目的地である門が近づきその横に立つ魔導王の精巧な像をネイアの視力が捉える。
かつて見た時よりも更に立派になった像はネイア達の来訪を歓迎しているように感じた。
「おお、あれが噂に聞く魔導王陛下の像ですか」
「想像していたよりはるかに大きく見事なものですね」
共に馬に乗っている者達にも見えてきたらしく、口々に魔導王の像を褒め称え、中には拝礼するかのように深く頭を下げる者も居る。
今から彼らとあの像に関して魔導王が言った言葉の素晴らしさを語り合いたいが、残念ながらそれは出来なかった。
「では、皆さん隊列を整えて下さい」
「おう!!」
今回ネイア達は魔導国建国祭の来賓としてやって来た。
本来なら聖王であるカスポンドが来るべきなのだがヤルダバオト襲撃の爪痕とより広がった南部との軋轢によって状勢が不安定な為代理が立てられることになり、使節団の団長にポティポ侯爵、副団長兼護衛部隊の指揮官としてネイアが選ばれた。
護衛を務めるのはネイアが隊長を務める聖騎士と軍士達だがその全員が―――聖騎士含め―――ネイア達の団体の団員だ。
隊列を整えた使節団は聖王国の国旗を掲げながら進むが、しばらくして再びその脚を止めた。
理由は都市の門から伸びる凄まじい人の列だ。
門へと続く道はかなり広く作られているがそれを埋め尽くさんばかりの人、そして亜人がいる。
「バラハ様いかが致しましょう?」
困惑した聖騎士に答えようとした時、ネイアの鋭い目が空から接近する影を捉える。
更には人混みを掻き分けてこちらに来るものも。
「北部聖王国使節団の方々とお見受け致しますが、代表はどなたでしょうか?」
降りて来たのは鷲頭の半獣だ。
若干違和感のある問答に、目元を隠す仮面を外したネイアは答える。
「副団長ネイア・バラハです。貴殿は?」
「我々は固有の名前を持ちませんので種族名で失礼致します。ホルスの猟兵と申します」
「では、猟兵殿。お手数ですが都市に案内していただけますか?」
「畏まりました。それでは我々の後について来て下さい」
猟兵が目配せするとようやく到着した黒い犬のような半獣が使節団の前で人混みを誘導し道を作ってくれる。
門に着くとかつてと同様に講習を受ける事になった。ネイアは一度魔導国に来た事があるので本来受ける必要は無いが他の者達と共に講習を受ける。ちなみに大事をとって武器は全て預けさせた。
そして、案の定デス・ナイトの登場にほぼ全員が身構える。ここに来るまでに散々話を聞き、注意を受けても叩きつけてくる恐怖には抗えない。
取り敢えず安全であると確認出来た護衛部隊の面々が目配せし合う。
ネイアはその光景に見覚えがあった。カナリアを選んでいるのだ。
しばらくして、軍士の青年が覚悟を決めた表情になり―――青年より先にネイアがデス・ナイトの前を通った。
しかも、通る際にデス・ナイトに対して軽く会釈する余裕すらある。
(あの時、理性では分かっていても、感情では納得出来なかったからね。それに……)
ネイアはかつての、偉大な王に仕えていた頃の事を思い出す。
(上に立つ者が先頭を進む姿は見る者の心を熱くするものね)
亜人による講習が終わり外に出ると鷲頭の半獣が待っていた。
「ネイア・バラハ様。我らの主人であり、魔導王陛下よりこの都市の管理の一役を任されておりますマルクス様からお会いしたい、との事です。ご都合を窺ってもよろしいでしょうか?」
――――――――――
ジルクニフがロウネと到着後の予定について話していると珍しくバジウッドが口を開いた。
「陛下、鷲馬ライダー達から〈伝言〉が来ました。エ・ランテルの城壁が見えてきたそうです」
「そうか。では、そろそろだな」
そこでバジウッドが思い出したように言う。
「そういや今回の来賓はどんな奴らが来るんですかね」
「私たち以外には確か法国、聖王国の代表とそれぞれの亜人種族の王に当たる者達だな」
「王国からは?」
詳しくは知らないジルクニフの代わりにロウネが答える。
「自国の現状を鑑み、今回は出席せず、書状を送るだけにしたようです」
「まぁ、あの状態では他国の式典に参加している場合ではないだろうからな」
ジルクニフは伝え聞いた王国の現状に思いを馳せる。最初は王国を取り込まんとする魔導国の陰謀によるものかと邪推もしたが、調べてみれば原因の一端は自分に有ると分かった。
帝国の侵攻によって国力を削られたこと、王国全体での堕落に政界の混乱。これら様々な原因が合わさり、今の王国の状態を招いたと言える。
「にしても、法国からも来てるってのは意外ですな」
「表向きは国交のある国同士、友好的に見せたいのかもな」
「……踏み絵、の可能性も有るかと」
ジルクニフの顔に侮蔑の感情が浮ぶ。
「ふん。今更魔導国サイドか知りたいというならはっきり教えてやれば良い。我々は魔導国に恭順する、とな」
二人もジルクニフ開き直った発言に同意を示す。
「聞くところによると近年、法国から魔導国に移り住む者も出てきているとのことですからね。法国の上層部も焦っているのでしょう」
「利益や機会の点で見ればどちらが良いかは明確だからな、仕方ないだろう」
そこでジルクニフはふと、思い出した。
「移民と言えばレイナースはどうしているのだろうな」
「あー、あれから一切連絡は無いですからね。案外いい男でも見つけてるんじゃないですか?」
「……あんまり想像できないが、あり得るかもな」
――――――――――
魔導国への街道を聖騎士の一団に守られた馬車が進む。
馬車と並走していたグスターボは先頭を進む聖騎士に目を向ける。
レメディオス・カストディオ。かつての自分の上司だった人物を。
あれから二年以上経つが未だレメディオスに立ち直る兆しは無い。
愛する者もプライドも何もかも失ったのだから無理もないが。かつてのレメディオスを知るからこそグスターボは悲痛な思いを抱いてしまう。
ため息を押し殺し、部下の一人を思い出す。おそらく自分以上の人望を集め、聖王直々に北部使節団―――そう揶揄されている―――の副団長の役目を与えられた者に。
(我々も聖騎士バラハ同様、かつて魔導国に来た事が有るからこその人選なのだろうが、団長を同行させたのは何故だ? やはり、今の聖王国の実状を悟らせない為か。……だが、それにしても南部貴族の護衛とは)
今回聖王国からは二つの使節団が出されている。
もっとも、表向きは北部と南部の合同という事になっているのだが、距離がどうの日程がどうのなどと理由をつけて別々に行動している。
(やはり、聖騎士バラハに極力会わせないため、というのもあるのだろうな。彼女の話を伝え聞いた時の団長の怒り様は凄まじかったからな)
もし、魔導国でネイアと会ったら同じ事が起こるのか、と考え僅かな胃の痛みを感じる。
(流石に団長も他国であの様な事はしないと思いたいが、今は余裕が無いからな。それに南部貴族からの風当たりも……いや、それは団長に限った事じゃないか)
自分の横を進む馬車に意識を向けた。
首都奪還の翌年、新たな聖王であるカスポンド・ベサーレスから終息宣言が出された。
その直後からだ。かつてカスポンドが危惧した通り南部貴族による北部への介入が始まった。
カスポンドや北部への協力を約束したポティポ候が南部の直接的な介入自体はなんとか押し留めているようだが、徐々に南部からの圧力や非難、それに対する北部の民の不満はどんどん大きくなっている。
(このままでは本当に国が割れる。そうはなって欲しくないが、もしそうなった、我々はどうするべきなのか)
そんなグスターボの胸中とは不釣り合いな程、街道を流れる春の風は軽やかだった。