玖拾肆.俺の中納言がこんなに変態なわけがない
中納言「それにしても、相変わらず美しい。いや、一段と美しくなったようだ。あなたと向かい合っていると、何か神聖なものと向い合っているような気がしてくる」
俺「え゛」
中納言は前にそっちの趣味はないといっていたけれど、どうしてもこの発言はそういう意味に聞こえてしまう。この時代の男はこのくらいの発言でビビっていてはいけないんだろうか。
(それにしても、この中納言は相変わらず美形だな。月☆読も美形だけど、あれとは違ってもうちょっと線が太い感じの…)
中納言「ところで竹仁殿は今は無位無官と聞いたが」
俺「は、はい、そうです」
(あぶない。うっかり中納言に見入ってた)
脳内で月☆読との美男子コンテストをやっていて、ついつい中納言を凝視していた。雪が月☆読を見たら中納言と比べてどう言うんだろうな。って、そんなことを考えてないで集中集中。
中納言「今日、私に声をかけたのは職の斡旋のお願いかな?」
俺「へ? あ、違います。そうではないです。ではなくて、この間お誘いいただいた時に訳あって帰らせていただいてお話しできませんでしたので、改めてご挨拶をと思いまして」
中納言「そうか。残念だったな。職探しなら私のところでちょうど人手を探していたところだったのに」
俺「え? あ、すみません…」
(やっばい。なんか仕事くれようとしてたところをあからさまに断っちゃったよ。ちょ、これ気まずいというか、むしろまずかったりしないかな。爺に迷惑かかったらどうしよ)
中納言はその後は口を閉ざして俺の方をしばらく見ていた。怒ったのかと思ったが、そうでもないようだ。
中納言「本当に職を探しているわけではないのだな」
俺「は? あ、はい、そうです」
中納言「そうか」
そう言うと、中納言はおもむろに自分の
(ちょ、何を…?)
中納言「これをあなたにあげよう」
俺「あ…りがとうございます?」
中納言「なに、いつかの亀のお礼だ」
俺は中納言から直衣の袖を受け取った。見た目からも手触りからも明らかに高級な布であることがわかる。俺が使ってる布も相当高級なものだが、これは更に高級そうだ。多分、お金を掛けても手に入らない種類のものなんだろう。
中納言「さて、私はこの後用があるのでこれでお暇させていただく。もし何か私にようがあれば、いつでも私の屋敷に来なさい。すぐにお通しするように言っておこう」
俺「ありがとうございます」
中納言はそう言うと、すっと立ち上がって部屋を出ていった。さすがに生まれついての貴族なだけあって立ち居振る舞いが様になってるなあ。
俺は中納言が残した直衣の袖を持ったまま、中納言が去っていった方をしばらくじっと見ていた。
(もしかして、変態じゃない美形って中納言が初めてか?)
雪も変態じゃない(最近、少し自信がなくなってきてるけど…)けれど、美形という意味では中納言レベルにいるわけではないので、比較対象としては天照、月☆読、式神あたりになるわけで、関白まで含めても変態だらけなわけで、その中での中納言のまともさは異彩を放っているといっても過言ではない。
しばらくの間、そんな感慨に囚われた後、ようやく俺も部屋から退出して宴席へと戻った。
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中納言が丁寧語すら使っていませんが、これは竹仁との身分差を考慮してのことです。帝や関白や他の公卿と話す時は当然丁寧語や敬語を使うことになります。
直衣というのは貴族の普段着なのですが、着るのには許可が必要だったらしいです。正装である束帯や準正装である衣冠に次ぐ装いで、形は衣冠とほぼ同じです。
それに対して竹仁が着ているのは狩衣で、これは狩猟用から普段着として発展した服です。裕福な平民の服である
中納言が袖を破って竹仁に渡していますが、当時布は貴重だったので布や衣類は高級な贈り物だったようです。特に身分の高い人のお下がりの服とかはかなり貴重なものでした。また、袖を破るという行為ですが、伊勢物語に狩衣の裾を切って和歌を書いて送ったというエピソードがあったので、そこから連想しました。