今日は前回に引き続き、2020年2月21日に判明した「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書検定「一発不合格」について語っていきたいと思います

ちなみに前回は、検定のトンデモっぷりと「一発不合格」の危険性を指摘しました


前回、僕は「これまでの経緯を踏まえず【フラット】な見方で「一発不合格」を見てしまえば、本質を見誤る」的なことを述べました

「これまでの経緯」とは、以下の3点に尽きます

①国家による教科書の支配
②国家の支配に抗う左派
③「新しい歴史教科書をつくる会」と育鵬社の対立、及びそれぞれの政権との距離感

今日は中編として、【③「新しい歴史教科書をつくる会」と育鵬社の対立、及びそれぞれの政権との距離感】について述べていきます

……はい、中編です。前回は「後編に続く」と書いたかもしれませんが、中編です。①と②については、資料を集めていたら止まらなくなったので、ゆっくり後編で語っていきます


概要

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今日話す内容は、だいたい画像のとおりです

育鵬社の検定結果は現段階(3/21)でまだでていませんが、どうせ合格するんで"2020年検定合格"と記しておきます

では、さっそく行ってみましょう


「つくる会」の設立・分裂・そして育鵬社の誕生


かつて「新しい歴史教科書をつくる会」は、それはそれは強大な組織でした

1996年の設立当初は、まさしく日本のウヨ勢力の集合体というべきもので、自民党「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会(通称:教科書議連。事務局長:安倍晋三)」のバックアップを受け、一大旋風を巻き起こします

……が、それも束の間の夢に過ぎませんでした

「新しい歴史教科書をつくる会」は何度も内ゲバを繰り返し弱体化。採択も思うように振るわず、とうとう2006年の抗争で真っ二つに分裂してしまうのです


このときは2005年の採択不振をキッカケに、会内にひそむ日本会議派により「新しい歴史教科書をつくる会」乗っ取り作戦が進行

すったもんだのあげく乗っ取りに失敗した日本会議は、「新しい歴史教科書をつくる会」幹部であり、安倍晋三ブレーンでもある八木秀次さんを盟主に担ぎ、別団体をつくりました

それが日本教育再生機構

さらに日本教育再生機構をサポートするため「教科書改善の会」が立ち上がります

「新しい歴史教科書をつくる会」につどっていたウヨたちの多くは、日本教育再生機構に鞍替えしました。安倍晋三さんも「新しい歴史教科書をつくる会」とは距離を置きはじめます

それまで「新しい歴史教科書をつくる会」の教科書をつくってきたフジサンケイグループの扶桑社も、日本教育再生機構サイドにつき、協力して新たな教科書会社を設立します

育鵬社の誕生です

「新しい歴史教科書をつくる会」とは同じウヨ系教科書として鎬を削るライバルであり、その設立の経緯からして2つは対立関係にあります

よく新聞等では育鵬社教科書のことを「つくる会系」と称しており、たしかに育鵬社の執筆陣は元々「新しい歴史教科書をつくる会」教科書を書いていた人たちなので間違いではないのですが、別物な組織であることはちゃんと押さえておきたいですね

なお、扶桑社から捨てられた「新しい歴史教科書をつくる会」は、その後、加瀬英明さん(映画『主戦場』で爆笑をとっていた人)のツテで自由社から教科書を発行しています


対立か大同団結か~教科書盗作問題~


「つくる会」の盗作

「新しい歴史教科書をつくる会」と育鵬社の対立は、2011年に端を発した教科書盗作事件を機に加速します

2011年6月、「新しい歴史教科書をつくる会」の盗作を市民団体「子どもと教科書全国ネット21」が指摘。東京書籍の2002年度版教科書から日本史年表を盗作していたことが明らかにされました

「新しい歴史教科書をつくる会」の盗作教科書は、現在進行形で使用されていた2010年度版と、検定合格済みの2012年度版です

当時の記事を引用しましょう

"「新しい歴史教科書をつくる会」が主導し、今春の教科書検定に合格した自由社(東京)の中学歴史教科書の2012年度版が、日本史年表のほぼ全部を東京書籍の教科書から流用していたことが1日、分かった。文部科学省が注意し、自由社は訂正申請するという"

特に2012年版の盗作エピソードは面白いです

「新しい歴史教科書をつくる会」は東京書籍をそのままコピペしたわけではありませんでした。太平洋→大東亜戦争のように、気に入らない単語を書き換えていたのです

しかし、ここで「新しい歴史教科書をつくる会」はミスを犯します

"1952 秀吉が朝鮮出兵を始める"と書き換えるはずだったのが、うっかり忘れ、東京書籍の記述どおり"1952 秀吉が朝鮮侵略を始める"のままにしてしまっていたのです!

……「新しい歴史教科書をつくる会」教科書が"朝鮮侵略"なんて書いてたら、そりゃパクリ行為もバレるだろ( ゚,_ゝ゚)バカジャネーノ


育鵬社の盗作? と話し合い

さて、盗作問題はここで終わりません

醜聞を覆い隠すためか、「新しい歴史教科書をつくる会」は2012年6月の定期総会において、今度は自身が盗作されたと発表したのです。盗作した、と「新しい歴史教科書をつくる会」が名指しで非難したのは、育鵬社でした

先にも述べたように、育鵬社をつくった扶桑社は、分裂前の「新しい歴史教科書をつくる会」の版元であり、このため育鵬社教科書の記述の多くが扶桑社版の複写で成り立ってまして……

「著作権は我々つくる会が保持している! よって育鵬社の教科書は我々の著作権を侵害する盗作教科書だ!!」

というのが「新しい歴史教科書をつくる会」の主張なわけです

えっ、それって盗作云々な話じゃなくなくない? っていうか分裂してからけっこう経つのに唐突すぎない? ……とは思うものの、まあ主張が事実ならたしかに問題ですし、ここはスルーしてあげましょう

問題の解決のため「新しい歴史教科書をつくる会」は、育鵬社・育鵬社版執筆者・日本教育再生機構・教科書改善の会に協議をもちかけます。書面でのやり取りが重ねられ、第二次安倍政権成立の後に、育鵬社のみが協議に応じることになりました

育鵬社サイドの代理人は、弁護士の内田智さんです。彼は「生長の家」系の学生運動出身ーーようするに日本会議の中枢です。そして「新しい歴史教科書をつくる会」の元幹部でもあります

勘の良い方はお気づきかもしれませんが、内田智さんは「新しい歴史教科書をつくる会」を乗っ取りを画策した日本会議派の1人です


この協議において「新しい歴史教科書をつくる会」サイドが提案した内容が、実に興味深いのです


大同団結論=一撃講和論?

なんと「新しい歴史教科書をつくる会」は、育鵬社に大同団結を呼びかけたのです

ようするに合併ですよ、合併

ウヨ系の教科書が2つもあるのは多すぎる。だから今こそ【対等な条件】で合併しようーー

というのが「新しい歴史教科書をつくる会」の提案でした。その際、かつて分裂騒動を起こした八木秀次さんは排除してほしい、というオマケつきです

なぜ著作権の協議でそんな話を持ち出すのか、違和感アリアリですよね

おそらく、これは「一撃講和論」です

敗戦間際の大日本帝国では「降伏するなら一撃カマして、できるだけ【対等な条件】で降伏しよう」という「一撃講和論」が盛んでした。(このためズルズル負け戦を長引かせ、無辜の民が無意味に死んでいったのですが……まあ、それは今は置いておきましょう)

大日本帝国が果たせなかった「一撃講和論」が形を変えて甦ったのが、育鵬社盗作騒動だったのではないでしょうか

「新しい歴史教科書をつくる会」が仕掛けた育鵬社盗作騒動は、たんに「一撃」をカマす道具でしかなく、真の狙いは最初から【対等な関係】での合併だった……というのが僕の推測です

①アホほど低調な採択(2011年採択でほぼ0%)
②パイを奪い合っているライバルの育鵬社は、採択こそ少ない(2011年採択で4%くらい)ものの伸び代がある
③おまけに東京書籍から年表をパクっていたのがバレて大ピンチ
④危機を乗り越え、発展するには大同団結しかない
⑤「一撃」のため唐突な著作権主張

といった流れだったのではないでしょうか

まあ、この推測が当たっているかどうかは別として、「新しい歴史教科書をつくる会」が以下の2点の認識をもっていた事実は重要です

Ⅰ.「新しい歴史教科書をつくる会」はウヨ教科書が2つもある状況を好ましく思っていなかった
Ⅱ.このため育鵬社と大同団結し「1社体制」になりたかった

また、危機の時代において大同団結を提案するあたりに、「新しい歴史教科書をつくる会」と育鵬社とが単純な対立関係でないことが表れており、これもまた興味深いですね


決裂と裁判

「八木秀次を排除せよ」との無茶苦茶な要求を、育鵬社は突っぱねました

当然です。なんといっても八木秀次さんは、育鵬社をつくった1人と言ってもいい人物

さらに言えば、首相に返り咲いたばかりの安倍晋三さんのブレーンです。後に道徳の教科化や高大接続改革などのクソ政策を主導することになる「教育再生実行会議」のメンバーにも選ばれていました

育鵬社・日本教育再生機構・教科書改善の会の中心人物にして安倍晋三さんとのパイプ役ーーそれが八木秀次さんなのですね

育鵬社にしてみれば、格下の「新しい歴史教科書をつくる会」と【対等な条件】で大同団結するために排除するなんて、できるわけがありません

さらに、協議の過程で「新しい歴史教科書をつくる会」の方こそが、育鵬社著者の盗作(「文化史」記述4ヵ所)していたことが発覚します

もはや協議する余地はありませんでした。育鵬社は著作権侵害についても突っぱねます

「新しい歴史教科書をつくる会」はそれでも「一撃講和論」を捨てられないのか、盗作問題を司法の場に持ち込みました

結果は……

"清水裁判長は、藤岡氏の記述について「歴史的事項を説明したありふれた表現で特有の創作性は認められない」と指摘。著作物にあたらないため、著作権侵害はないと結論づけた"

というわけで「新しい歴史教科書をつくる会」の惨敗でした
(なお、僕はこの判決の正統性や育鵬社が本当に著作権を侵害したのかについては、あまり興味がありません。なんとなく「新しい歴史教科書をつくる会」の主張にも一理あるような気はしますが、詳しく調べる気もなく、正直どーでもいいです)

こうして不毛な盗作教科書騒動は幕を閉じたのです

なお、この裁判について「新しい歴史教科書をつくる会」の理事である小山常実さんは、気になることを主張しています

"単に、著作権侵害を認めない傾向の裁判官が担当したから育鵬社が勝ったのではなく、大きな政治的背景が作用して、育鵬社が勝訴したのであろう"


安倍晋三との距離感


小山常実さんの指摘が的を射ているのかそうでないかはともかくとして、この言葉は「新しい歴史教科書をつくる会」と育鵬社=日本教育再生機構=日本会議の立ち位置を端的に表しています

つまり、「新しい歴史教科書をつくる会」の幹部が邪推するほど、育鵬社と安倍政権の距離は近いわけです

また、安倍政権と「新しい歴史教科書をつくる会」の遠さも、同時にわかりますね

無論、同じウヨ仲間ではありますから、安倍晋三さんも「新しい歴史教科書をつくる会」を完全に無下に扱っているわけではありませんが……

現に「新しい歴史教科書をつくる会」が「南京の真実国民運動」を設立した際にはメッセージを寄せてもいます

「新しい歴史教科書をつくる会」の方でも、安倍政権の差別・歴史修正主義担当である杉田水脈議員を理事に迎えるなど、政権との距離を詰める努力はしているようです

しかしながら、それでも安倍政権との距離感は、育鵬社=日本教育再生機構=日本会議の方が圧倒的に近い

まあ、分裂騒動からこっち、安倍晋三さん及び自民党は、常に育鵬社サイドに軸足を置いていたのですから仕方ありませんね

また、八木秀次・伊藤哲夫・衛藤晟一といった安倍ブレーン&盟友の多くが、育鵬社や日本会議の関係者だということは周知のとおり。安倍晋三さん個人だけでなく、安倍政権そのものが日本会議とズブズブの関係にあることは、今さら言うまでもないでしょう

ここでは補足的に、日本教育再生機構の機関誌『教育再生』が自民党議員を登場させまくっていたこと、民主党政権時代からしきりに「安倍晋三再登板待望論」をぶち上げ支援していたことを指摘するにとどめておきましょう

……と、ここで「安倍晋三・育鵬社のラブラブ話」は終わろうと思ったのですが、ちょっと具体性が足りないので↓のエピソードを追加しておきます


安倍晋三さんが野党だった2011年のことです。彼は育鵬社教科書の出版記念集会でこんなことを語りました

"改正教育基本法の趣旨に最もかなっているのが育鵬社の教科書です"

その四年後、安倍晋三さんを再び首相に担ぎ上げた盟友・衛藤晟一さん(日本会議中枢メンバー)は、

"この素晴らしい育鵬社の教科書を採択できるように努力したい。私どもの考えと近い首長を選んで、そこで教育行政がきちんと行なわれるように、その意思を受けた教育長が選任されなければいけない"

と、育鵬社への全面支援を強く約束しました

育鵬社=日本教育再生機構=日本会議である八木秀次さんは、彼らの期待に応えようと、

"安倍内閣のもとで教育再生をどんどん進めている中で、結果を出さなければ恥ずかしい。育鵬社の教科書がどれだけ採択されるのかによって、安倍内閣の教育改革の真価が問われる"

と、安倍晋三さんのもとでの結果にこだわっています
(安倍・衛藤・八木発言の引用は週刊金曜日https://bit.ly/39aDxYKから)

この安倍政権-育鵬社の強固な絆には、「新しい歴史教科書をつくる会」の付け入るスキはないでしょうね


以上、見てきたように、安倍政権にとって現在の「新しい歴史教科書をつくる会」は、近くもなければ遠すぎもしない特殊なポジションです。殴ってもやり返してこず、明後日の方向に吠え声を立てる都合の良い野良犬といったところでしょうか。しかも狂暴な野良犬ということで、普段は口うるさいリベラルさんも、その暴力をあまり批判してきません

というか、採択は0に近く、スタンドプレーも辞さない「新しい歴史教科書をつくる会」の利用価値なんて、安倍政権には「殴る」以外にないんですね

「殴る」ことによって、「あんなに懐いている野良犬すら殴るのか……」という恐怖を周囲に与えることになります

そして恐怖は忖度を生みます

それが今回の「一発不合格」によって教科書業界に起こることだと思います


おわりに


「新しい歴史教科書をつくる会」が育鵬社と分裂して以来、2つは対立関係にありました

安倍晋三さん及び自民党は、2つの勢力のうち、明らかに育鵬社サイドについています

また、その対立関係も、決して単純なものではありません。それは盗作教科書騒動の際、大同団結によってウヨ教科書の「一社体制」が計られたことからも明らかです

僕はときどき考えます

「新しい歴史教科書をつくる会」が「一撃」による【対等な関係】での大同団結を目指さず、素直に育鵬社の軍門に下るような合併を申し込んでいれば、育鵬社はどのような反応を示したのだろうか、と

「新しい歴史教科書をつくる会」の要求があまりにもアレなので、あのときは拒絶しましたが、しおらしく土下座されれば、育鵬社も受け入れたのではないでしょうか

自分たちの教科書の採択率によって"安倍内閣の教育改革の真価が問われる"と考える育鵬社にとっても、「一社体制」自体は望むところなはずですから(ただし基本路線は「新しい歴史教科書をつくる会」教科書自然消滅による「一社体制」でしょうが)

教科書検定「一発不合格」の主な目的は「恐怖による教科書支配」でしょうが、従の目的としてはウヨ教科書「一社体制」の確立があるのかもしれませんね

果たして、「新しい歴史教科書をつくる会」は今後どう動くのでしょうか?

自然消滅か、大同団結か、なんとかふんばるのか

これからも「新しい歴史教科書をつくる会」の動向から目が離せません


……ここいらで中編は終わりです。後編では【国家による教科書の支配】と【国家の支配に抗う左派】について語ります
たぶん次回更新のころには「新しい歴史教科書をつくる会」以外の検定結果も出ていることでしょうから、そのあたりにも軽く触れたいと思います


【参考文献】
・「新しい歴史教科書をつくる会」ホームページ
・出版労連『教科書レポート』No.56