英エコノミスト誌も驚いた “英語ペラペラ”高卒タクシー運転手勉強法
提供:PRESIDENT Online日本を訪れる外国人観光客は急増している。接遇を行うタクシー乗務員は、どのように英語を身につけているのか――。※本稿は、「プレジデント」(2019年4月15日号)の掲載記事を再編集したものです。
話すことに特化で、2年でペラペラに
km(国際自動車)グループのタクシー会社、弥生交通でタクシー乗務員を務める中山哲成さんは、2018年10月に東京タクシーセンターが開催した、英語の接客を競い合う「第5回タクシー運転者『英語おもてなしコンテスト』」の最優秀賞受賞者だ。コンテストの模様はイギリスのビジネス誌「The Economist」に取材され、YouTubeでも視聴可能だ。
そこで、中山さんは英語でインタビューに応じている。発音は美しく、受け答えも流暢。どれほどの海外経験があるかと思うところだが、「留学経験どころか、以前は英語をまったく話せませんでした」という。
タクシー乗務員への転職をきっかけに独学で英語の勉強を始め、今や外国人乗客の対応はお手のもの。プロの通訳者や有名予備校の講師らが参加する国内最高峰の英語スピーキングコンテスト「ICEE 2018」では、決勝トーナメント進出を果たすほどだ。
もともとミュージシャンや小説家を志望していたという中山さんだが、30歳の14年に、タクシー乗務員に転職した。「前の年に東京オリンピックの開催が決まったので、『今から英語の勉強を始めたら、オリンピックがある20年までには、話せるようになるんじゃないか。そうすれば、外国から来たお客様をガイドできたりして役立つのでは』と考えました」と話す。
アメリカの音楽や映画は好きだったが、「高校卒業以来、一切勉強というものをしていなかった」(中山さん)ので、どうやって勉強していいのかもわからない。とりあえず大型書店で英語学習に関する書籍をかたっぱしから買い込んだ。使わないで売ってしまったものも多いが、自分に合うものは何かと探し続け、いくつか自分にぴったりのものに出合ったという。
最初に読み込んだ文法書が、阿川イチロヲさんの『英文法のトリセツ』だ。「例えば最初のほうに『英語は1つの文の中に動詞が1つしかない』といったことが説明されていました。英語のしくみが解説されていて、僕には衝撃的にわかりやすかった」。次に出合ったのが、大西泰斗さんの『一億人の英文法』。中山さんは「一番お薦めです。英語の基礎がある人は、これ一冊でもいいくらい」と話す。
「英語は僕にとって音楽なんです」
これらの本で英語の文法を一通り勉強した後、中山さんが取り組んだのが英語で書かれた文法解説書、レイモンド・マーフィーさんの『English Grammar in Use』だ。「いきなりこの本を読んでも難しくて理解できませんが、最初に日本語で文法を勉強してからだと全然違います。例えば日本語で完了形の説明をされても、正直全然理解できませんでしたが、英語で学びなおしたらすとんと理解できました。こういう『理解できた』瞬間があると、文法の勉強も楽しくなるし、頭に入ります」と中山さんは説く。
「大学受験や資格試験合格のためではないので、ひっかけ問題に答えられるようになる必要はない。話せるようになればいいのですから、英文法はここまでやれば十分」
次に中山さんが力を入れたのが発音だ。「僕がもし英語の先生になるんだったら、まずこれを買うよう薦めます」というのが、松澤喜好さんの『英語耳』。「もともとミュージシャン志望だったこともあって、英語は僕にとって音楽なんです。かっこよくしゃべれるようになりたい。そうすると発音はとても重要です。アルファベットを覚えたら、まずこの本で発音のしくみと発音記号をしっかり頭に入れる。これを最初にやらないと、結局後で苦労することになると思います」
同書にはCDがついており、ネーティブの発音を聞くことができる。中山さんはこれを聞きながら本に書いてある発音を確認して学んだ。また、お手本として入っていた「アメージング・グレース」などの歌を、CDのまねをしながら歌い、録音して再生して聞いてみるという練習も繰り返しやったという。
「あまり意味がわかっていなくても、『おお! こうやって発音するとネーティブみたいだ!』となって楽しい。これを学習の初期にしっかりやったのが、後のスピーキング力につながりました」と振り返る。
ここまで聞くと、かなり順調に、ストイックに英語を学んできたように聞こえるが、実は「最初の1年は、勉強しては『こんなの頭に入るわけがない。英語なんて話せるようになるわけがない』と挫折して、またしばらくして勉強を始めて……というのを繰り返していました」と語る。文法を学び、単語を暗記しても、一から英語で文章を組み立てるのは、かなり高度な技術が必要。たまに外国人客を乗せても、全然英語で話せずにめげてしまっていたという。
そんなある日、テレビでニュースキャスターが外国人をインタビューするときに「Let me introduce myself(私の自己紹介をさせてくださいますか)」と話し始めたのを聞いた。「『これは使える』と思って丸暗記し、次の乗務で外国人のお客様を乗せたときに話したら通じてほめられたんです。それで、『自分で文章を組み立てるんじゃなくて、使えそうなフレーズを丸暗記すればいいんだ』と気が付いた」
もともと発音はしっかり学んでいたこともあり、タクシーの接客でよく使うフレーズを暗記して乗務で使うとスムーズに通じた。すると会話が成り立つようになり、楽しくなってきたのだ。
しかし今度は、「暗記したフレーズを言うと、お客様には『英語が話せるんだ』と思われて、『どこに留学したの?』『どうやって勉強したんだ?』と質問攻めになる。それに対応できないんです」という次の「壁」にぶつかった。
英語を使って日本語を教えれば、英語がうまくなる
そのとき出合ったのが、同時通訳者の横山カズさんが提唱する「パワー音読」という学習法だ。
「横山さんも、留学経験がなく独学で英語を身に付けた。まずYouTubeの動画を見て、興味を持って本を読んだところ、自分のやり方にも合っていると感じました。スピーキングの強化を意識しながらリーディングやリスニングをします。英語の書籍や映画などで、『使ってみたい』『共感できる』センテンスを見つけたら、メモしてノートに溜め、感情を込めて丁寧に何度も音読する、といったものです。これを続けたところ、話す力が上がってきて、日常会話にも対応できるようになりました」
この時点で英語を学び始めて2年。英語を使うことがさらに楽しくなり「もっとできるようになりたい、もっと話す機会をつくりたいと思うようになりました」(中山さん)。そこで中山さんは、外国語を学びたい人が集まる「italki(アイトーキー)」というウェブサイトを利用し始めた。
ここでは、例えば「英語を学習したい日本人です」と登録すると、日本語を学びたい英語ネーティブの人から、「お互い言葉を教え合いましょう」と連絡が届く。外国語学習パートナーと、英語や日本語を教え合った中山さんは、italki内の別のサービスも利用し始めた。italkiでは申請に通ると、スカイプなどを使って有料で外国語を教える講師になることもできるのだ。英語を使って日本語を教えたら、英語がうまくなるのではないかと考えたためだ。
「英語で書かれた日本語学習教材を買って勉強し、英語で説明するのは、とても勉強になりました。そこで英語の力もぐんぐん伸びたように思います」と中山さんは話す。
現在、中山さんが力を入れているのは、語彙力の増強だ。ただ、やみくもに暗記するのではなく、品詞ごとに覚え方を変えているという。「名詞は1週間で200~300個くらい覚えられるけれど、動詞はそんな覚え方をしても使えるようにならない。シンプルな動詞を1つ1つ徹底的に、さまざまな意味で使えるように繰り返し練習します。動詞1つ覚えるのに、1週間かけてもいいくらいです。形容詞は、表現の幅を広げるためのものなので後回しでもいい。”frankly”などの副詞や”speaking of”などの副詞句は便利なので、基本的なものは押さえます」
「昨日の自分」よりうまくなればOK
さらに、海外の動画も活用している。わからないものはいくら聞いてもわかるようにはならないので、英語の字幕があるドラマや映画を見ることが重要だ。「Netflixは、字幕があるものが多いのでお薦め」だという。名司会者として知られるデヴィッド・レターマンのインタビューも、「好きなオバマ前大統領の回などを見ながら書き出して、それを『もし自分がインタビューされたらこう返そう』といったことを考えながら音読します」。
小説は、好きな小説の日本語版と英訳版を読み比べると「とても英語のレベルが上がると思います。僕は村上春樹が好きなので、よく読み比べます」と話す。
ほかにも、ツイッター(※)やブログを日英両方で書いたりと「思いつくありとあらゆることを、継続するつもりもなくやっています。時間もそんなにかけません。隙間時間にちょっと本を読んだり、通勤電車の中でおさらいをしたり、そんな程度です」。
続けるコツは「ストイックにならないこと」
中山さんに、英語の学習を続けるためのコツについて聞いたところ、2つ挙げてくれた。1つ目は「ストイックにならないこと」だ。「学習を継続するためのメンタルコントロールはとても大事。ですから僕は、徹底的に自分を甘やかすんです。英語を勉強している人の多くはとてもストイックで、目標を高く掲げがち。周りの人と比べて、『まだ足りない』と自分を責めてしまうし、1日サボったくらいでも落ち込んでしまう。もっと気楽に『昨日の自分よりうまくなっていればOK』というくらいの心構えでないと、続きません」と言い切る。
2つ目は、「イベントを設定すること」。18年10月の、「タクシー運転者『英語おもてなしコンテスト』」への出場もその一環だ。「コンテストに出場するとなれば一生懸命準備するし、そうした準備は、たとえコンテスト当日に活かすことができなかったとしても、自分のためになります」。
また、SNSなどを通じて世界中にできた友達が日本に来るときには、ガイド役を務めることも多いが、「これも、どこに行こうか、どんな説明をしようかと調べるので勉強になります。こうしたイベントの積み重ねが、英語力につながります」と話す。
「英語がまったく話せない」という状態から、4年間でイギリスのビジネス誌の英語インタビューを受けられるほどになった中山さんだが、「2年あれば、スピーキングはできるようになると思います」と語る。「リスニング、リーディング、ライティングは語彙が必要なので、地道な努力が必要ですが、スピーキングはそれほど語彙がいりませんから」
(※)中山哲成さんはツイッターで学習法など英語に関する情報を発信している。ツイッターアカウント@tetsunakayama
▼圧倒的に実力アップ! 語学学習コミュニティ
「italki(アイトーキー)」
世界中の言語学習者とつながることのできるプラットフォームである「italki(アイトーキー)」。登録者は500万人、先生は1万人以上。自分の目標や興味関心と合った先生を選び、1対1でオンラインレッスンを受講できる。また、「ランゲージ・エクスチェンジ」というシステムでは、お互いの母国語を教え合うランゲージ・パートナーを探して、お互いが学びたい言語を学習することができる。登録は無料、レッスン受講は有料。
▼語彙を増やしたい! お薦めは字幕のある番組の多い
「Netflix」
「HuluもdTVも試しましたが、英語の勉強に関しては、英語の字幕がある映画ドラマが圧倒的に多いNetflixが圧勝」(中山さん)。お薦めはインタビュー番組。「やりとりを全部書き出したうえで、自分が語っているように音読します。『自分ならこう答える』とイメージを広げながら、『どこかで使えたらいいな』くらいの遊び感覚で取り組んでいます」(中山さん)。
▼英語学習経験を伝授!
『おもてなし接客英会話テキストブック』
横手尚子/NextPublishing Authors Press
元・日本航空CAがタクシー・ハイヤー乗務員に向けて、接客英語と接遇マナーの基本を紹介。3月末発売予定の改訂版では、中山さんが英語学習法に関するコラムを執筆している。
(ライター 大井 明子 撮影=石橋素幸)
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