先週土曜日(3月14日)、日本企業の重大なガバナンス問題である「関西電力役職員らの金品受領問題」の第三者委員会(但木敬一委員長)の調査報告書が公表された。
この問題について、発覚当初から、【関電幹部、原発地元有力者から金員受領の“衝撃”~「死文化」した“会社役員収賄罪”も問題に】などで関電経営陣の対応を厳しく批判し、【関電経営トップ「居座り」と「関西検察OB」との深い関係】【「関西電力第三者委員会」をどう見るか】では、そのような対応の背景にある問題にも言及してきた。
ネットで生中継された第三者委員会による記者会見は、但木委員長は、慎重に言葉を選びながら、すべての記者の質問に丁寧に答え、会見は4時間半に及んだ。
第三者委員会委員長を務めた但木敬一氏
但木氏は、私が、2006年3月に東京高検検事(法科大学院派遣)で退官した時の東京高検検事長であり、その後、同年6月から2008年まで検事総長を務めた大先輩だ。10年近く前、村木厚子氏の冤罪事件と証拠改ざん問題での信頼失墜を受けて法務省が設置した「検察の在り方検討会議」では、検察OBの委員が但木氏と私の二人で、事務局が、今、検事長定年延長問題の渦中にあり私と検事任官同期の黒川弘務氏だった。
但木氏には、いつの間にか相手の警戒心を解き味方に取り込む独特の包容力がある。その但木氏と、法務官僚には稀な社交術と調整能力を備えた黒川氏とのコンビで、検討会議の議論は、限定的な取調べ可視化の導入などにとどまり、私が唱えていた検察の抜本的な改革は回避された。今回も、丁寧な対応で記者会見を乗り切り、一応の決着にこぎつけたのは、まさに、但木氏の本領発揮と言えよう。
公表された調査報告書では、高浜町の元助役の森山栄治氏が関係する企業に対して、関西電力の役員や社員が、工事を発注する前に工事の内容や発注予定額を伝えたうえで、約束に沿って競争によらない特定発注を行うなど特別な配慮をして便宜を図っていたこと、森山氏が金品を提供したのは、その見返りとして、要求したとおりに自分の関係する企業に関西電力から工事を発注させて経済的利益を得るという構造・仕組みを維持することが主たる目的だったことが明らかにされた。4カ月にわたる調査で概ね期待どおり事実解明が行われたと言える。
第三者委の調査結果は、当初の想定を超えていた?
最大の問題は、刑事告発の可否、犯罪の成否の点であった。これらの点について質問され、但木氏は、微妙な言い回しで「犯罪ととらえることの困難性」を説明し、告発に至らなかったこともやむを得ないという雰囲気を醸し出していた。
但木氏にとっては、今回の第三者委員会の調査結果を、昨年10月に第三者委員会委員長を受任した時点では想定していなかったのではなかろうか。
元大阪地検検事正の小林敬氏を委員長とする社内調査委員会報告書(2018年9月)では、関電の森山関連企業の工事発注手続には問題はなく、関電役職員は、恫喝や威迫を繰り返す森山氏から受領する意思なく受領した金品を、同氏に返還することが困難であったという被害者的な位置づけとされ、「不適切だが違法ではない」と評価されていた。しかも、但木氏の数代前の検事総長の土肥孝治氏が16年間にわたって社外監査役を務めていた関西電力の問題なのである。基本的には、社内調査報告書と同様な性格の事案として無難な調査結果が取りまとめられるとの見通しで第三者委員会委員長を受任したのではなかろうか。
しかし、日弁連第三者委員会ガイドラインに準拠した委員会である以上、十分な調査を行うのは当然である。昔であれば、調査の範囲や対象者を限定することで、調査結果をある程度無難な方向にまとめることもできたであろうが、最近では、デジタルフォレンジックによって膨大な社内メールから関連するメールを探索する方法を活用するのが一般的だ。その結果、森山氏の要請に応じて工事発注が不正な手続で行われてきたこと、金品の提供が工事発注の見返りとして行われていたことを示す事実が多数把握された。
昨年12月に第三者委員会が中間報告の記者会見を開いた時点では、マスコミは、「関電役員らの金品の受領が工事発注の『見返り』だったとすれば収賄や背任といった違法行為にあてはまる可能性もあり、市民団体による刑事告発もなされている。第三者委がどう認定するかが最終報告に向けた最大の焦点だ」(朝日)などとしており、刑事事件に発展するかどうかが最大の注目点だった。刑事事件としての見通しは、調査報告書には記載されなかったが、記者会見では、その点も質問を受けることになる。第三者委員会の中では唯一の刑事事件の専門の立場で委員長の但木氏が質問に答えることになった。
犯罪成否に関する2つのポイントに関する但木氏の説明
具体的には、(1)金品受領についての会社法の収賄罪の成否、(2)森山関連企業への発注についての会社法の特別背任罪・刑法の背任罪の成否の2点だ。
(1)の収賄罪については、森山氏側から関電側に「不正の請託」があったかどうかが問題となるが、この点について、但木氏は、
森山さんは長期間に亘って趣旨なくお金を渡しておいて、それである時「あの工 事くれ」とか「発注を増やしてくれ」とか言うわけです。だからやった時の趣旨は実は全く不明なのです。そういう事件をやれるかというと、今捜査しているのだから、できるとかできないとか言うべきでないですが、主観面を立証するのはすごく難しいように私は思います。
と述べた。
(2)の背任罪については、関電側として森山氏関連企業への発注が会社に損失を生じさせたと言えるか否か、「自己又は第三者の利益を図り」という要件(図利加害目的)を充たしているかどうかが問題になる。この点について、但木氏は、
図利加害の目的が立証できるかという問題なのですが、第三者の利益を図ると いう部分があるのですから、特定の企業に利益を帰属させるために特定の発注をしました、利益を向こうに渡しました、ということにならないかという問題なのです。その類型でいくつか問題があります。ひとつは、実はわりあい簡単な事例で言えば、例えば、100万円の工事を300万円と発注します。そうすると200万円の利益の供与です。これは楽なんです。ただ、本件では価格操作ではなく、受注できればそれで利潤がある程度保証されているものですから、そんなに価格をごまかしたりする必要がもともとないのです。だから損害の発生というのがないという、不思議な事件になってしまうものがかなり見られるのと、ぎりぎり言いますと、何が問題かと言うと、発注をしないと会社が原発を止められてしまう、という変な関係に立っていて、利益を供与するのではなく、むしろ会社の原発を止めさせないためにそうした、という意図は図利と言えるのかという問題があって
などと述べた。
このような但木氏の、老獪とも言える、巧みな説明に、マスコミは一応納得したようで、翌日の紙面では、「確実な証拠がないなどとして、刑事告発は『難しい』と言及」(産経)、「関電幹部らの刑事責任を追及するのは困難との見解も示した。」(日経)など、但木氏の説明を「刑事責任追及は困難」と受け止め、そのまま報じていた。
しかし、これらの但木氏の説明は、刑事事件としての立件が困難だとする理由の説明にはなっていない。
会社法の収賄罪の成否
(1)の会社法の収賄罪は、会社役員が「職務に関し、不正の請託を受けて、財産上の利益を収受し、又はその要求若しくは約束をしたとき」に成立する。
但木氏は、金品の授受の段階で、「特定の工事」についての便宜供与を依頼する趣旨でないと「請託」と認められないかのように言うが、少なくともこれまでの検察の実務・刑事事件の裁判例の解釈は、そうではない。これまでの実務では、贈収賄における「請託」は、かなり抽象的なものでも十分に認められてきた。
特捜部等が摘発した贈収賄事件の中には、例えば、ゼネコン汚職事件での仙台市長の受託収賄事件のように、「仙台市発注の公共工事におけるゼネコン各社の受注に便宜を図る」という程度の抽象的なもので「請託」が認められた例もある。今回の事件でも、金品の供与と具体的な工事との関連性が明確でなくても、金品の提供が「森山氏に関連する企業(以下、「森山関連企業」)に関電工事発注で便宜を図ることの依頼」によるものであることの認識があれば、「請託」を認めることは十分に可能であろう。
報告書によれば、森山関連企業への工事発注の依頼というのは、合理的な理由もないのに、特定の企業に対する特命契約などの不正な方法で発注してほしいというものなのであるから、「請託」さえ認められれば、それが「不正」であることを否定する余地はない。
少なくとも、森山氏に、関電が森山関連企業への工事発注で便宜を図ってもらっている(正確には、「便宜を図らせている」)という認識があったことは明らかであり、関電幹部の側、特に、原子力事業本部幹部の側は、金品供与が、工事発注に関する便宜供与の対価であることの認識は十分にあったはずである。その中で、5年の公訴時効が完成していないものが刑事事件としての捜査の対象となるのは当然だ。
「特別背任罪」の成否
(2)の会社法の特別背任罪は、会社の役員が「自己若しくは第三者の利益を図り又は組織に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該組織に財産上の損害を加えたとき」に成立する。但木氏は、「損失を加えた」と「自己又は第三者の利益を図る目的」の要件に関して問題があり、刑事事件化が困難であるかのような言い方をしている。
前者については、調査報告書によれば、確かに、関電から森山関連企業への発注は、発注金額は価格査定基準に基づいて算定されており、実体のない水増しなどによって金額を恣意的に増額した事実はない。
しかし、本来、競争入札によって発注すべきところを、理由もなく特命契約で発注している以上、それ自体が価格の上昇を招くものであることは明らかだ。特に警備業務などの人件費主体の業務の場合、公共調達の場合でも、競争によって予定価格を大幅に下回る価格となることが多い。特命契約で森山関連企業に発注したのであれば、競争が行われた場合の価格を推計し、それと比較することで関西電力に損害が生じていることは立証可能だと考えられる。しかも、少なくとも原子力事業本部の幹部は、関電側に多額の金品が恒常的に還流していることを認識していたはずであり、関電からの発注によって森山氏の関連企業に相当な超過利潤が発生しており、その分公正な手続で競争をさせた場合より関電にとって不利な価格であったことは十分に認識できたはずなので、そのような発注によって「損害を加える」ことの立証も可能だ。
また、但木氏が言う「発注をしないと会社が原発を止められてしまうという変な関係」というのも、調査報告書では
合理的に考えれば、森山氏が長く高浜町助役を務め、地方自治体を含む地元に対し多少の影響力を持っていたとしても、立地地域として原子力発電所の稼働を前提とした経済活動が行われている高浜町において、高浜町を退職した一民間人に過ぎない森山氏が、原子力発電所の運営を妨害し、ましてや、その稼働をストップさせるほどの影響力を有しているはずはないところである。また、森山氏は、原子力発電所の立地及び運営に協力してきた者であり、上記のとおり、高浜町の退職後は原子力発電所の運営に関わる関西電力の取引先において一定の地位を有しており、原子力発電所が稼働することは森山氏の利益にもかなうことであったから、冷静に見ると、森山氏が関西電力にとって知られてはならない情報を有していたとしても、現実に原子力発電所の運営の妨害行動に出るかは甚だ疑問である。
としているのであり(75頁)、客観的に見ても、森山氏との関係を維持することによって実際に原発を止められる現実的な可能性がなかったことは第三者委員会が認定しているところである。
調査報告書が、
森山氏と関西電力の関係は、時間が経てば経つほど、いま明るみに出せば今まで隠してきたことの説明がつかない、金品を受領してきた年月及び発注要求に応じてきた年月が長くなるにつれ、いわば共犯関係とみられかねない期間や関係者が増大することとなり、また、今更組織として対応したり世間に公表しても手遅れであるという考えを呼び、なおのこと森山氏との関係は包み隠されることとなり
と述べているように(162頁)、関電幹部にとっては「多数の役職員が森山氏から多額の金品を受領していたことの隠蔽」が目的だったのであり、それは、「会社の利益を図る目的」というより、「関電役職員らの個人的利益」を図っていたものにほかならない。
以上のとおり、犯罪の成否、刑事事件化の見通しに関する但木氏のコメントは、いずれも疑問があり、本件については、会社法の収賄罪、特別背任罪の事件として、立件できる可能性はかなり高いと考えられる。
森山関連企業の工事や業務の「品質」の問題
第三者委の調査の対象とはされていないようだが、本件に関しては、工事や業務の「品質」の問題という、原発に関連する発注に関しては無視できない極めて重大な問題がある。
本来、公共的な工事・業務の発注に関しては、発注者側が適切な品質チェックを行うことが必要だ。受注業者側は、受注価格が合理的なもので、特に超過利潤を生じさせるようなものだとすると、工事等の「手抜き」によってコストを削減して利潤を増加させようとする動機がある。それによって工事・業務の品質が低下しないようにすることが発注者側の責務である。
問題は、不正な金品を提供されても拒絶できない、恫喝されるため返却すらできないという、関電幹部と森山氏との関係の下で、そのような工事・業務の品質チェックが十分に機能していたのかどうかである。
但木氏は、「100万円の工事を300万円」というように発注価格が水増しされていないことを、関電に損失が生じていないことの理由としており、調査報告書も、「発注金額の合理性について」との項目で、「本件取引先に対する発注金額を水増ししていたなどの事実は認められず、本件取引先に対する発注金額が不合理であると認めるまでには至らなかった」としている(145頁)。
一方で、森山関連企業に、多額の金品が還流してくるほどの超過利潤が生じているのであるから、工事や業務に品質上の問題がないとは言い切れない。しかし、仮に、関電側が森山関連企業の工事・業務の品質を厳しくチェックして問題を指摘したりすれば、森山氏の逆鱗に触れる可能性がある。この点に関しても「触らぬ神に祟りなし」という態度がとられていた可能性はないのか。それによって、原発関連工事や業務に、品質上の問題が生じていた可能性はないのか。この点は、原発の安全・安心に関わる極めて重大な問題である。
多額の現金提供の理由・使途の解明
もう一つ、見過ごすことができないのは、森山氏から供与された多額の現金がどのように保管されていたのか、原発に関連する何らかの目的で使われていた可能性はないのか、という点である。
現金の供与額が突出して多いのが、原子力事業本部の豊松秀巳氏と副事業本部長の鈴木聡氏、事業本部長代理の森中郁夫氏だ。豊松氏と鈴木氏には一回で1000万円という多額の現金供与もあり、大塚茂樹氏を含む4名には、米ドルの現金も供与されている。このような現金供与は、他の関電幹部への供与が、小判・金貨・仕立券付きスーツなど、儀礼の範囲を超えているとは言え、1000万円と比較すれば低額の金品が幅広く供与されているのとは、性格が異なるように思える。
特に、但木氏も会見で森山氏と非常に親しい関係にあったと認めている豊松氏については、同氏の意向に反して森山氏が一方的に現金を供与していたとは考えられない。原子力事業本部で、例えば、国・原発立地自治体などの政治家・官僚・有力者などに供与するための現金が必要だったというような事情があって、それが森山氏との間で共有されていたからこそ、多額の現金が供与されていたということはないのか。
豊松氏らが供与を受けていた金品は、同氏が、森山氏に複数回接触し、受領額と同額の返却が行われたが、果たして、この現金は、受領していた現金をそのまま保管していたものなのであろうか。何か別の用途に使っていたとすれば、森山氏への返却に充てた資金は、個人で調達せざるを得なかったことになる。受領した現金の用途が原発の事業に関連するものだったとすると、その後、森山氏から受領していた金品について個人の所得として追徴課税までされた豊松氏らは、会社のために相当な財産上の負担をしたことになる。そのような事情が、豊松氏が2019年6月21日に取締役を退任した後に、エグゼクティブ・フェローを委嘱され、追徴課税分の上乗せも含め月額490万円もの報酬が支払われていたことの背景にあった可能性も否定できない。
いずれにしても、多数回にわたって金品を受領し、その総額が1人1億円以上に上っていた豊松氏らについては、受領した多額の現金を本当にそのまま保管していたのか、一部が費消されていたか、或いは、何らかの目的で使われていたのではないかなどを解明することが不可欠であり、それは、刑事事件としての捜査でしか行い得ない。
「戦後最大の経済犯罪」の解明を
今回の関電の問題は、原発事業に関連して不正な手続によって行われた発注の金額においても、その見返りに関電幹部に還流していた不正な金品の金額においても、また、それによって失われた電力会社への信頼失墜の程度においても、そして、それが社会に与えた影響においても、「戦後最大の経済犯罪」というべきである。
ちょうど、関電第三者委員会の記者会見が行われたのは、昨年末のレバノン出国直前まで行っていたゴーン氏のインタビューを含む著書【「深層」カルロス・ゴーンとの対話 起訴されたら99%超が有罪となる国で】(4月15日公刊予定:小学館)の最終段階に入り、その執筆に忙殺されているさ中であった。特捜検察は、膨大なコストを費やして、日産自動車とカルロス・ゴーン氏をめぐる問題の捜査を行ったが、安倍首相が財界人との会食で思わず漏らしたように、この問題は、本来、社内調査とガバナンスにより、「日産自動車の社内で解決すべき問題」であった。それとは真逆に、今回の関電の問題は、原発事業をめぐる「闇」そのものに関連する問題であり、社内調査はもちろん第三者委員会の調査でも、その真相に迫ることはできない。まさに、捜査による事実解明が不可欠な事案である。
検察が、今後も、捜査機関としての存在意義を維持しようとするのであれば、関電の事件に対して本格的な捜査を行い、原発事業をめぐる「闇」の真相を解明することが、絶対に不可欠である。
深い「闇」をかかえながら原発事業を行ってきた関電には、刑事事件としての実体解明を前提とする「解体的出直し」が必要なのであり、刑事事件化を想定しない第三者委員会が示す「コンプライアンス憲章を設けること」「経営陣に社外の人材を登用すること」などの再発防止策では全く不十分である。
調査報告書公表と同時に、岩根社長は辞任し、新社長に森本孝副社長が就任したとのことだが、森山氏からの金品受領の総額を社内調査報告書で把握しながら、その隠蔽に加担した社内取締役のメンバーの一人が社長に就任するということ自体があり得ない。また、お飾り的に、財界の有力者を会長に迎えればガバナンスが改善するというものでも全くない。