしろ、そちらの方が可能性が高いと思われます」

「奇遇だな。俺もそちらの可能性の方が高いんじゃないかって、今まで話しながら考えていたんだ」

 自嘲気味に溜息を吐きつつ、モモンガはソファーへと腰掛けた。天井を見上げ、両手で顔を覆う。吐き出すように、その可能性を告げた。

「アンデッドになってしまうんだろう? それも、ただのエルダーリッチなんて比じゃない。それ以上の何かへと」

「……はい」

 トーマスは静かに頷いた。

 

 本で読んだ事がある。

 強力な魔法詠唱者(マジック・キャスター)が、その魔力の作用で死をも超越し、その身が高位のアンデッドへと変貌する事があると。それはただの魔法詠唱者《マジック・キャスター》がエルダーリッチへと変化した場合と違い、さらに上位の存在になる。

 死の支配者――オーバーロード――と呼ばれる存在だ。

 それは死の王とも呼ばれ、多くの異形種や魔物を支配出来る力を持つと言われている。勿論、人間もだ。

 理論上、その存在はこの世界の何処かに最低でも一人はいるらしい。だが、見つかっていない所を見ると、恐らくその一人にこれからモモンガがなってしまうのだろう。

 

「私はこのタレントのせいもあって、様々な魔力について調べていました。ですが、その中でも貴方の魔力は格別です。だからこそ、貴方が魔力を暴走させた際、死ぬのではなくオーバーロードへと姿を変える可能性が非常に高いと判断します」

「人では無くなるのかぁ……ハハッ、なんか、全然現実味が無いな」

 ソファーに沈み込ませた体が重い。

「モモンガ様。私はどれ程の魔力を浴びようとも何も影響は受けません。ですので、もしその時が訪れたら、私を側に残してはくれないでしょうか?」

「え?」

 深く頭を下げる男に、思わずポカンと口を開けてしまった。

 モモンガとしては、トーマスも含めて全員この城から避難させるつもりでいる。だからこそ、そう進言されるとは思ってもいなかった。

「事の顛末を見届け、それをお父様方へ伝えるのが私の役目かと思ったのです。ですがその際、貴方がアンデッドになってしまったとは、言わない方が良いとは思いますが――」

 モモンガもそれは言わない方が良いとこの瞬間までは思っていた。だが、ふと違う思いが脳裏に浮かぶ。

 

(もしもこの先、世界の何処かで俺と同じような奴が生まれてしまったら?)

 

 その時、彼らはどうするのだろう。俺という前例の存在を知らず、ただただその身を嘆くのではなかろうか。それは、余りにも酷な話だろう。ならばせめて、自分という存在を後世に伝えた方が良いのではないか。被害を最小限に抑える為に、何をすべきかも伝えた方が良い筈だ。

 

「いや、トーマス。正直に伝えてくれ。俺がオーバーロードという存在になってしまったと」

「!?」

 驚いて息を飲むトーマスに、モモンガは先程浮かんだ考えを訴えた。

「お前が父さん達に伝えたり、他の人間に伝えてくれれば、もしかしたらこの話は後世でおとぎ話として残るかも知れない。だが、勘の良い奴なら、これが実際に起こった事だと気付くだろう。そうすればもしも100年、200年、300年と先にその存在が現れたとしても、俺の話から何かしら対処法を見つけてくれるかも知れない。それに俺は期待したい」

「モモンガ様……ッ」

 トーマスは思った。まだ、この方はアインズ・ウール・ゴウンの名を継いではいない。だが、確かにその精神はアインズ・ウール・ゴウンそのものだ。慈悲深く、未来を見通す目を持つお方。まだ出会ったばかりだが、出来れば、この方に一生仕えたいと思える位には、トーマスはモモンガの心に感銘を受けていた。

「そのお言葉、しかと聞き届けました。責任を持って、お父様方にお伝えする事を誓います」

「頼んだぞ。まぁ取り合えずは、俺がそうなってしまったら数百年位は身を隠そうかと思ってる。父さん達が寿命で亡くなるまでは、表立って行動は出来ないからな。そして、その後はアンデッドである事を隠しつつ、表の世界に出てみようかと考えているんだ。俺の持つ魔法の知識は、恐らく一般的に考えて計り知れない量の筈。だから、その知識を必要とする相手に教えてやろうかと思ってるのさ。なかなか良い考えじゃないか?」

 そう言って軽く肩を竦めると、感心したようにトーマスは頷いた。

「成程。とても素晴らしい考えだと思います。モモンガ様の魔法の知識は、きっと未来でも存分に人々を導く事が出来る筈です」

 トーマスのその言葉に、モモンガは「そんな大層なものじゃないさ」と苦笑を浮かべた。

「俺は沢山の魔法の知識を得たが、研究に費やしてばかりでそれを人に教える事が余り無かったからな……どうせなら、そういうのも良いかと思ったんだ。要するに自己満足だよ」

 それでも、トーマスはその心意気をとても好ましく思えた。知識を教えたがらない賢者も多いからだ。

 自分を尊敬する眼差しで見つめるトーマスに気付き、モモンガはわざとらしく咳払いをして話題を戻した。

「さて。取り合えず俺の魔力が制御を失う前に、この城一帯に結界を張って隠蔽しようかと考えているんだ。まぁその前に父さん達や使用人達を避難させたりと、色々やる事は多いがな」

「そうですね。では、その指示もきちんと出せるように少し話し合いましょう」

 

 その後、二人で今後の事を暫く話し合いながらその日は終わった。

 

 トーマスが軽く会釈をしながら部屋の扉を閉める。それを確認すると、モモンガは勢いよくベッドに潜り込むと、静かに溜息を吐いた。トーマスの前では気丈に振る舞っていたが、実際、アンデッドになる事への不安は大きい。

(アンデッドになったら、人間の事をどう思うんだろう?)

 本によれば、アンデッドは精神攻撃が無効化される事から、己の感情もある程度抑圧されるらしい。そして、生者を憎むか、もしくは人間等取るに足らない存在だと考える者が殆どのようだった。だからこそトーマスには、前もって、アンデッドになった後何をしようと考えているのか、それを打ち明けたのだ。今の内に彼に話しておけば、オーバーロードになった時、仮にその考えをどうでも良いと思ったとしても、流石に一度決めた事を取り止めたりはしない筈だ。それも踏まえた上で、モモンガは人間としての自分が、今の内に出来る事を全てやっておこうと決心した。

 

 モモンガという人間は一度死ぬ。そして、オーバーロードという絶対的な死の王として目覚める。

 

 だからその前に、やるべき事は全て終わらせる。いつ自分の魔力が暴走するか分からない今、自分が出来るのは父や母、使用人達を安全に外へと送り出す事だ。それさえ出来ればもう、オーバーロードとなってしまっても思い残す事は何も無いだろう。仮にもし誰か一人でも欠けてしまったら、それならば残った全てを何としてでも救うしかない。それ以上の犠牲は許されない。その決意は、揺るぎないものだった。

 

 

――そして後日、奇しくもその決意は正しかったと証明される。何とも残酷な現実によって。

 

 

   ・

 

 

 母が死んだ。

 

 朝、母を起こしに行ったメイドの悲鳴が城内に響き渡った。

 慌てて駆け付けた父とモモンガが見たものは、目の前で眠るように亡くなっていた母の姿だった。

 

 もう、猶予は無い。

 

 母の死を悲しむ暇も無く。それからの行動は早かった。

 父はトーマスを呼び出し、三人で急いで現状の確認を済ませた。母の遺体は安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)に包んで大切に保管する。父もモモンガも、復活魔法を習得してはいなかった。だが、何処か大きな町ならば復活魔法を行える神官がいるかも知れない。それに賭けると父は言った。勿論モモンガも了承した。

 

 その後、全ての使用人達を集め、モモンガとトーマスから現状分かる事全てを告げた。

 使用人達は驚き、そしてモモンガがこの城と共に死ぬと決意していると知るや否や泣き崩れる者が殆どだった。だが、母が死に、もう猶予は残っていないと伝えると、彼らは泣く泣く納得してくれた。彼らにも家族や恋人、友人がいる。死ぬ訳にはいかない。

 トーマスが己のタレントを利用し、モモンガと最期まで共にいると話すと、それがせめてもの救いだと彼らは思ったようだった。

 急な話し合いにも関わらず、彼らはこちらの指示にきちんと従ってくれる。荷物を纏め終われば、直ぐにでもこの城から出て行く事だろう。彼らは自分の決意に報いる為にも、悲しみや嘆きを心の奥底に沈めて動いてくれている。それがどれだけ有難い事か。モモンガは、自分がオーバーロードになった後、心を締め付けるようなこの感覚を忘れたくないと思った。

(でもきっと、そんな感覚さえも失ってしまうんだろうな……)

 だとしても、今の自分がそう思っていたという記憶だけは、決して忘れやしないだろう。それが唯一の救いだった。

 

「モモンガ」

 使用人達の姿を眺めていると、父が声をかけて来た。

「……父さん」

 目の前に立つ父は、様々な感情を混ぜ合わせた表情を浮かべている。

 母が死に、その事実に悲しむ間も無く自分も彼の前から消えるのだ。もう二度と会う事は無い。

 父の手が、力強くモモンガの手を握った。

「モモンガ。私からはもう何も言う事は無い。いや、言えない、な。これ以上どうする事も出来ないというのは分かっているんだ。ただ、それでも――お前まで失ってしまうのは、とても、辛い」

 目尻に涙を浮かべながら、父は呻く。それに対して、モモンガは何も言えない。

 母が死んだのは自分のせいだ。それなのに、父はそれに対して怒りを露わにしなかった。ただただモモンガの身を心配して、今なおこうして自分の為に嘆いている。

「父さん、今までありがとうな。俺はちゃんと幸せだった」

 だからこそ笑顔で見送ろう。

 モモンガは精一杯の笑顔を浮かべた。まだ人間でいる内に、きちんと笑っておこうと。

 そんなモモンガを見た父は、感極まったように静かに涙を零したのだった。

 

 

 

「皆さん、いなくなりましたね」

「そうだな」

 その日の夕方。城にはモモンガとトーマスの二人だけしかいなかった。

 誰もいなくなった城は、やけにガランとしている。人の気配が無いと、こんなにも物寂しいものなんだなと頭の片隅で思う。

「さてトーマス。お前には色々と頼んでしまったが――」

「大丈夫ですよモモンガ様。しかし、今日お父様方を城から出されたのは正解でした」

「と言うと?」

 トーマスはジッとモモンガを見つめた。

「……モモンガ様。既に貴方もお気付きの筈です」

 静まり返った室内。モモンガは己を見つめるその瞳を、真っ直ぐに見据える。それを確認した後、トーマスはゆっくりと言葉を紡いだ。

「貴方はもう、限界だと」

「…………」

 

 彼の言う通りだった。

 

 モモンガは、自身の魔力が限界まで膨れ上がっている事に気付いていた。

 母の死を目の当たりにし、モモンガの心は激しく揺れ動いた。そして、魔力の制御が効かなくなったのだ。

 それでも、父らがいる間は出来る限り抑圧していたのだが、こうしてトーマスと二人きりとなった今、既に限界に達している。今、こうして普通に会話をしているのが奇跡に近い。

 

「モモンガ様、もう無理はなさらないで下さい。此処には私しかおりません。貴方の魔力を浴びても、私は平気ですから。きちんと事の顛末を、見守る覚悟は出来ております故」

 そう深々と頭を下げる。トーマスのそんな姿を見て、モモンガは小さく笑みを浮かべた。

「分かった。では、今からこの城を中心として周辺一帯に結界を張る。これによって周囲からこの場は認識されなくなるし、誰も侵入する事は出来なくなる。つまり、全てが済んでお前がこの城から出て行けば、結界を解くまで二度とこの地へは入って来れなくなる訳だ」

「そうなりますね」

「だから、その、ここまで付き合ってくれた礼だ。何か望む物は無いか? 時間が無いから手短にな」

「え?」

 どうだ? と首を傾げるモモンガに、トーマスは驚いて声を上げた。

 まさかそんな事を言われるとは思わなかったからだ。

 だからこそトーマスは、何か無いかと頭を悩ませる。だが、この短時間で望む物と聞かれても直ぐには思い付かない。

(何か、今後使えるような物でもあれば――)

 そう考えた時、ふと頭の中である考えが思い浮かんだ。

 

「――でしたらモモンガ様。モモンガ様の魔力を、あるマジックアイテムに宿しても宜しいでしょうか?」

「どういう事だ……?」

 トーマスが告げた願いは、モモンガにとって意味が分からない内容だった。自分の魔力をマジックアイテムに宿してどうしようというのか? 

「モモンガ様はアンデッドになった後、数百年は身を隠すおつもりなのですよね? でしたら、再びそのお姿を現しになった際、未来のカルネ村が貴方様を出迎えてくれるよう、モモンガ様の魔力を察知したら鳴るようにする鐘を設置しようと思いまして」

「お前……そんな先の事まで考えていたのか?」

 まさかそんな事を考えただなんて。だが、普通に考えてアンデッドを人間が受け入れてくれるのだろうか? 一応、バレないように仮面でも付けて人前に出ようと考えてはいるが、それはあくまでも自分の正体を隠した上での話だ。最初からアンデッドだと説明したら、どう考えても不審がられる筈。その疑問が顔に出ていたのだろう。トーマスは大丈夫です、と声を和らげた。

「村の者達にはきちんと説明します。我らの子孫にまできちんとこの約束を継がせるよう、言い聞かせますし。それに、未来の貴方が一人この地に残るのは、あまりにも悲しいですからね」

「……!」

 じわっと、目尻に涙が浮かぶ。彼の純粋な優しさは、酷く眩しかった。

 例え未来のカルネ村が、自分を受け入れてくれなかったとしても、トーマスがこうして自分の為に行動してくれた事実さえあれば、一人でも大丈夫だと思える。

 モモンガは目尻に溜まった涙を拭いつつ、コクリと頷いた。

「ありがとうトーマス。お前の気持ちは素直に嬉しい。では、その鐘を持って来てくれ。俺の魔力を注ぎ込もう」

 そう言うと、トーマスは嬉しそうに口角を上げた。

「了解です!」

 

――その後、トーマスが持ち込んだマジックアイテム『約束の鐘』に魔力を注ぎ込むと、モモンガは周囲一帯に結界を張った。二人は大広間へと移動し、豪華なシャンデリアやステンドグラスを見上げながら、その時を待った。

 

 そしてついに、その時が訪れる。

 

「……ッ」

 ガクンッと、唐突にモモンガが膝から崩れ落ちた。

「モモンガ様!」

 側に控えていたトーマスが、慌てて彼の肩を掴む。その瞬間、視認出来るレベルの魔力の奔流が、トーマスを襲った。

「!!」

 ゴウッとうねりを上げながら、モモンガの体から魔力が溢れ出す。それは紫色をした荒れ狂う暴風だった。

 彼の魔力の波動が、豪華なシャンデリアが設置されている高い天井にまで昇り詰める。シャンデリアはパリンッと甲高い音を響かせて、床へと落下してきた。ガタガタと地鳴りが鳴り響き、まるで地震が起きているかのようだ。自分がタレント持ちでは無かったら、きっと一瞬で死んでいただろうとトーマスは思った。

「大丈夫ですか、モモンガ様!?」

 モモンガの体が非常に熱い。苦しそうに呼吸をするその姿は、まだ人間のままだ。

「だ、いじょうぶ、だ。だが、熱いし苦しい」

 力強くトーマスの腕を握る。その手がまだ人間である事が可笑しくて、思わず笑ってしまった。

「ハハッ、こんなに、魔力が溢れ出てるのに、まだ、人間のままってのが、笑え、る、なぁ」

 息も絶え絶えにそう零す。もしかして、この体は抗っているのだろうか? ぼんやりと頭の片隅でそんな事を考えた。

 

 更に魔力の渦が濃さを増していき、轟々と唸りを上げて城中を満たしていくのが分かった。美しいステンドグラスが無残にも割れ、割れたそこから外へと魔力が吹き出していく。止まる事を知らない勢いは、きっとモモンガが張った結界ギリギリまで満たしていくだろう。

 段々と意識が朧げになっていく。その中で唯一分かるのは、トーマスがしっかりとこの手を握っていてくれる事だけだ。

「トー、マス」

 殆ど声にならない声だったが、それは確かにトーマスの耳に届いていた。

「はい。何でしょうか、モモンガ様」

 力強い返答が返ってきた事に満足しながら、モモンガは笑顔を浮かべた。

「トーマス・カルネ。貴殿の、働き、を、ゴウン家の一族として、讃えよう。――ありがとう、な」

 

 その瞬間、モモンガの体にドス黒い炎が踊るように沸き上がった。それでも、トーマスは繋いだその手を決して離さなかった。彼の手から徐々に肉が削げ落ち、細く鋭利な骨となっても。彼の体が本来よりも大きく、そして禍々しいローブを纏った姿へと変わっても。彼の顔が、眼窩に血のように赤い光を宿す、恐ろしい骸骨のものへと変わっても。

 決して、離さなかった。

 

 

   ・

 

 

 意識がハッキリとなるにつれて、モモンガは自分の心がやけに冷静な事に気が付いた。

 次いで現状把握の為に、そっと自身の体を見下ろす。そこには、着た覚えの無い、いかにも邪悪そうなローブを纏った骸骨の姿がある。胸元を大きく開けたそのローブは、金と紫の糸で縁取られており、いかにも高級そうだった。

 そして、伽藍洞の体の中に浮かぶ、謎の紅玉。よく見るとそれは、ぼんやりと光を放っていて、魔力の流れを感じた。恐らく、何かしらの巨大な魔法を使う際に補助として使うのが良いかも知れない。そんな機会、そうそう無さそうだが。

 たった一瞬の内にそこまで考えた自分に驚愕しつつ、一先ずは目の前の男に声をかけるのが先決だろうと考える。

「トーマス」

 自身の発した声が、一瞬誰のものか分からなかった。以前のものよりも、かなり低い声へと変わっている。それに加え、漠然とした感覚だが、精神年齢もこの見た目に合わせて飛躍的に上がっている気がした。まるで、ずっと昔からこの体だったかのような感覚もある。王としての振る舞いを、自然に出来る気がした。

「面を上げよ。トーマス」

 支配者然とした声色が、特に考えずとも口から放たれる。

 その声を聴きながら、トーマスはそっと顔を上げた。

 モモンガの体からは先程と同様に、未だ魔力の暴風が吹き荒れたままだ。城内はモモンガの魔力の影響で、一気に何百年も経ったかのように劣化してしまっている。たった一瞬で古城へと変貌してしまったのだ。その光景を視界に収めつつ、モモンガはフッと苦笑を浮かべた。

「私の予想が外れたようだ。私がオーバーロードになれば、魔力の暴走も収まると思ったのだがな」

 一人称が俺から私へと変わっている事に、モモンガは後から気が付いた。やはり精神が肉体に引き摺られているのは確かなようだった。

 トーマスは荒れ狂う城内を今一度見渡しながら、モモンガと同じように苦笑を浮かべる。

「そのようですね。ですが結界が張ってありますので、そこからこの魔力が溢れ出す事はまず無いので大丈夫ですが……」

 暫し考え込むトーマス。

「――これ程の魔力となると、生き物に影響を然程与えないレベルにまで抑え込むのに、かなりの年月が必要になるかと思われます」

 眉間に皺を寄せながら、トーマスはそう告げた。その間も轟々と魔力の風は吹き荒れている。モモンガは問題無いとばかりに軽く手を振った。

「大丈夫だ。どうせアンデッドは死なないし、時間だけはたっぷりあるのだ。何百年かかろうと抑え込んでみせよう。でなければ外の世界に出られないからな」

 そう言うと、トーマスが意外だとばかりに僅かに息を飲んだ。

「……モモンガ様。失礼を承知でお尋ねしますが、モモンガ様はアンデッドの特性をご存じですよね? その上で、まだ人間へ魔法の知識を与えようとお考えなのですか?」

 トーマスの問いは最もな問いだ。現にモモンガは今、人間に対して、今まで持っていたような興味が殆ど失われているのを感じている。それでも、この願いは叶えようと考えていた。

「遺言のようなものだからな」

「遺言、ですか?」

 不思議そうに首を傾げるトーマスに、モモンガは静かに答えた。

「人間として死んだモモンガの最期の願いだ。遺言と捉えても良かろう? 今の私には、嘗てのような感情は浮かばない。最早彼と私は別人のようなものだ。残滓のようなものが僅かに残っているような状態、と言えば分かるだろうか? まぁそれでも、お前に対しての感謝の気持ちは、きちんと残っているぞ」

 そう言って微笑む。カタリと頬骨が鳴った。トーマスはそれを聞いて、ようやく安堵したようだった。

「あぁ、そう仰って頂けるとは、本当に嬉しいです……!」

 肩の力を抜いた彼は、再びぐるりと周囲へ視線を向けた。モモンガは黙って彼の言葉を待つ。

「私の推測ですと、城全体とトブの大森林の一部、その結界内全ての魔力を抑え込むまでに、多く見積もって300年はかかりますね」

 300年。

 想定よりも時間はかかりそうだが、特に問題は無いだろう。

「フム。取り合えず、300年あれば魔力は抑え込めるのだな?」

「はい。そうすれば貴方の魔力が生き物へ致死量のダメージを負わせる事は無くなります。ですが、アンデッドとなった貴方の魔力は、どう隠しても僅かに溢れてしまいます。勘の良い相手には、貴方が人間では無い可能性を考える者もいるかも知れません」

 心配そうに告げるトーマスに対し、モモンガは面白いとばかりに眼窩の灯火を大きく揺らした。

「ほぉ? それはそれで面白いじゃないか。その上で私に対しどう行動するのか、見物だな」

 今までだったら、そんな風に人を試すような事はまず思わなかっただろう。だが、アンデッドとなった今、まるで実験動物を見るかのようにそういった人物を観察するのも悪くはないと考えている。その思考回路は、トーマスから見れば酷く危険なものに見えるかも知れない。それでも構わなかった。彼ならば、そんな自分でも受け入れてくれる自信がある。事実、彼は僅かに眉を顰めたが、直ぐにその表情は掻き消えた。

「取り合えずモモンガ様。今後の方針は、以前お話した通りで宜しいでしょうか?」

「それで頼む。私がアンデッドになった事も、しっかりと伝えてくれ」

「了解です」

 深く頭を下げるトーマス。

 

 そういえば、自分の魔力をあの鐘に注いで欲しいと言われた時、再び姿を現した際にその魔力と反応させると言っていたが……あの時から、モモンガの魔力がどう制御しても僅かに溢れてしまう事に気付いていたのだろうか。でなければ、あんな意見は出ないだろう。まぁ、モモンガの魔力にかなり驚愕していたようだし、それ位考え付くのも当たり前だな。自分はそういうのに疎いから、思い付かないだろうとモモンガはぼんやりと思った。こういう、少し抜けた部分は、どうやらアンデッドとなった今でも変わらないようだ。

 

「ではトーマス。私はこれから300年、魔力の制御に全てを費やす。長き眠りに就くようなものだな。そしてその間に、何事も無ければ、お前は寿命で死ぬだろう」

 真っ直ぐに、モモンガはトーマスを見据えた。

「これが今生の別れとなる」

「――そうなりますね」

 静かにそう呟くトーマスは、名残惜しいとばかりにその瞳を震わせた。

「モモンガ様。貴方とは出会ったばかりでしたが、その僅かな時間で貴方様の人となりをしっかりと感じました。心から尊敬の念を送りたく思います。貴方と出会えて本当に良かった」

 彼は名残惜しさを振り切り、優し気な笑顔を浮かべた。それを見たモモンガは、何もない伽藍洞の体の中が、じんわりと温かくなるような感覚を覚えた。

「私の方こそ、貴殿と出会えて本当に良かったと思う。これからの事も色々と頼んでしまったが、きっと貴殿なら上手くやってくれると信じているぞ」

 そう言ってスッと手を差し出す。トーマスはその手を、迷いなく握った。

「任せて下さい。未来で貴方がカルネ村を訪れて下さるのを、心待ちにしております。どうか、お元気で」

 骸骨相手にその言葉は何となく面白いな……と思いつつ、モモンガは深く頷いた。

「トーマス。お前も達者でな」

 

 

 こうしてモモンガは300年の眠りに就き、トーマスは事の顛末を人々へ伝えた。それがどのように後世に伝わるかは分からない。だが、どんな形でも、この話が誰かの耳に入り、モモンガの存在を少しでも認識してくれるのならば、トーマスはそれで構わないと思った。

 

 彼の価値は、我々人間が測っていいレベルでは無い。彼の知識を学べば、世界はきっとより良い方向へ進むだろう。彼を異形だからと言って弾圧するのならば、世界は彼の怒りに触れて瞬く間に支配されてしまうに違いない。それは流石に避けた方が良いだろう。個人的には、彼を否定するような存在は死んでしまっても構わないのだが。

(その戦いに善良な人々が巻き込まれたら流石に可愛そうだ)

 

 そうならない為にも、どうか未来の人々が、彼を受け入れてくれますように。

 

 オーバーロードという特性を考え、彼がもしかしたら取るかも知れない行動が頭を過ぎりつつも、出来るだけ穏便に事が進むようトーマスは切に願ったのだった。

 

 

   ・

 

 

「これは………」

 白金の鎧から、愕然とした声が発せられた。彼は目の前の光景を見ると、その鎧をふるりと震わせる。久しく感じていなかった恐怖が、じわりと広がるような感覚を感じた。

 

――何も知らない人間ならば、そこは何の変哲も無い森に見えたであろう。だが、彼は違った。彼にはしっかりとその城の姿が見えていたし、その城を中心に周囲一帯に結界が張られているのも見えていた。そして、その中で荒れ狂う禍々しい魔力の奔流も。

 

 彼の名はツァインドルクス=ヴァイシオン。通称ツアー。白金の竜王(プラチナムドラゴンロード)と呼ばれる彼は、アーグランド評議国の永久評議員を務めるドラゴンだ。最強の種族と言われるドラゴンの中でも、彼は特に優れた知覚能力を持つ。遥か遠方の地でも、相手を察知する事が可能だ。だからこそ今回、ツアーはトブの大森林で異常な程の魔力が発生した事を察知出来た。

 ツアーは普段、アーグランド評議国にある本拠地にて、嘗て位階魔法を開発した高名な魔法詠唱者(マジック・キャスター)達が作り出した、ワールドアイテムと呼ばれる物を守護していた。それらは現存する物で最後の代物だ。それに、作成方法も残されてはいない。失ってしまえば、二度と作り出す事が出来ないかなり貴重なアイテムだった。

 これらの理由から、ツアーは直接外へと出る事が出来ない。その代わり、中身の無い空っぽの白金鎧を遠隔操作する事で、この世界を監視・偵察している。

 ツアーとしては、世界の理を歪める脅威――世界を穢す者――を早期に発見し、それに対処する事でこの世界の安寧を保とうと考えていた。

 

 そして今回、とうとうそれに該当する存在を発見してしまった。

 

 恐らくその存在は、この城の中にいるのだろう。さてどうするか。ぐるりと周囲を見渡して見ると、結界の外はどうやら何も影響を受けていないようだ。結界の中では、今にも爆発しそうな質量の魔力が、結界ギリギリまで押し寄せている。

 このまま中へ突入するべきだろうか?

 そう思ったが、恐らくこの結界は外部からの侵入を防ぐ意味合いもあるのだろう。かなり高度な魔術式が組み込まれているのが見て分かる。

 そこまで考えて、ツアーは「もしや?」と幾分頭の中が冷静になるのを感じた。

 もしも世界を破壊しようと考えているのならば、こんな強固な結界を張る必要性は無い。むしろこれは、被害を最小限に抑え込もうとしているように見える。

「……」

 ツアーは暫し考え込んだ。

「暫くは様子見にしておくか……」

 もしかしたらこれは罠で、時が来たら結界を破り、世界を蹂躙する可能性もある。だが、現状ツアーに何か出来るかと問えば難しいところだ。先程はこの結界内に侵入し、大元を叩くかと考えたが、何も情報が無い状態で迂闊な行動を取るのは控えた方が良いだろう。

 久しく世界の脅威足り得る存在が現れなかったせいか、少々焦ってしまったようだった。気を付けなければ。

 ツアーは今一度深呼吸をすると、再び意識を鎧へと戻した。

「フム。取り合えず、この城の周囲に他にも傀儡を派遣して、定期的に監視を続ける事にするか。後はそうだな――」

 この森に来る途中、近くに小さな村があった事を思い出す。

「あの村の住民に、この城の事をそれとなく聞いてみよう。先ずは情報を集めなければ」

 それからどうすれば良いか考えるとする。

 ツアーはそう判断すると、一度だけ城を振り返った。恐ろしい魔力の中心部。これ程までの力を持つのだ。きっと想像以上に悍ましい存在に違いない。もしもの事を考え、しっかりと対策を練らねばいけないだろう。ツアーは足早にその場を去ると、件の村へと向かった。

 

 

 その後、ツアーは無事カルネ村へと辿り着く。そこで彼は、この城を襲った悲劇について知るのだった。

 




トーマス・カルネさん。Web版だと彼がカルネ村を開拓した事になっているので、どうにかして彼を上手い事使ってみたかったんですよね。

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