『蒼の薔薇』のメンバーが好きな方はご注意下さい。
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蒼の薔薇がルプスレギナと戦っている同時刻、それは行われていた。
アダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』、そのリーダーと仲間であるラキュースとティア。二人は目の前の敵を見ていた。
「仮面を被る怪しい存在……もしかして『八本指』?」
ラキュースはそう考えたのも当然だった。自らの友人であり王女であるラナーから依頼をされたのだ。
"『八本指』のアジトを襲撃してほしい"
それはリ・エスティーゼ王国にとっても緊急度の高い依頼だったといえよう。『八本指』はこの王国内に存在する裏組織に生きる犯罪組織の中で最も強大な影響力を持つ組織だ。王国には王族を除けば最高位の階級に貴族がある。その者たちは『八本指』に融通されて利益を得る。その代わり逆も然りだ。現に多くの貴族が『八本指』と繋がっており、そのことから『八本指』は簡単に手が出せない組織となっている。ゆえにそこに所属する者たちも実力者が多い。
「……違う」
「じゃあ戦う理由は無いわ。私たちはアダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』!聞いたことくらいあるでしょ?」
ラキュースが説得を試みたのには理由がある。リ・エスティーゼ王国のアダマンタイト級冒険者といえば知名度は非常に高い。もし何か誤解があって戦闘に発展するのであれば未然に防ぐ必要があった。これは最高位の冒険者、またそのリーダーとしてだけでなく、ラキュースの家が"貴族"の家だということにも関係していた。そして可能性が限りなく低いだろうが友人であり王女であるラナーに迷惑をかける可能性もあったのだ。ゆえに無用なトラブルは避けるべきだと判断した。
(仮にあの少女を仮面少女とでも考えときましょう。正体を隠したい理由は何?)
「……無い」
その言葉を聞いてラキュースは考える。
(私たちを知らない?王国の人間じゃない?他国の人間?だとすれば帝国かしら?……帝国には『四騎士』なる四人の戦士がいると聞いたことがあるけど……。だけどガゼフ殿に聞いた話だと『四騎士』の一人を討ちとったらしいから、実力はオリハルコン級くらいが妥当なはずなんだけど……。それらを全て踏まえて考えるなら……スレイン法国あたりが妥当かしら?)
「……悪いけど、私は貴方たちの敵」
そう言って仮面の少女がクロスボウのボルトをこちらに向けて射出した。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
◇◇◇◇
その場所はあっという間に戦場と化していた。
舗装の為に敷き詰められていたはずのレンガは粉々と化し、王都を飾る建造物は傷だらけになっていた。
砕けたレンガの上に血の雫が零れ落ちた。
「はぁ…はぁ…」
額から垂れる血を拭うとラキュースは詠唱する。
「<
ラキュースがそう唱えると先程までの傷が全て回復した。
「……しぶとい。<
仮面少女が両手に持つクロスボウから複数のボルトが放たれる。
「リーダー!」
「分かってる。<射出>!…あんなに同時攻撃を仕掛けられるなんて……あの子、何者?」
しかし……
「くっ!」
「何で?」
ラキュースとティアにボルトが突き刺さる。ラキュースは右肩を、ティアは左足にそれぞれ命中した。防いだはずの攻撃を防げなった。そのことでラキュースとティアは激痛に顔を歪める。それと同時に思考する。
(攻撃は確かに防いだ。
「……」
仮面を被る少女からは表情を読み取れない。
(魔法は使っている様子は無い。だとするなら攻撃手段は一体…)
(…<
少女が使ったのは高度な射撃技術。先程少女が放ったボルトは全部で10本。八本はそれぞれ四本ずつ相手に対して射出した。しかし残る二本は
「リーダー。見間違いかもしれない。でも……」
ティアは一瞬だけ躊躇した。自分が確認したことが間違えていた場合場合ラキュースを死なせてしまうことに繋がるかと思ったからだ。自身のチームのリーダーであるだけでなく、蘇生魔法を使えるラキュースの命は特に重い。
「大丈夫。言って。ティア。何に気付いたの?」
ラキュースはそんな想いを全て察した上で尋ねた。仲間を信頼していた。もし間違っていてもそれは自分の実力不足だと思ったのだ。
「さっきあの少女が射出したボルト、私とリーダーにそれぞれ四本のボルトがあった。でもそれとは別に隠れるようにボルトを射出していた様に見えた」
「つまり…そのボルトと
(厄介ね。そんな射撃技術を持ったクロスボウ使いは聞いたことない。多分だけど実力はアダマンタイト級である私たちより上!でも唯一の救いは……)
「仲間がいないことが救い……」
ティアの発した言葉にラキュースは静かに頷いた。
ラキュースは両手に持つ大剣キリネイラムを力強く握ると走り出した。
「相手が一人なら、二人いる私たちが勝てる可能性は十分にあるわ!……<射出>!」
「む…早い…邪魔。<
仮面少女は何度もクロスボウに
(……これはさっきの私と同じことを……)
仮面少女の腹部に
はずだった……
「えっ!この攻撃を完全に防いでいる?」
「リーダー、あのメイド服すごく頑丈。多分私たちの装備より上質」
その言葉にラキュースは頷くしかなかった。
「……仕方ない。これは使いたくはなかった」
そう言って仮面少女は再びボルトを射出した。先程と同じように複数を射出した。先ほどまでとは違いラキュースたちとの距離は近い。それだけに即座に反応するのは困難であった。
「同じ手は食らわないわ!ティア!」
「了解!リーダー」
ラキュースとティアは攻撃を防ぐのではなく回避した。本来回避するのは困難であろうそれをアダマンタイト級冒険者の名に相応しい動きで回避した。飛んできたボルトが空を切った。仮面少女目掛けて飛び掛かりながらラキュースが魔剣キリネイラムを大きく振り上げる。
「食らいなさい!<超技
「……」
仮面の少女が動かなかった。ラキュースが疑問に思った瞬間、その理由に気付いた。
背中に激痛が走った。
「がっ!?」
吐血していた。しかし何とか両手に持った魔剣を振り下ろす。
だが攻撃を受けた瞬間を仮面少女は見逃さなかった。振り下ろした魔剣に対して後ろに跳んだ。
(!っ…回避されてしまった)
振り下ろした勢いのままラキュースの身体が崩れ落ちた。地面に伏してしまう。
(一体何が?攻撃は回避したはずなのに…)
ラキュースが剣を杖代わりに立ち上がろうとした瞬間、両膝を崩す程の激痛が走る。
「!かっ……」
再び倒れるラキュースの視界の端に写ったのは地面に伏したティアだった。その背中から大量の鮮血が流れていた。
(どういうこと?まさか他にも仲間が!?)
ラキュースたちがその攻撃に気付けなかったのはある意味当然であった。その攻撃の名前は<|跳弾>。自身が射出したものが着弾した瞬間に跳ね返るというものだ。通常、ボルトなどを射出する者のそれは真っすぐには跳ね返らない。だがこの仮面少女の持つ高度な射出技術により真っすぐに跳ね返ることを可能にしていた。もし万が一、『蒼の薔薇』がこのような相手と過去に一度でも戦っていた場合はまた違う結果になったかもしれない。
気が付くと倒れているラキュースの目の前に仮面少女が立っていた。
その両手が持つクロスボウがラキュースの頭部に向けられていた。
「……さよなら」
そう言って仮面少女はラキュースの額目掛けてボルトを放とうと指をかけた
(あぁ……私ここで死ぬんだ……)
死を覚悟しラキュースの脳裏に記憶が蘇る。
叔父であるアズスの冒険譚を聞いて、"冒険者"に憧れてアダマンタイト級にまで上り詰めた。
良き友人に恵まれた。
(ラナー……)
良き仲間に恵まれた。
(ガガーラン。ティア、ティナ。イビルアイ……)
(こんな所で死ねない!私はまだ"恋"の一つもしていないのに!)
走馬灯を見終えたラキュースの目前に巨大な影が落ちた。
空から飛び降りたモモンは二人を見比べた。一人は仮面を被りクロスボウを構える少女。もう一人は傷だらけで倒れていた。
(一人は私が降りた瞬間、飛びのいた。もう一人は重傷を負っている……はてどちらが敵なのか)
「さて……私の敵はどちらかな?」
(漆黒の
「私はアダマンタイト級冒険者『蒼の薔薇』のリーダーのラキュース!同じアダマンタイト級として支援を要請したい!」
思わずそう叫んでいた。そう言った後にラキュースはしまったと思った。今最優先するべきは仮面少女を倒すことではなく、むしろティアを連れて逃げるように言うべきだったと後悔した。
「任せろ」
その人物……いや男性のその言葉を聞いた瞬間、ラキュースは何故か安心できた。
「っ!」
ラキュースは目を見開いた。その男性の背中を見た瞬間、何か大きなものに守られているような感覚に包まれた。まるで先程までの緊迫した空気が一気に消し飛ぶ。
(何……これ……何て力強いの……)
「ナーベ!」
「はい。モモンさん」
モモンに名前を呼ばれると黒髪の"美姫"と呼ぶに相応しい美女が空から舞い降りた。
「彼女たちをどこか安全な場所へ!」
「はい」
そう言ってナーべは倒れているラキュースの大剣を持っていない方の左腕を掴む。
「<
一瞬にしてラキュースは転移した。気が付くと倒れているティアが目の前に来た。ナーベが空いている方の手でティアの右腕を掴むと再び詠唱した。
「
その瞬間、ナーベたちが姿を消した。
◇◇◇◇
◇◇◇◇
◇◇◇◇
モモンと仮面少女の二人だけになった空間。そこでモモンは問いかけた
「さて、お前の目的は何だ?アダマンタイト級冒険者である彼女らを何故襲っていた?」
「……これは予想外。でも…仕方ないことかもしれない」
「?……どういう意味だ?」
「……やっぱりお別れはちゃんと言わないと駄目」
「?」
仮面を被る少女がその仮面を外す。そこにあった顔は……
モモンがよく知る人物であった。
「何で……」
モモンは目を見開く。目の前にいた仮面を外した少女の顔を見て驚愕する。
「どうして……お前が……」
「……」
「答えてくれ!」
「シズ!!」
それはエ・ランテルで雇ったはずのメイド。今はハムスケと留守番をしていたはずだ。
「……モモンさん。騙していてごめんなさい」
「そんなことはどうでもいい!何でシズ!お前が!」
「…………モモンさん。今すぐ王都から去って。ここは大変なことになる」
「どういう意味だ?」
「……最終警告はした」
「シズ!」
「……モモンさん……ナーベ……ハムスケ、ごめんなさい」
そう口開くシズの頬に伝うものがあった。
「シズ?……」(泣いているのか)
「っ!……」
シズが懐から何かを取り出すと地面に叩きつけた。瞬間煙が周囲に拡散される。
(見えない。視界が……!<明鏡止水>)
モモンは瞬時に武技を発動しシズの気配を探る。
(……どういうことだ?何故シズの気配を感じ取れない?これは転移魔法?……あるいは気配遮断か?)
どうして?シズが……?
"ここは大変なことになる"
とんでもなく嫌な予感がする。
モモンは知っている気配が突如出現する。ナーベだ。
「ただいま戻りました。モモンさん」
「ナーベ。あの二人は無事か?」
「はい。傷は深いですが命に別状はありません。念のためにポーションを渡しておきました」
「ありがとう。助かった」
モモンは一先ずホッとした。彼女らが死んでいなくて良かった。
「モモンさん?さっきの少女は?」
「……すまない。後で話す」
「…分かりました」(話したくない……ということは……どういうことかしら?いや今はそれよりも…)
現実を直視したくなくてモモンは視線を上に向けた。
あることに気付く。
かつてスレイン法国に星が落ちた時に見たものだ。
自分の師匠であるミータッチと別れることになった出来事があった日。
忘れる訳がない。
「アレは……ゲヘナの炎!」