シャルティアになったモモンガ様が魔法学院に入学したり建国したりする話【帝国編】 作:ほとばしるメロン果汁
「フリアーネ、待たせたか?」
「いえ、私も私で調べることがありましたから。それよりもお客様は宜しいのですか?」
夜の帝都、貴族が数多く住む高級住宅街。
広々とした敷地の中、いくつかある豪華絢爛な建物の中で一際大きな部類に入る建物。グシモンド伯爵家の屋敷の一室、まだ明かりのついたその部屋に家の当主である彼女の父が疲れた表情で入って来る。
「いや本当にまいった。あちらもあちらで情報を握っているようだが、どうも私より直接会ったお前と話がしたいようでな。流石にこの時間未婚の娘に会わせるのも抵抗があると、なんとか帰したところだ。お互いさらに情報を集めた後に改めて会うことにしたよ」
「そうですか……」
短い顎鬚を撫でながら大きく息を吐き対面のソファに座る父。
確かに断った理由は血の繋がりを重視する貴族の間では無難なもの。だが、相変わらずのやや心配性な気質を覗かせる父に、若干のため息を心の中で吐きつつ話を戻していく。
「それで、まずお前の会った――いや、お会いした印象はどうだったのだ? シャルティア・ブラッドフォールン・アインズ・ウール・ゴウンという少女は?」
「遠慮なく簡潔に述べるならば、世間知らずの無垢なお姫様……という印象でしたが」
「でしたが?」
「偽っておられる可能性は大いにあるかと思います」
むしろ無い方がおかしい。
あの食堂の光景、鮮血帝が自ら足を延ばして会いに来る少女。そしてフリアーネ自身が集めた情報でも、ただの世間知らずなお姫様という認識に当てはまるものは欠片もなかった。彼女の心の胸中に同意するように、目の前の父も大きく頷く。
「だろうな。偽っている理由はわかるか?」
「いえ、それはまだ……」
いくつかの候補は頭に浮かぶ。
だがおそらく聡明な父なら当然のように考える可能性ばかり。その中にまだハッキリとフリアーネ自身も断言できることは一つもなかった。
「お兄さまの方は?」
「あいつはまだ騎士団の方とあの日帝城で何があったのか調べている。これが先ほど届いた手紙だ」
フリアーネが書類を幾つも広げていた机に真新しい紙が差し出された。
「まだ確証とまではいかないが、驚くことが書いてある。心して読め――」
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「ここの店主とは顔馴染みでな」
「は、はぁ」
「俺がこの近くのスラム街でまだ剣を振り始めた頃からの付き合いなんだ。後で紹介するから何か困った事があれば相談するといい」
「あ、ありがとうございます……」
――太陽がすっかり沈み、食事をするために人が集まった食堂の店内――
「あのブレイン・アングラウスだぞ! ひょっとすると、ひょっとするんじゃないか?」
「バカかッ! お前武王が実際に戦うところ見た事ないだろ? すげえなんてもんじゃないぞ」
「アングラウスといえば……王国戦士長が実は生きてたって噂があるんだが、知ってるか?」
「なんだそりゃ!?」
今日の魔法学院を除いた、帝都中で今ホットな話題となっている闘技場での剣闘試合。
その話題で一色に染まった喧騒から扉一枚隔てた個室に通されたジエット。向かい合う相手、帝国四騎士のバジウッドはマントを壁のフックにかけ昼間とは違うやや軽装の鎧のまま椅子に座っていた。対するジエットは仕事帰りの汚れた服装から着替えたものの、平民が着る程度のありふれた服装だった。
「緊張しているのか? 相手が俺だけなんだ、昼間の食堂よりマシだろう?」
「えっと……そう、かもしれませんが……」
今にも豪快に笑いだしそうな男臭い笑みに気が抜けそうになるが、そうもいかない。
何せ目の前に座る人物は帝国最強の騎士といっても過言ではない男。そして何よりその背後に立つ人物、彼が誰の命でジエットの前に現れたのか、それは昼間の件を考えれば明白なのだから。
「食事の事なら心配するな。帰りに持ち帰れる料理を幾つか用意させるし、ちゃんと君の母親のために病人でも食べられそうな食事も注文してある」
「あ、ありがとうございます……」
一言も話していない母親の事に触れられ、やはり自分の周りをしっかり調べていると、確信とともに嫌な汗が流れる。
机に乗っているのは料理の皿ではなくお互い飲み物のみ。
相手は酒だが一切手を付ける様子はない。そしてジエットも緊張のあまり口を付けるのも躊躇われる状況。
拒否権など最初からあるはずもない。言われるまま連れてこられ、彼の昔馴染みらしい食堂へ入り、個室へ通された。誘拐のように引きずられて来たわけではないが、平民と権力者という見えない力はある意味でそれ以上の拘束力を持つ。
「で、色々と混乱してると思うが……聞きたいことがあるんじゃないか?」
あると言えばある。目の前でニヤニヤ笑う人物も何かを告げるために来たのだろう。
が、それはジエットが聞いて良いものなのか、聞いたことでかえって危険な目に遭うのではないか。ジエットだけならまだいい。幼馴染や病気の母にまで危険が及ぶかもしれない。その予感がジエットを鈍らせるが、逃げられる状況ではないのも事実だ。
「陛下からどこまで話していいか伺っているから、坊やが遠慮する事はないぞ」
「で、ではお聞きしますが」
「おう、なんだ?」
こちらの態度が軟化したためか、それとも真面目な話が始まる前の準備か、酒を手に取り一気に半分ほど飲み干すバジウッド。そのグラスが下りるのを待ってから、覚悟を決めて質問をぶつけた。
「その……シャルティア様が俺の席の隣になったのって、偶然なんでしょうか?」
「いや、あれは陛下が手を回した」
「……」
……聞くんじゃなかった。
何でもない事のようなあっさりとした返事に、ジエットは内心で頭を抱えて打ちのめされそうになる。学園に影響力がある人物だとは思っていたが、まさかこの国の最高権力者がジエットの学院生活に関わってくるなどと、つい昨日まで夢にも思わなかった。
正直今この瞬間にも逃げ出したい気分だ。間違いなくこの人物は、そしてその後ろに立つ皇帝はジエットに何かをさせようとしている。そしてその術に抗う方法は――残念ながら思いつかなかった。
「坊やが初めてブラッドフォールン様に会ったのは、幼馴染を助けに行った路地だったよな? あれ自体は偶然なんだがな、俺も警備としてあの時大通りにいたんだよ」
ガックリ肩を落としそうになるジエットだったが、相手の話を少しでも聞き逃す訳にもいかず、折れそうな心に鞭を打ちながら返事を返していく。
「そ、そうなんですか。では、ゴウ――シャルティア様はあの時の……」
「あぁ、坊やの幼馴染が襲われてるのを発見して、俺の目の前で馬車から飛び出して行っちまったんだよ」
それは警備として止めるべきだったのでは? という言葉が口から漏れそうになるが、どう考えても相手を不快にさせるだけなので口をつぐむ。
あの時の車列はドラゴンに馬車を引かせており、その光景が帝都の人間達の間で噂になっていた。『ドワーフ国がドラゴンを手なずけた』といった内容で。ジエットは生憎と目にしてはいないが、学院内でも話題程度は耳にしている。今日の食堂でも、皇帝と会話をするシャルティアの間で『ドラゴン』という言葉が交わされたのはハッキリと覚えている。
「隣の席にしたのは、まぁ……ゴウン様のために少しでも顔見知りの生徒が近くにいた方がいいだろうという気遣いだ」
「そう、ですか……」
本当にそうだろうか?
そういった気遣いであれば同性のネメルの方を選ぶのではないだろうか? 例え初対面でも、フリアーネのような相応の地位にいる貴族の近くであれば特に問題は無い気がする。わざわざ平民であるジエットの隣の席にする意味を問いただしたい気持ちが湧き立つ。
(でも足を踏み込んでいい相手じゃない……)
相手の答えてくれそうな質問を予想して口を動かし、頷く事。
おそらくそれが今この場での最善の策。鮮血帝からの使者に対して手を上げて対応する以外、ただの平民に選択肢などないのだから。
「シャルティア様は……帝国外から来られた方なんですか?」
「あぁそうだ。どこから来たのかはまだ言えないがね」
ドワーフ族を目にしたことはあるが、彼女はどう見ても人間だ。
ドワーフ国を仲介して帝国に来た? 何のために? 疑問は深まるが皇帝が知らなくていいと言うのなら、深く探らない方が身のためだ。話題を変えるため、そして自身を守るためにも聞いておくべき質問を投げる。
「その……皇帝陛下は自分に何を期待されているのでしょうか?」
「お、その質問が来たか」
「え?」
待っていたと言わんばかりの嬉しそうな反応。
逆にジエットの緊張感は増してしまう。
「陛下から事前に言われてたんだよ。坊やがこちらの望みを聞いてきたら、一つ情報を渡してやってくれってな」
脱いでいたマントから取り出した紙。
大きな手でジエットの前にズイっと置かれる。
「国の諜報機関が陛下に直接渡した報告書だ。本来は極秘だが、読んでみてくれ」
(読みたくないです)
本音を叫んでそのまま逃げ出したい。が、逃げられるはずもない。
抜け出せない深みにはまっている事を自覚しつつ、言われるがままその紙を手に取り目を通していく。
内容は王国の内部情報――健在だった頃のエ・ランテル、特に冒険者組合に関してのもの。
その中にあからさまに大きな印がつけられた採取依頼『トブの大森林に生えた特殊な薬草』について、細かい情報が記載されていた。トブの大森林奥地のとある場所に自生しており、三〇年以上前に当時のアダマンタイト級冒険者とミスリル級冒険者のパーティー編成でやっと成功させたもの。その薬草がそろそろ採取できる時期であること。その薬草の効能――どんな病でも癒せると言われる効果と、薬草のスケッチなどが描かれていた。
(どんな病でもって……凄いな……)
一瞬今の状況を忘れ、呑気にそんなことを考えてしまう。
だがそれが本当であれば、相当高価で希少なものになるのは間違いない。
ジエットの母を癒すアイテムも平民にとっては目の飛び出る金額だが、どんな病気でもとなれば裕福な商人や権力者がこぞって大金をつぎ込む可能性が高い。誰だって死にたくはない。街に籠っていればモンスターに襲われる心配はないが、通常の方法で癒せない病気となればこういった物に頼りたくなるだろう。
「凄いですね……」
「あぁ、その薬草を来月の昇級試験中に坊やの班に取ってきて欲しいんだ。ブラッドフォールン様も誘って」
男同士、夜の密室での会話を二話連続で続ける六大神をも恐れぬ暴挙
いったいどこに需要があるんだ……というわけで久々のザイトルクワエさんフラグ
ちなみになんで四騎士をただの使い走りに使うんだよ~ですが、バジウッドは路地裏出身の成り上がりキャラ設定なのでジエット君とも話しやすいだろうというジルクニフの気遣い?だぞ。