そろそろ前書きで書くことが無くなってきましたが
どうぞ……
魔導国冒険者組合第三会議室。
マルクスが執務室代わりに使っているこの部屋では、実質的にこの部屋の主であるマルクスが書類を前に頭を抱えていた。
カルネ村に居た見習い達を呼び戻し、冒険者養成機関を本格的に始動させてからの約一ヶ月間、頻繁に繰り返した行動だが、今回はこの一月で最も長く沈黙が続いていた。
「また、ですか……」
呼吸不要の身であるマルクスだが、無意識に疲れた様な溜息をつき、こめかみの辺りを抑えた。
「教員の不足……これで何度目でしょうね」
マルクスは乾いた笑みを浮かべる。
冒険者見習いの為の実技指導を行う教員不足、運営初期から頻繁に上がった問題だ。
それ故に、様々な対策が行われた。
例えば、占領前から都市に居た冒険者達に手当を支給することを条件に志願を募ったり、友好国から特別技術者として招いたり、支配下の異種族を使ったりと、なんとか対策を講じてきたが、それでも不足を補いきれなかった。
理由は教員達の能力の偏りだ。
というのもこの世界では該当の
その為、
無論、より上位のクラスを取得する為には、より適した経験、知識が必要になるが、こちらは比較的簡単に成長が見込めるし、教員に適した人材も豊富だ。
逆に成長が見込みにくく、人材が少ないのが
「特に神官などの信仰系魔法詠唱者の不足が問題、ですか」
神官は主に神殿勢力に所属しており、神殿勢力はアンデッドの王を押し戴く魔導国に対して非協力的である。
また、魔導国側も神殿勢力に不介入の立場を保っている為、協力を求める事が出来ないのだ。
(かと言って、他国から連れて来ることも不可能。それほどに神殿は民衆の生活に深く関わっている、と)
行き詰まった状況に再び溜息を吐き、新たな打開策を考える。
(
軍帽を弄りながら考え込んでいると、ノックの音が響き、扉が僅かに開き
「マルクス様。物資担当のエルダーリッチ様の使いが参りました。移動させた物資についての報告書をお持ち下さったそうです」
「ああ、分かりました。お連れして下さい」
許可を出すと、すぐにさま猟兵と共にスケルトン・メイジが書類の束を抱えて入ってきた。
受け取った書類に目を通すと、こちらには問題が起きてない事に安堵し、確認の印を押す。
判を押した書類を手渡すとスケルトン・メイジは一礼して猟兵と共に退出していった。
(食糧は大規模農場や
その時、マルクスの頭に、かつて目に留まりながら不要だ、と判断した資料の一文が浮かび上がった。
(フールーダ……魔法詠唱者……学校………!?)
その内容とは、帝国では様々な系統の魔法詠唱者を育成する学校が有り、そこで才能を磨いた者の多くが帝国の軍事力である騎士団に組み込まれているらしく、その中には神殿に所属していない信仰系魔法詠唱者もいるという物。
これほど重要な事を今の今まで忘れていた自分を酷く
――――――――――
「なるほど、教員として魔法詠唱者を引き抜く……か」
マルクスの向かいのソファに座った主人はポツリと呟いた。
「はい。アインズ様の御判断により、帝国騎士団の一部が解体されましたが」
「えっ」
「どうかなさいましたか?」
「あっああ、気にするな。それで、どう進めるつもりなんだ?」
何か主人が気にするような事が有ったのかと不思議に思ったが、主人が先を促している事に比べれば些細な事だろう。
「はい。そこで新しい職に不満を持っている者を引き抜ければと、考えています」
「なるほど。しかし、そう簡単にいくか?この都市を訪れた事の無い者は魔導国を良くは思っていないだろう。それだけではない、不満を持つ者をすぐに見つけられるか?あまり時間は掛けられんだろう」
「……かなり難しいと思われます。仰るように我が国を訪れた事がない者には固定概念を払拭するところから始める必要がありますし、情報収集をしている時間も有りません」
魔法詠唱者としての適性を見極めるのは、早いに越した事はない。
「ふむ、ではどうする?」
主人の問いにマルクスは準備していた答えを述べる。
「はい、そこで皇帝への教員派遣の要請状にアインズ様の印璽を頂きたく思います。そうすれば皇帝は教員となる者を出さざるを得ませんので、教員として差し出された者をこちらに引き込めればと考えております。それと共に冒険者見習いの元帝国民を幾人か連れて行こうと思います。その者達に説得を手伝わせようか、と」
「なるほど、良いだろう。後でその要請状を送ってくれ」
「畏まりました」
マルクスは主人に納得して貰えた事に深い喜びを感じると共に、素早くこちらの問題点を指摘した主人の聡明さにより敬意を深めた。
「それにしても……お前自身が帝国に向かうのか?」
主人が不安げに問いかけて来る。
その不安げな様子が自分の身を案じてだと分かるので、マルクスは嬉しくなり、声が自然と明るい雰囲気を持った。
「そのつもりです。ご安心ください、砂の幻兵隊を同行させますし、緊急時には撤退を優先させます」
主人の不安は分かっている。
マルクスは精神系魔法詠唱者で
呪い師は多種多様な弱体化魔法を持ち、さらには、それらの弱体化魔法は『
無論、メリットがあればデメリットがある。
呪い師の弱点――――それも致命的な――――は習得出来る攻撃魔法の少なさだ。その数はユグドラシルの多種多様な魔法詠唱者の中でも最少。
その為、単純な攻撃魔法の撃ち合いになれば、マルクスは格下のシモベにも負けるだろう。
しかし、逆に複数の弱体化魔法、状態異常魔法を発動し、配下のシモベたちを動員すれば、階層守護者最強のシャルティアに喰らいつき、あわよくば勝つ事も出来る。
「ふむ……マルクスであれば問題は無いと思うが、この世界にどのような脅威があるか、未だ分かっていない。十分に注意しろ」
「了解致しました」
座った状態で姿勢を正し、頭を下げる。
「それで、いつ頃向かうのだ」
「御許可頂けるなら明日にでも出発するつもりです」
「許す。だが、引き継ぎはしっかりとしておけ」
「畏まりました」
部屋を出て、ある程度離れた頃合いで、マルクスはこの後の行動を考える。要請状の作成はここに来る前に命じておいたし、同行者も当てがある。
(たしか、あの二人組は見習いとして訓練中でしたか。まだ足手まとい同然の状態でしょうが、今後を見越して経験を積んでおくのは重要ですしね)
――――――――――
「よぉし、今日の訓練はここまでだ!明日へたばんねぇように、ちゃんと休んどけよ!」
監督役の蜥蜴人の言葉でウィルは訓練用の槍を下ろし、一緒に訓練していた者達と共に監督役―――教官の前に集合する。
『ありがとうございました!』
一斉に大声で礼を言うと、息ぴったりに頭を下げた。
練習などしていないが、いつも一緒に訓練をしていて、自然と息が合ってきた。
解散と言われてもウィル達は全員で固まって移動する。訓練用具を片付け、濡らした手拭いで汗を拭き取っていると、横に居た見習いの一人がニヤニヤ笑いながら口を開いた。
「大丈夫かウィル。吐きたい時は我慢すんなよ」
「このくらいどうって事有りません」
すると、別の一人が似たような表情でこちらを向いた。
「よく言うぜ。何度お前のゲロを処理してやった事か」
その言葉に昔―――三週間ほどしか経っていないが―――を思い出して、顔を赤く染める。
「い、いい加減、その話はやめて下さい」
慌てたウィルを見て、周りに居た見習い達は先程とは別の種類の―――可愛い弟に向けるような笑みを浮かべる。
「ほら、早く行かないと食堂混みますよ」
訓練の終了時刻はずらしてあるので食堂が混む事は滅多にないが、全員何も言わずに作業の手を早める。
何故なら、この訓練所の食堂で出される食事は訓練生の事を考え、腹持ちや栄養価を重視しているにもかかわらず、どれも絶品なのだ。
全員で固まって食堂に向かうと、食堂の前に人だかりができているのを見つけた。
「どうした。なにかあったのか?」
ウィルと共に来た訓練生の一人が話しかけると、人だかりが割れ、食堂の中が伺える。
複数の長机で幾人かが食事をしている中、少し離れた場所に二人組みが長机一つを挟んで向かい合い、話し込んで居る風だった。
片や子供ほどの身長の為、椅子の上にクッションを置いてかさを増した人物。片や包帯でぐるぐる巻きにされ、奇妙な服を着た人物。
「あっマルクスさん」
マルクスはこの訓練所にも何度か出入りしている為、訓練生の誰もが知っている。そして、共に居るのは鍛治仕事で時折訪れる
二人の間には魔力の輝きを宿した武器がいくつか置かれている。会話の内容は距離がある為聞こえない。
「どうする?」
「どうするったって、気にする事なんてねぇだろ。さっさと入るぞ」
マルクスは訓練生達に非常に温厚に接しているが、高い地位に属する人物―――アンデッドである為、恐縮してしまう者が幾人か居る。人だかりを作って居たり、どうするか問いかけていたのはそういう者達だろう。
アンデッドである事を恐れている者は一人もいない。
ウィル達はすぐに食堂に入ると、場所取りをする者、飲み物を取りに行く者、食べ物を取りに行く者、スプーンやフォークなどの食器を取りに行く者と別れる。
一人ずつ取りに行ってもいいが、この方が手っ取り早い。
ウィルも食事を盛ったプレートを人数分持って席に着くと、席が近い順にプレートを渡し、逆にスープの入った椀や食器、飲み物を注いだコップを受け取る。
腸詰めと野菜の炒め物、魚のすり身を団子状に丸めた物が入ったスープ、塩漬けにした野菜、小さめの蒸し芋、そして純白のパンが今日のメニューだ。飲み物は果実水が水差しごと置いてある。
全員が席について、食べ始めようとした時、向かいに座る何人かがウィルの後ろを見た。
ウィルも後ろを振り返ると、いつのまにか近くにきていたマルクスと目が―――マルクスの目は包帯の下で見えないのだが―――あった。ドワーフは既に居なかった。
「食事の邪魔をして申し訳ありません。ウィル君、君とトクル君に冒険者組合から要請があります」
「えっでも、俺はまだ見習いですよ」
「構いません。依頼人は私。内容は私が帝国に行く間の護衛任務です。もっとも護衛は私のシモベが行いますので、あなた方に求めるのは力ではなく、知識ですが」
「あの、本当に俺たちなんかで良いんですか?」
「何度も言いますが、あなた達で良いんです。さて、詳しい話はまた後ほどトクル君や組合長を交えて行いましょう。それでは、また」
マルクスはそう言うと食堂を後にした。
マルクスの背中を見送ったウィルは、興味津々の仲間達から質問責めにされながら、もともと住んでいた国とはいえ、初めての冒険に胸を膨らませていた。
miikoさん誤字報告ありがとうございます