新型コロナウイルスCOVID-19)のPCR検査を「軽症でも早期から希望者全員が受けられるように拡充すべき」か、それとも「重症化の恐れがあるなど必要と考えられる人に限って行うべき」かで、議論が分かれています。

 とくに、前者の「希望者全員が受けられるようにすべき」という意見は、テレビのワイドショーなどで「感染症に詳しい」という一部の医師らの主張に乗って、繰り返し展開されてきました。「重症化させないためには早期発見・早期治療が必要」「新型コロナが心配で受診した人の不安を払拭することが大切」というのが主な理由です。

医師の間でも真っ二つに分かれる意見

 1日5000件以上も検査をしている韓国に比べ検査数が増えないのは、「政府が感染者を少なく見せかけるために抑えているからだ」「感染研(国立感染症研究所)がデータを掌握しようとPCR検査の拡充を妨害している」という“陰謀論”まで飛び出しました。それに野党や野党支持者が乗っかり、安倍政権批判にも利用しているように見受けられました。

 一方、こうしたテレビでの報道に対し、SNS等では別の医師らから懸念や批判が噴出しました。「PCR検査は正確ではなく、陰性と出ても感染していることがある。『陰性だから安心』と誤解されると、その人が感染を広げてしまう危険性がある」「軽症者が病院に殺到したら人手や病室が奪われ、重病者の治療に集中できなくなる」などが主な理由です。

 このように、PCR検査をめぐって、意見が真っ二つに割れています。いったい、私たちはどちらを信じたらいいでしょう。

第一に信じるべきは「感染症専門医」

 私は20年以上にわたって医療現場を取材し続け、全国の何千人という医師に会ってきました。その経験から断言すると、今は、第一に「感染症専門医」の話を信じるべきだと思います。

 テレビでよく肩書に添えられる「感染症に詳しい」医師と、「感染症専門医」はまったく違います。「感染症に詳しい」という肩書は、「自称」に過ぎません。一方、感染症専門医は日本感染症学会が認定する「資格」です。

 具体的には、感染症学の研修を6年以上(うち3年間は日本感染症学会が指定した研修施設で定められたカリキュラムに基づく研修)を受けたうえで、感染症の臨床に関する論文発表や学会報告を行い、さらに学会の試験に合格することで、感染症専門医に認定されるとあります(日本感染症学会「専門医制度規則・細則」)。

 つまり、感染症専門医は6年以上にわたって、感染症の診断や治療に特化したトレーニングを受け、試験に合格した感染症のプロフェッショナルなのです。

 確かに、インフルエンザや嘔吐下痢症(ノロウイルスやロタウイルスによるウイルス性胃腸炎)など感染症は日常的な病気ですから、どんな医師も感染症に詳しくなければいけません。だとしても、血液内科医や産婦人科医など他科のプロフェッショナルが、感染症専門医以上に感染症の診断や治療に詳しく、感染症の臨床経験が豊富とは言えないのではないでしょうか(日本感染症学会「感染症専門医の医師像・適正数について」)。

彼らはPCR検査についてどう考えているのか?

 その感染症専門医がPCRについて、どう発信しているでしょうか。私が見聞する限り、「軽症でも早期から希望者全員が受けられるように拡充すべき」と主張している感染症専門医は一人もいません。実際に新型コロナウイルス患者の治療に当たっている感染症専門医も含めほとんどが、「重症化の恐れがあるなど必要と考えられる人に限って行うべき」と発信していると思います。

 たとえば、PCR検査について感染症専門医が発信している記事には、次のようなものがあります。

感染症内科医が伝えたい新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の検査について」(MEDLEY 2020年2月28日)筆者・県立静岡がんセンター感染症内科、伊東直哉医師

追い詰められる医療現場 新型コロナ治療最前線医師に聞く、医療崩壊を防ぐポイント」(論座 2020年2月29日)回答者・国立国際医療研究センター国際感染症センター長、大曲貴夫医師)

新型コロナのPCR検査、誰でも受けられるようになるの? 検査の疑問に感染症医が答えます」(琉球新報2020年3月6日)回答者・沖縄県立中部病院感染症内科・地域ケア科、高山義浩医師 

今日から新型コロナPCR検査が保険適用に PCRの限界を知っておこう」(Yahoo! Japanニュース 2020年3月6日)筆者・国立国際医療研究センター国際感染症センター、忽那賢志医師 

クルーズ船に乗り込んだ岩田氏も感染症専門医

 YouTubeによるセンセーショナルな告発で一般の人にも有名になった感染症専門医(神戸大学教授)の岩田健太郎医師も、次のように述べています(エキセントリックな言動をした岩田先生のおかげで、「感染症専門医は信頼できない」と思ってしまった人も多いと思いますが……)。

PCR検査は新型コロナ感染の『陰性証明』になるのか」(時事メディカル2020年3月6日

 これらにじっくり目を通していただければわかる通り、感染症専門医は押しなべて「やみくもに検査を拡充すべきでない」という意見です。また、感染症専門医だけでなく、EBM(科学的根拠に基づく医療)に精通している臨床医の多くも、SNSなどで安易な検査拡大を諫める見解を発信しています。

 3月7日、広島では37.0度の発熱で医療機関を受診し、薬をもらったのに回復せず、ようやく8回目の受診で検査してもらえて、陽性だと判明したというニュースがありました。こうしたケースを聞くと、なかなか検査を受けさせてもらえないことに、多くの人が不安になったり怒りを覚えたりするのは当然だと思います(「新型コロナ、広島で初の感染確認 安佐南区の30代男性、4医療機関計8回受診中国新聞デジタル 2020年3月7日)。

 ですが、必要と考えられる人に検査ができていなかったという問題と、軽症でも全員に検査をすべきかどうかというのは、別の問題です。

病院が大きな感染源になってしまう可能性も

 こうしたニュースを利用して、社会の不安を煽ることによって、何が起こりうるか。感染症専門医が懸念する事態の一つに、人びとが医療機関に押し寄せると、PCR検査を待っている間に感染者が非感染者ウイルスをうつしてしまい、病院が大きな感染源になってしまうことがあると思います。

 実際、韓国では2015年に同じコロナウイルスの一種によって起こるMERS中東呼吸器症候群)の感染拡大が起こったのですが、その原因となったのが混雑した救急外来や病室での感染者と患者、医療従事者との密接な接触だったと指摘されています(国立感染症研究所「2015年韓国におけるMERSの流行」IASR Vol. 36 p. 235-236: 2015年12月号)。

 また、今回の新型コロナウイルスも、中国・武漢だけ致死率が突出して高いのは、パニックに陥った患者が病院に押し寄せ、そこで感染を拡大してしまったことと、それによって重病者を集中的に診ることができなくなったためではないかという指摘が出始めています(東京脳神経センター整形外科・脊椎外科部長、川口浩「根拠ない批判が生みだす『医療崩壊』とウイルス拡大」論座 2020年3月7日)。

現段階では「デメリットのほうが大きい」と判断している

 保険制度が充実している日本では気軽に医療機関にかかれるせいか、病気が心配なときは「なにはともあれ検査を受けるべき」という意識を持っている人が少なくありません。しかし、新型コロナウイルスPCR検査に限らず、検査には異常を早く発見できるというメリットだけでなく、「偽陽性(実際には異常がないのに異常ありとされる)」や「偽陰性(異常があるのに見逃してしまう)」などのデメリットが必ずと言っていいほど伴います。

 そのメリットデメリットを上回る場合にのみ、その検査は有用と言えるのですが、実は有用であることが科学的に明確に証明されている検査は多くありません。今回の新コロナウイルスに対するPCR検査についても当然のことながら、希望者全員が受ければ重症化率や致死率が下がるという明確なエビデンスはまったくありません。

 そうした中で、感染症専門医やEBMに詳しい医師は、これまでの感染症の臨床経験や検査の有用性に関する科学的知見に基づいて、「デメリットのほうが大きい」と判断しているのです。そこに、政治的な思惑が入り込む余地はありません。

「検査=善」と考えるのは、「思い込み(ドグマ)」に過ぎないのです。その思い込みを人びとに植え付けてしまったのは、不必要な検査を無自覚に行ってきた医師たちであり、そのツケが回っているとも言えるのですが──少なくともエビデンスに基づく医療(EBM)が言われている現代で、科学者でもあるべき医師は、思い込みや裏付けのない信念に基づいて、やみくもに発言をするべきではないと思います。

医療報道は一つ間違えると、多くの人の命を奪いかねない

 そして、テレビをはじめとするマスメディアも、思い込みで「検査体制を拡充すべき」などと主張をするのは絶対にやめるべきです。医療報道は一つ間違えると、人の命に関わります。もし何かを主張するとしても、「感染症に詳しい医師」に語らせる前に、実際に臨床現場で新型コロナウイルスと闘っている本物の感染症専門医の意見(セカンドピニオン)を聞くべきです。

 ほんらいは本物の感染症専門医にテレビに出てもらうべきだと思うのですが、彼らは重症患者の診療や地域での感染対策で忙しく、それどころではないはずです。しかし、最前線で未知のウイルスの脅威から人びとを守ろうと奮闘している医療従事者がどんな意見を持ち、それをサポートするために何が必要なのかを吸い上げ、広く社会に伝えることこそが、今、マスメディアに求められていることなのではないでしょうか。

 もちろんそれは、政府も同じです。臨床現場で奮闘する感染症専門医を始めとする医療従事者の意見も聞かずに、場当たり的な政策を打ち出したのだとしたら大問題です。そうしたことに対して、マスメディアや野党は大いに怒り、批判すべきだと私も思います。

 しかし、マスメディアが臨床現場で奮闘する医療従事者の足を引っ張り、感染拡大や医療崩壊を助長することになったら、その罪の大きさは計り知れません。繰り返し言いますが、医療報道は一つ間違えると、多くの人の命を奪うことにもなりかねないのです。とくにセンセーショナルな主張を繰り返したワイドショーの関係者は、新型コロナウイルスに関する報道のあり方を猛省し、見直すべきだと私は考えます。

(鳥集 徹)

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