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クーリエ・ジャポン

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Text by COURRiER Japon

世界全体で売上部数250万部を超えた異例の経済書『21世紀の資本』が映画となって3月20日から日本で公開される。原作者のトマ・ピケティが映画公開に先立ってパリで催された試写会・トークイベントに登場し、新型コロナウイルスや中国における検閲、米国の政治状況について語った。

分厚い本を読まない人にも格差について知ってほしい


行列に並んで店に入ったものの、買いたかった商品は棚にない。マスクや消毒用アルコール、トイレットペーパーのことではない。店の棚はほぼ空っぽ。食べられそうにない悪臭のする肉などが売られているだけだ──。

映画版『21世紀の資本』は、共産主義体制が崩壊した東側諸国のそんな悲惨な光景から始まる。原作者のトマ・ピケティは学生時代に、そんな東側諸国を旅して、内側からその惨状を見たと映画で語る。

「共産主義の欺瞞が白日のもとに晒され、資本主義が支持されることになりました。ただ、問題はそれが行き過ぎた資本主義の礼賛になってしまったことです」

「週に2度は映画館に行く」というピケティは3月10日、パリで催されたこの映画の試写会・トークイベントに出席し、自著の映画化の狙いをこう語った。

「分厚い学術書を読むのが好みでない人にも映画の言語を通して語りかけたかった」

映画『21世紀の資本』トークイベントの様子

「世界的な格差の問題について、不透明なところを透明にして、知識を得ていかなければ、政治を通してこの問題を民主的に解決できないから」

「ポン・ジュノ監督には、先日アカデミー賞作品賞を獲った『パラサイト 半地下の家族』のほかにも、『スノーピアサー』といった階級闘争をテーマにした見事な作品があるが、この映画には、ああいった作品とも響きあうところがある」

映画館で100分過ごせば、本を数年“積読”状態にした罪の免罪符とする、と踏み込んだ発言をしたわけではない。


「感染症のリスクには敏感、環境問題には鈍感な社会」


フランスではこのイベントが催された3月10日の時点でも、新型コロナウイルスの問題が深刻化していた。咳の音がときどき響く会場では、この問題に関するピケティの発言も出た。

「新型コロナウイルスの危機は重大ですが、驚いたのは、経済活動を一斉に止めるような決定が下されたことです。

数ヵ月前まで、『このままでは二酸化炭素の排出量がパリ協定で定めた枠に収まらない』と言う人がいても、『そうかもしれないけれど、経済への悪影響を考えたら、排出量を抑える政策は無理だ』という意見がほとんどでしたよね。ところが、公衆衛生の危機が生じたら、一転して、すべての経済活動を止める話になっています」

「この決定自体はいいことなのですが、社会が感染症のリスクに対しては敏感なのに、環境問題や社会問題のリスクには鈍感だということが示されたと思います。たしかに環境問題は、感染症にくらべると差し迫った危険に見えないのかもしれませんが、それでも長期的にはきわめて深刻な問題なのです」

「今回の危機がきっかけとなり、新しい世代を中心に社会の変革が始まる可能性はあると思います。新しい世代には、経済システムを変える必要があるという意識を持つ人が増えてきていますからね。

でも、単に『社会を変えよう』と声を上げるだけでは何も起こりません。社会を変えたかったら、いまの経済システムの代わりに、どんなシステムを作るのかを言わなければなりません」

「私的所有権をどのように考え直すのか。会社の経営をどのように変えるのか。GDPの最大化に代わる経済の目標を何にするのか。そういったことを具体的に言っていかなければ、現在のシステムを乗り越えていけません」


「中国はこの本を恐れた」


ピケティ自身は、資本主義に代わって、どのような経済システムを据えるのがいいと考えているのだろうか。その構想が書き込まれているのが、昨年9月にフランスで出版されたピケティの新著『資本とイデオロギー』だ。

前著『21世紀の資本』と同じく分厚い本であり、前著がマルクスの『資本論』に対応するとすれば、新著はマルクスの『ドイツ・イデオロギー』に対応するとのことだ。フランス語版は刊行後の3ヵ月で売上が10万部を突破。これは前著を上回るペースだ。

それでは2020年にピケティ・ブームが再来するのだろうか。それは新著の英語版と中国語版の売れ行きにかかっているだろう。そして残念なことに、この本の中国語版は台湾と香港でしか売り出されない。前著のときは中国で60万部が売れ、ピケティがテレビのゴールデンタイムでジャック・マーと対談したのとは対照的である。

ピケティは前述のトークイベントでこう語った。

「中国はこの本を恐れたようです。検閲しようとしました。『この本には共産主義社会とポスト共産主義社会についての一章がありますが、そこが気に入りません。削除してください』と言われたんです。

私は中国モデルには懐疑的ですが、習近平への批判が、ドナルド・トランプやジャン=クロード・ユンケルへの批判より強かったわけではありません。

検閲には応じませんでした。この一件が、中国の体制がどの方向に進んでいるのかを示しています」


「米国の死亡率に関する指標の悪化は衝撃的」


一方、米国では新著の英語版が3月10日に発売され、映画版『21世紀の資本』の公開は4月3日からだ。米国の大統領選を考慮に入れたスケジュールのように見えなくもない。

ピケティはフランスの週刊誌「ロプス」に掲載されたインタビューで米国の現状をこう分析している。

「衝撃的なのはアメリカ人の健康や死亡率に関する指標の悪化です。50歳以下の死亡率が上昇しています。これはエマニュエル・トッドが1976年に『最後の転落』という本でソ連崩壊を予見したときと似ています。平和な時代に平均寿命が下がるのは異様なことです」

「ソ連の医療制度は帝政時代より優れたものでしたが、限界にぶつかっていたのです。同じことは現代の米国にも言えます。いまの米国の医療制度と教育制度は、ごく限られたエリートのためだけのものになっています」

「アメリカ人がそのことに気づけていないのはグローバル化のせいです。経済が自給自足の状態だったら、人口の半分や3分の2を見捨てる制度を許容するはずがありません。でも、世界から資本の大半を吸い上げているので、自分たちだけの世界に浸り、自分たちはまだ先を進んでいるのだという幻想から抜け出せないのです」

ピケティはトランプ大統領に批判的だが、米国の民主党の主流派にも批判的だ。

「いまの民主党は高学歴者のための政党になってしましました。1950~60年代の民主党は、庶民層の有権者の支持もあったのですが、それがいまはないのです。民主党のイデオロギーは、勝ち組を優遇するものとなり、庶民層がほとんど支持していません。民主党がこのまま保守路線を継続するなら、うまくいかないのではないか、というのが私の見方です」


では、共産主義体制崩壊後、資本主義をとりいれた旧東側諸国はどうか。ピケティはこう語っている。

「経済の力を規制して正義を実現する意志がすっかりなくなってしまいました。ロシアでは所得税は全国民一律で13%です。あのトランプでも、そこまではできません。ロシアでは相続税もゼロです。だから、いまは遺産をそっくりそのまま残したいなら、ロシアに行って死ぬのがいいんです」



『21世紀の資本』
3月20日(金)より新宿シネマカリテ他全国順次公開
公式HP: https://21shihonn.com/
監督:ジャスティン・ペンバートン 監修:トマ・ピケティ  音楽:ジャン=ブノワ・ダンケル  
原作:トマ・ピケティ「21世紀の資本」(みすず書房)
出演:トマ・ピケティ ジョセフ・E・スティグリッツ 他 
提供:竹書房 配給:アンプラグド 日本語字幕:山形浩生
2019年/フランス=ニュージーランド/英語・フランス語/ 103分/カラー/シネスコ/5.1ch
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