伍拾漆.私の涙を返せ
天照『うん。あたしは、姫ちゃんのことが大好きだから…』
そう言いながら笑う天照の表情は、どことなく寂しげだった。俺は、どうして天照がそんな表情をするのかわからなかった。
それからまたしばらく俺と天照は無言のまま空の散歩を続けた。真っ暗な地上に対して空には無数の星が瞬いていて、自然に2人は光に誘われるように星に向かって高度を上げていった。
空から見る星空はとても綺麗だった。
天照『そっちは地面だよ』
不意に天照が俺の腕を掴んだ。
月もない夜に星明りだけを頼りに空を飛んでいると上下の感覚がだんだんとなくなっていく。どうやら俺は空にむかっているつもりで地面に向かって飛んでいたらしい。
俺『ありがと』
天照『そんなことない…』
そう言うと、天照は恥ずかしそうに俺の顔から目を逸らして、手を握ったままさらに高度を上げていく。飛行機もないこの時代にこんな高いところを飛んでいる人間は世界中探しても俺だけだろう。
天照『このままどこまでもどこまでも遠くまで行って、誰にもたどり着けない所で2人きりになれたらいいのに…』
俺『え…?』
天照『でも、それはできないんだ。あたしがいないと困る人がいるし、いつかは姫ちゃんを元の時代に帰さないといけないしね』
俺『…』
天照『だから、あたしは今こうやって2人でいられるだけで幸せなんだ』
そう言って、天照は俺に微笑みかけた。
俺には、そう言って笑う天照の笑顔の裏に、一体どんな想いが込められているのか想像することもできなかった。月☆読によれば時間転移には相当な代償を伴うという。そうまでして俺をこの時代に連れてきたのは一体…。
俺『なあ、天照。なんで俺だったんだ?』
天照は返事をする代わりに、少し寂しそうに顔を俯けた。
俺『あ、いや…、ごめん』
天照『ううん。こっちこそごめん。全部あたしの都合なのに…』
そう言って、天照は俺とつなぐ手に少しだけ力を込めて来た。
天照『ありがとう。ごめんね。ありがとう』
天照はそう言って、俺の胸に顔を押し付けてきた。思わず俺は天照の頭を抱きかかえる。いかん。俺までもらい泣きしそうだ。
俺『いいんだ。天照がいいって言うまでいつまでだっていてやるよ』
そうだ。天照がこんなに苦しんでいて、俺がその支えになるというのなら、いくらでも支えになってやる。そう思って俺は天照を抱きかかえる腕に力を込めた。
天照『…デュフフフフッフフフ。やっぱ巨乳は格別ですなー』
俺『!!!!!!』
天照『はぁー。むしろ生で顔を
俺『さっさと離れろーっ!!!』
俺はおもいっきり天照をぶん投げた。信じられない。さっきまでのは何だったんだ。
天照『えー。だっていつまでだっていてくれるんでしょ』
俺『1秒だっていてやるもんか。さっさと俺を現代に返せーーーー!』
…
明け方頃まで最強v.s.最強のガチバトルを繰り広げていた俺と天照だったが、最終的には復活した月☆読に首根っこを捕まえられて連れ去られていった。去り際に俺を元の姿に戻すのを忘れそうになって、さすがに焦った。
天照『ちょっとサービスしといたから』
戻すときにそんなことを言っていたのが微妙に不安だ。
そんなわけで夜明け直前にようやく式神と交代した俺は、残り僅かな時間をできる限り貴重な睡眠にあてて、雪が起こしに来るぎりぎりまで寝ることにした。日が高くなってとうとうしびれを切らした雪に起こされた俺の目に真っ先に入ってきたものは、人間化して猫娘になった墨と一晩で成長した俺の胸だった。
第1章「天照」完
いかがでしたでしょうか? ちゃんと泣けるシーンになっていたでしょうか?
というわけで、第1章完結です。この話、章立てなんてあったの?という疑問もあるかと思いますが、あったんです。というか、今、作りました。1週間ほど充電期間を頂いた後、次話からは竹姫がもう少し大人になります。ご期待ください。