オバロ外伝 魔導国の冒険者達   作:天塚夜那

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建国祭前夜

 いつもは広く感じる食堂も今日はやけに手狭に感じる。

 それも当然だろう。なにせ今食堂内には現役冒険者、見習い、教官などなど、冒険者組合に所属する全員が集まっているのだから。

 普段は混雑しないよう食事の時間をずらしていたので更に窮屈に感じる。

 その人混み―――人以外の存在も居るが―――の中、ウィルはどうにかトクルを見つけ出し、一緒に手近の席に座る。

 周りもそれぞれ自由に席に着いた。

 これから何が始まるかは知っているが友人同士で固まると談笑に花が咲くのは必然だろう。

 それはウィル達も例外では無い。

 しばらく、トクルと訓練について話していると部屋全体に大きなハンドベルの音が響いた。

 音のした方向、部屋の奥にある食事を受け取るカウンターの方に目を向けると組合長であるプルトン・アインザックが壇上―――ただの木箱だが―――に立っている。

 それを目にした者は話すのを止め、その近くに座る者も気付いて話しを止める。

 そうして、室内の全員が無言で前方に注目した。

 

「諸君、今日はよく集まってくれた」

 

 食堂内に拡大されたアインザックの声が響く。

 

「諸君も知っての通り明日から魔導国建国祭が始まる。それに合わせて建国祭の期間中、つまり明日からの三日間、この訓練所を閉めることになった」

 

 アインザックの発言に対して声は上がらない。

 ここには身寄りの無い者も居る為、訓練所を閉められると困る者も当然居る。

 そういった者達が反対の声を上げないのは、建国祭中も寮や訓練所そのものは開放されている事をあらかじめ知らされていたからだ。

 より正確に言うと焦って嘆願に行った者達が話しを広めたのだ。

 

「そして既に知っている者も居るだろうが建国祭中も訓練所の各施設は開放されているのでいつも通り自由に使ってくれて構わない。では以上だ、皆、ゆっくりと羽根を伸ばしてくれ。解散!」

 

 解散と言われ半数程は今後の予定などを話しながら食堂を後にする。

 残った者達は依然座ったままだが話している内容は先の半数と同じだ。

 一つ違いがあるとすれば前者が帰省組、後者が残留組だという事だろう。

 ウィル達は後者だった。

 

「やけに皆んな急いでるな」

「そりゃそうだよ。遠い人は朝一番の馬車に乗らないと間に合わないからね」

「ふーん」

 

 トクルの真面目な返答にウィルは生返事で答える。頭の中に『故郷』の二文字がチラついた為だ。

 

「……帝国に帰るか、でしょ」

 

 見事に読まれてしまい苦笑いを向ける。

 

「バレたか」

「考え事してる時のウィルは分かりやすいからね」

「本当に? 気をつけよ」

 

 戦いの最中に考え込んでいるのを悟られようものなら敗北は必至だろう。

 反射的な動きだけで勝利出来るほどの技術はウィル達には無い。

 いつかは手に入れられるかも、という期待は有るが、人間という短命―――最近は強くそう思う―――な種族では絶対とは言い難い。

 

「本当にウィルは真面目、というか強くなる事に対して貪欲だよね。……おっと、それで里帰りするかだよね。ウィルはさ、戻りたいの?」

 

 その声音には僅かな拒絶の感情が含まれていた。

 ウィルは才能の無い鍛冶屋の三男、トクルは小さな農家の次男だ。

 故郷での生活は決して夢のあるものではなかった。だからこそ、冒険を夢見てここに来たのだ。

 

「いや……帰りたい、とは感じないな」

「だよね」

「まぁな。……ゴホン、それで三日間どうする?自主練か?」

「いや、たまには街に出ようよ。せっかくのお祭りなんだしさ」

「いいけど、トクル金あるのか?」

 

 見習いではあるがこの前の試験に合格し、鉄級となった二人が組合から貰っている給料は多い訳ではないが、かと言って少なくもない額だ。なので一度街に出たところで全額使い切る事はまず無いだろう。

 だがトクルは首を横に振る。

 

「ほとんど無い。ほぼローンに消えてるし残りも大体使い道が決まってる。ウィルは?」

「同じく」

 

 互いに目を合わせて苦笑を浮かべる。

 ローンというのはウィル達が組合から買った武器のローンだ。

 買ったのは以前帝国に行った際にマルクスから借りた武器。本来、白金級の冒険者向けの武器であるこれらを買うとなると、ウィル達では給料の半分以上を支払いに回しても半年ぐらいかかる。

 

「まぁ見て回るだけでも面白いらしいし、いいんじゃない?」

「でも、国外の商人もたくさん来るんだろ? 屋台とかも凄いっていうし……けど金がなぁ」

 

 ウィルはこめかみを指先で叩きながら、どうにか今ある金だけでやりくりしようと考える。

 

「じゃあさ、組合の人達の仕事を手伝うってのはどう?」

「えっ、でも今回は募集の張り紙は出てなかったぞ」

「そうだけど志願すれば何かしらの仕事は貰えると思うよ。……報酬が出るかは分からないけど」

 

 トクルは若干自信無さげだが、ウィルは意気揚々と席を立つ。

 

「それはそれで良いじゃないか。取り敢えず聞きに行こうぜ。マルクスさん……は忙しいらしいから、組合長の所に行こう」

「りょーかい」

 

 

――――――――――

 

 

「あの、話が見えないのですが……」

 

 困惑するマルクスに対して目の前の相手、モックナックから怪訝な声がかえる。

 

「言葉通りですよ。妻とのデート計画に協力して欲しいんです。最近忙しくてあまり相手してやれてませんでしたからな。もしかして……デートが何か知らない、とか?」

「いえ、でーとが何かは知っています」

 

 もっとも、マルクスはかつて至高の存在達が話していた『でーといべんと』なるものについて漠然と知っているだけだが。

 ですよね、と破顔するモックナックをから視線を逸らし、記憶を辿る。

 

(確か、親密になった男女がより親密度を上げる為に行う事でしたね)

 

 だとすればモックナックは彼の妻とより親密になりたい、という事だろう。

 それは分かった。しかし、何故自分に協力を求めるのかが分からない。

 確かに彼ら冒険者には出来うる限り協力すると約束した。だが、個人的な恋路にまで協力する道理はない。

 

「何故、私に協力を求めるのですか? ご自身でお誘いになればよろしいのでは?」

「もちろんそのつもりなんですがね。どういう場所に連れて行ってやれば良いのか分からなくて」

 

 あんたの地元だろ、という言葉は飲み込む。

 こういう時に突き放すような事を言うとこれまでの友好関係に傷がつく。

 それに最近は区画整理も進み、かつてのエ・ランテルとは様変わりしていると言えるだろう。

 でーとすぽっとなる物は下調べが肝心という話も聞く。

 

(だからだとしても、何故私なのでしょう。それこそ地元に詳しい者達に聞けば良いでしょうに)

 

 抱いた感情は表に出さずマルクスは口を開く。

 

「まぁ良いでしょう。非才の身ですが助言させていただきましょう」

 

 マルクスはしばらく口元に手を当て考え込む。

 

「そうですね。でしたら、折角の建国祭ですし市場を見て回るのが一番でしょうね。ご婦人もご一緒されるならまず西通りの衣類などを見に行くのはどうでしょう?食事の予定を決めていないのでしたら北通りの露店で済ませられますよ」

 

 魔導国の建国祭は、残念ながらパレードなどの大きな出し物は存在しない。建国記念の式典も都市長の館で行われ、一般人の参加は認められていない。

 

(やはり、アインズ様の像を練り歩かせるぐらいはしたいのですが、何がダメだったのでしょう)

 

 感謝を述べるモックナックに鷹揚に返事をしながら、マルクスはこの難問に頭を悩ます。

 かつて、ナザリックの知恵者二人が協議に協議を重ねてもなお完璧な答えを出す事が出来なかった難問。

 退出するモックナックを見送ってからも部屋の中を歩き回ったり、軍帽をいじったりしながら考え続ける。

 しかし、ただ賢い方、というだけのマルクスでは完璧な答えを出すどころか五つの予想を出す事すら出来ず。諦めて椅子に腰掛ける。

 そして、自身の空間の中からケースに入った一つのメダルを取り出す。

 普段胸に着けているアインズ・ウール・ゴウンのギルドサインを模したメダルに似ているが、形状が幾分異なる。それをマルクスはじっと見つめる。

 

(才能の有無にかかわらず、すべき事をする。そう言っていたのはあのドワーフでしたかね)

 

 それは全くもって正論だ。

 すべき事が目の前にあるというのに、自分では到底解けない問題に頭を悩ませるのは完全な無駄と言える。

 

「私もすべき事をしますか」

 

 メダルを己の空間に戻したマルクスは机の上に置かれた確認済みの書類の束から数枚を抜き取る。


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