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 国境を越える感染症問題に、国々がばらばらに取り組んでも限界がある。世界的な「鎖国」の風潮を改め、結束する理性を取り戻さねばならない。

 欧州連合(EU)が域外からの渡航制限を決めた。先に欧州に門戸を閉ざした米国に続く措置だ。国際政治と経済の大動脈である欧米間の人の流れが止まる異例の事態となった。

 主要7カ国(G7)は緊急声明を出したばかりだった。「適切な国境管理を含む協調」をうたったが、実際には十分な事前の調整を欠いた渡航制限が広がっている。

 米国と中国は中傷合戦に陥っている。トランプ大統領らが「中国ウイルス」と呼んで非難し、一方の中国側は米軍の陰謀説まで主張している。

 冷静なリーダーシップをとれる国や指導者がいない今の国際社会の病を映しており、憂慮は深まるばかりだ。だが、ここは地球規模で人間の安全確保が求められる局面だ。少なくともG7で確認した「必要な公衆衛生上の措置の連携」を、言葉で終わらせてはならない。

 これまでも指摘されてきたのは、感染症と闘ううえでの国際的枠組みの貧弱さである。

 司令塔とされる世界保健機関(WHO)は、予算規模が米国の疾病対策センター(CDC)にも及ばない。小松志朗・山梨大准教授によると、加盟国は組織内での政治的な影響力を争い、感染症対策は後回しにされてきた、という。

 中国のような強権体制の国の現地情報を集め、有効な対策を広めるには、しばしば国家主権との摩擦が避けられない。国際政治に左右されずに、機動的に動けるような態勢強化や財政支援は待ったなしの課題だ。

 多国籍の数千人を運ぶクルーズ船の感染は、日本と国際社会にとって想定外の事態をもたらした。船籍、運航会社、乗客、寄港先のそれぞれの国の責任と対処はどうあるべきか、ルールづくりのために日本は詳細を各国と共有すべきだろう。

 渡航制限については、国内対策を整える時間を稼ぐうえで、やむをえない面はある。だが、WHOはその効果は限定的だとし、社会や経済の血流を止める弊害を考える必要性を訴えてきた。判断の際には専門家の助言を仰ぐ慎重さが欠かせない。

 どの国でも国民は動揺しているが、政治の役割は、情報の開示と説明を尽くし、医療対策と経済施策で国際的な連帯を示して不安を和らげることだ。

 とりわけ、米欧日と中国の責任は重い。十分な説明もない制限措置で国同士の分断を深めるようでは、世界の長期的な安定は損なわれるだろう。

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