陸拾弐.お風呂で気持ちが悪くなったことはありますか?
シャンプーを髪の毛先までつけたらお湯で丁寧に洗い流して、次にトリートメントで髪のダメージを補修して、最後にリンスで髪を保護する。髪が長いから特にトリートメントとリンスは丁寧にやっておかないと。
雪「髪油はおつけにならないのですか?」
俺「トリートメントとリンスが髪油の代わりになるからいらないんだよ」
雪「そうなんですか」
雪は壺に入れられたシャンプー、リンス、トリートメントを見て不思議そうな顔をしている。
俺「じゃ、身体を洗うから、これで背中を拭いて」
俺は雪に石鹸のついた手ぬぐいを渡して、髪を身体の前に回して背中を空ける。髪が長いとホント面倒。大体、髪を洗うだけで何十分かかったのやら。
雪には背中だけ流してもらって、残りは自分で洗う。貴族は身の回りの世話は侍女にさせるのが普通なのかも知れないが、さすがに前を他人に拭かせるのは嫌だ。それがたとえ雪でも。
俺「はい、完了」
顔も洗って2ヶ月半ぶりにすっきりした俺は、清々しい気持ちでそう告げた。墨も恐る恐るだが一応顔を洗えたようだ。
と、雪がすっと立ち上がって歩き始めようとした。
俺「どうしたの、雪」
雪「竹姫さまが出られるのなら、お召し物の準備をしておこうと思いまして」
俺「まだ終わってないよ」
雪「そうなのですか?」
俺「そう」
そう言って俺は立ち上がって雪の前に立った。そして、おもむろに手を伸ばして雪の小袖を脱がしにかかる。
雪「ちょっ、たっ、竹姫さま。なっ、何をなさい…」
俺「雪はまだお風呂も入ってないし、身体も髪も洗ってないじゃない」
雪「いっ、いえっ、わっ、私は結構で…」
俺「雪は私のことが嫌いなの…? 私のお願いは聞いてくれないの…?」
俺は少し泣きそうな顔で上目遣いに雪を見つめる。目は涙目で恨みっぽく睨む感じに。この表情でお願いしたら誰が相手でも「うん」と言わせる自信があるとっておきのテクだ。
雪「そんなことはございませんっ。私は竹姫さまのことを、おっ、お慕い申し上げていますのでっ…」
(よしっ。かかった)
雪「あふぅ、そ、その、はぁはぁ…、何でも…」
(あれ? 様子がおかしいよ?)
やばい。顔色が赤いのを通り越して青くなってきてる。
俺「雪、雪。しっかりして。墨」
墨「はい」
俺「雪を横にするから膝枕してあげて」
雪「だ、大丈夫です」
俺「大丈夫じゃないから。ちょっと横になって休んで」
温度湿度の調整をしてるとはいえ、密閉された浴室だと横になって休むには少し蒸し暑い。しかし、その調整をするには雪のいるところで現代語を使って命令しないといけない。
(仕方ない。雪のためだ…)
俺『湿度50%、室温26度』
かねてから進めて参りました書籍化プロジェクトが実りまして、今日からちょうど1年後に出版される運びとなりました。スケジュールを間に合わせるため投稿間隔をこれまでよりも短く1日に3回投稿できるように頑張りたいと思います。つきましては執筆時間の短縮のため1話の長さがこれまでの50行程度から10行程度まで減少いたしますことをご了解ください。
3月32日 海月知花