漆拾玖.ありとぞうはどっちがつぉいの?
俺「雪、お爺さまの許可がおりました。急いで引越しの準備をしてください」
次の日、俺は朝食が終わった後、雪にそう伝えた。
雪「本当でございますか?」
俺「はい」
貴族の話はまだ確定ではないと言っていたからやめておいた。もしも後から間違いでしたということになったら雪がかわいそうだ。
雪を送り出してから、俺は雪の部屋の位置を考える。雪は俺と違って母屋との行き来があるから、渡り廊下に近いところがいいだろう。そのあたりで一番庭が綺麗に見えるところは…
(ここがいいかな)
俺は部屋を決めると居住結界の護符を4隅に設置して、中で般若心経を唱えて結界を完成させた。居住結界は俺の声だけでなく雪の声でも操作できるようにして、さらに現代語だけでなく古語でも操作可能なようにしたので、雪も結界の操作が可能になる。
雪「竹姫さま。こちらでよろしいですか?」
雪だ。待ち人の声に振り返ると、意外にも雪は手ぶらだった。
俺「あれ? 雪、荷物は?」
雪「私はお断りしたのですが、持ってきて頂きました」
廊下を見ると、2人の女房が雪の後ろから雪の私物を持ってついてきていた。俺の世話を直接するのは雪だけなので俺はこの2人の顔を見てもピンと来なかったが、恐らくこれまで裏方で雪の仕事のサポートをしていたのだろう。
俺「雪のためにありがとう」
女房「とんでもございません。雪さまのお世話をするのも私たちの役目ですから」
雪「大丈夫。私のことは私でできるわ。だから、これまで通りにして」
女房「いえ。雪さまは私たちとは立場が変わってしまわれましたから、これまで通りというわけにはまいりません」
雪は少し困った顔で笑って、彼女たちの要求を受けることにした。2人に私物を部屋の中に運び込んでもらうと、雪は2人を母屋の方に返して一息ついた。
恐らくあの2人のことは爺か雪の実家が手を回したのだろう。理由は雪の実家の貴族昇進か、あるいは俺の離れに部屋を移すことか、その両方か。いずれにしても、雪のこの家での地位は目に見える形で上昇したようだ。
雪「なんだか、慣れません」
雪はさっきの困った笑顔を崩さないまま、俺に話しかけた。俺も雪の気持ちはわかる。自分でやろうとして雪に制止されて勝手にやられてしまうという経験はこれまでにも何度もある。そのたびに、自分でやるのにと思ったものだ。
俺「でも、淑女たるものそういうたしなみも身につけないとね」
雪「私は竹姫さまのように高貴なわけでも美しいわけでもありませんから」
俺「そんなことない。雪は綺麗だよ」
そう言って、その含意するところに気づいて俺は盛大に赤面してしまった。雪の方も顔を赤くして驚いた表情をしている。
(な、な、な、何を言っているんだ、俺は。もうちょっと他に言い方があるだろ…)
しかし、大切な言葉が控えているので今の発言はひとまず忘れて、俺は次の言葉を口にした。
俺「それに、雪にはいつも私の側にいてほしいんだ。私がどこに行っても、何をしてても、私は雪にサポートしてほしいと思ってる。だから、雪にはそれにふさわしい振る舞いを身に着けてほしいと思ってるんだ」