捌拾漆.猫はもともと夜行性です
雪「えっ? ええっ!?」
雪は一瞬何を言われたかわからない顔で俺を見たが、みるみる顔が真っ赤に染まっていった。
俺「あ、いや、そうじゃなくて、練習とかそういうつもりじゃなくて、ああ、練習じゃないって言っても本気とかそういうことでもなくて、ただ一緒に寝ようっていうだけで深い意味はないんだからねっ」
俺が必死で弁解すると、雪はちょっとだけ残念な顔をして、でも少し安心した顔で頷いた。
俺「よかった。雪の震えが収まったみたい」
雪「え?」
さっきまでどうやっても消えなかった雪の身体の震えは、今のやり取りですっかり消えてしまったようだ。
俺「雪は私が守るからね。安心してていいんだよ」
雪「ありがとうございます」
俺「…、でも天照も根は悪いやつじゃないんだよ」
雪「竹姫さまがそういうのなら」
俺「ちょっと常識外れで何を考えてるかわかんないやつではあるけど」
雪が落ち着くのを待ってから、俺と雪と、ついでに墨は同じ畳の上に横になって寝ることにした。
いつものように俺は墨を抱き枕にしたのだけれど、雪にも墨を半分貸してあげた。間に墨を置いて両側から俺と雪が墨に抱きつく格好になたので、墨は若干寝苦しそうだった。まあ、墨は昼間から日向ぼっこして寝ているので、夜多少寝苦しくても問題ないはず。
◇
翌日は雨だった。この時期に梅雨のように雨が1日中降り続くというのは珍しい。まあ、でも天気というのは違う種類の珍しいことがいつも起こっているというのが普通なのだから、この雨も取り立てて言うほどのこともない普通の種類の珍しいことだった。
しかし、雨も4日も降り続くとさすがに普通ではない気がしてくる。
(天照、怒ってるのかな…)
天照が太陽神であるだけに、時期はずれの長雨が続いて太陽が顔を見せないと、それをつい天照と結びつけてしまう。
普段から当たると致命傷に近い攻撃魔法を放っている相手なだけに、平手打ちくらいのことで怒るというのも不思議なことだけれど、天照に攻撃が直接あたったのは実はあれが初めてだったのではないかと思う。意外に防御力が弱いのだろうか。
俺は相変わらず外を眺めながら和歌の練習をしていた。上手くはなくてもいろいろなテーマに応じて臨機応変に何かを詠めることは大切だ。和歌の会ではテーマが与えられて詠むことも多いし、いくらステータス補正がかかっているといっても、どんな駄作でも何か詠まなければ補正の掛かりようがないのだから。
裳着は数日後の満月の日に行われることになった。俺がこの世界に拉致されてきて、ちょうど3ヶ月だ。なんとも切りのいい数字だ。
裳着の後は3日間にわたって宴会が開かれることになった。3日間の宴会というのは大げさすぎるだろうという気もするが、爺、婆のたっての希望でもあり、反対はしなかった。なにやら来賓が多すぎるとかいう話をしていたので、1日だと捌き切れないのかもしれない。どんだけ来るんだという話ではあるが。
宴会は様々な演目から構成されていて、歌や舞もあれば和歌の詠み比べもあり、盛りだくさんだった。食事も贅を尽くしたものになるに違いなく、俺を除く家中の人が終始忙しそうにしていた。
ひさかたの ひかりとどかぬ あめのひに しずこころなく ひと、はしるらん
…有名な和歌をパロってみた。これももうちょっと上品にやると本歌取りとか言って胸を張れるんだけど、これじゃおもしろ川柳だよな。川柳じゃないけど。
小説内の季節は旧暦7月半ばです。新暦だとおおよそ8月だと思っていただければいいかと。