墳墓大戦   作:天塚夜那

8 / 8
宣告(終)

 午前に始まった同盟軍とナザリック守備隊の戦闘は、昼を迎えるより前にあっけなく決着がついた。

 勝利したナザリック守備隊は早速戦利品の収集を初め、敗北を期した同盟軍はナザリック近郊を離れ、カッツェ平野に築かれた帝国軍の砦まで後退していた。

 逃げ延びた同盟軍の内、帝国軍は砦内で、王国軍は砦の外で休息を取る事になった。

 拠点が別れた理由は至極単純で、二十万を超える大軍である王国軍を受け入れられるスペースが拠点内に無かったから。そして、同盟国相手とはいえ拠点内の機密に触れてほしくないという帝国側の要請のためだ。

 もっとも、理解する事は出来ても、納得出来るかは別だが。

 ちなみに先の戦闘での同盟軍の被害は殿として奮戦した帝国第三軍一万と、拠点に居てシルアの魔法で焼かれた王国軍約百、法国軍は今回の戦いに参加した兵士、千人が全滅した。

 ちなみに要塞都市エ・ランテルに向かわなかったのは民間人が巻き込まれるのを危惧した為と重要な食料庫であるエ・ランテルを戦場にすべきではないという理由からだ。

 

 

―――――

決戦から七時間後、ナザリック地表部中央霊廟前

 

 

 アインズは完全武装のアルベドとローブを着たマーレを伴って石段を降りると辺りを見回した。

 周囲ではアンデッド達によって、戦利品である同盟軍の武器、防具、物資などが種類ごとに仕分けられている。

 もう一つの戦利品である敵兵の死体はすでに第五階層に運び終わっている。

 こちらに気付き、手を止めて跪くアンデッド達に作業を続けるよう言い、束ねられた剣の山からブロードソードを手に取った。

 以前カルネ村で見たのと同じ帝国軍でよく使われているただの鉄の直剣だ。

 アインズが手に取った物はまだ綺麗な状態だが、集められた剣のほとんどが折れたり、欠けたりしている。

 その他の防具や馬鎧なども破損している物が多いが、これらの後の使い方を考えれば何ら問題はない。

 

(どのみちただの鉄鎧や剣は同じ重さの鉄と同じ価値でしか判断されないからな。まぁこれだけあっても大した額にはならないだろうけど、アンデッド達の召喚分ぐらいは賄えるか)

 

 剣を元の束に戻すとそれを待っていたようにアルベドが口を開いた。

 

「アインズ様。本当に供は私達だけでよろしいのですか? 御身をお守りするのであれば万全を期すべきではないでしょうか?」

「何も心配する事は無いぞ、アルベド」

 

 アルベドの言葉に、アインズは毅然とした態度で答える。

 

「この身を守るのはお前達二人だけでも充分だ。それに盾となるモンスターならあれが用意出来る」

 

 そう言って霊廟の上を指差す。

 今回アインズはこの戦いを終わらせ、改めて魔導国建国に着手する為に―――正直気が進まないが―――ある傭兵モンスターを召喚した。

 もちろん、費用は今や雀の涙ほどかも怪しいアインズの個人資産からだ。

 アインズはスリットの向こうに有るであろう黄金の瞳と左右で色の違う瞳を交互に見る。

 

「それにお前達ほど私の身を守るのに相応しい者は居ない。頼りにしているぞ」

「はっはい! 頑張ります」

 

 おどおどした返事に頷くと、何故か無言になったアルベドに視線を向ける。

 

「くふーー頼りに、頼りにしている」

「アルベド?」

 

 その時ヘルムで見えないはずのアルベドの瞳が大きく見開かれたような気がした。

 思わず仰け反りそうになる。

 

「お任せ下さい、アインズ様! この身に変えましても、何人(なんぴと)たりとも御身には指一本触れさせませんわ!」

「あーう、うむ。期待しているぞ、お前達」

『はっ!』

 

 三つの返事を受けながら前を向いたアインズは転移門を発動させ、傭兵モンスターに先に行くよう命じる。

 

 

―――――

同時刻、帝国軍カッツェ平野駐屯地城壁内

 

 

 多くの騎士が天幕の中に籠もってしまっている為、普段は訓練の音などで騒がしい駐屯地内は異様に静かだ。

 そんな中、天幕の間に出来た太い道を騎士の一団が城壁へ向け進んで行く。

 交代する見張りの騎士達だ。

 そして、その一団から離れる騎士が一人。

 騎士はそのまま天幕の間を縫うように進むと一つの天幕の前で立ち止まる。すると、僅かに開いた戸布の隙間から声がかかる。

 

「どなたかね?」

「水を一杯貰えるか? 明るい色合いの杯に入れて貰えると助かるんだが」

 

 答えると戸布がより大きく開かれた。

 中に入ると四人が向かい合うようにして座っている。

 内訳は帝国軍大隊長の格好をした者が一人、給仕の格好をした女性が一人、髭をたくわえた神官が一人、そして一番奥にフード付きのマントでその身を隠した女性が一人。

 どうやら、この地に潜入している法国の密偵が全員集合しているようだ。

 騎士が空いていた椅子に座るとフードの人物が口を開いた。

 

「全員集まったな。それでは報告を頼む。まずは会議の結果から」

 

 大隊長の格好をした者が座ったまま答える。

 

「将軍達は一旦皇帝からの命令が下りるまでは待機する事にしたらしいです。兵を休ませるべき、との結論が出ました」

「王国の意見は?」

「あいつらは徹底抗戦派と反対派で延々と内輪揉めを続けてましたよ」

 

 そう言うとお手上げというように肩をすくめる。

 

「そうか……次、騎士達の様子は?」

 

 それには給仕が答えた。

 

「騎士達は疲弊しきっていたわ。即座の再戦はもちろん、今のままでは例え兵力を回復出来たとしても、再戦は困難でしょう」

 

 給仕の言葉に続くように椅子に座った騎士が口を開く。

 

「自分も同じ印象を受けました。騎士達は疲弊し、士気はどん底まで落ちています。自分が話を聞けたのは一部隊だけでしたが、七割以上が帰国を望んでいました。ちなみに約三割は騎士団を辞めたい、と」

「やはり、か……では、王国の様子は?」

 

 フードの人物以外が互いに顔を見合わせると神官が代表して答えた。

 

「先程出た通り、貴族の一部は徹底抗戦を唱えている者達も居ます。民兵達は長い行軍で疲れてはいますがそれ以外は別段変化は無いですね」

 

 そして、それぞれが神官の言葉に続ける。

 

「あいつらの事だ死の騎士を見ても何も感じなかったんじゃないか?」

「その可能性も有りそうね。食事の時も談笑する余裕があるぐらいだったわ」

「緊張感というものがまるで感じられませんでしたからね。――そういえば、そちらはどうでした、何か聞き出せましたか?」

 

 騎士の言葉で全員の視線がフードの女性に向く。

 

「情報は無い。と言うより誰一人慰安所を訪れる者は居なかった。流石に戦いの興奮より恐怖が勝ったらしい」

 

 フードの女性の言葉にやはり、という空気が天幕内を包んだ。

 

「まぁ仕方ない。とにかく本国に現状を報告して新しい指示を――やけに騒がしいな」

 

 その時、天幕の外から複数の足音や人の声が聞こえて来た。

 もっとも、その声に緊迫感は無く、襲撃という訳ではないようだ。

 

「何事でしょう?確認して来ます」

 

 騎士が戸布を持ち上げた時、中に居た全員が異様なものを見た。

 それは光。

 既に日が沈んで随分時間が経つのに《永続光》が置かれている天幕内を照らす程の光が外から入り込んでいる。

 予想だにしなかった事態に中に居た者達は急いで外に出ると、辺りを見回した。

 どうやら光は駐屯地を囲む防壁のさらに外側から来ているようだ。

 

「こっちへ」

 

 フードの女性は背負い袋から取り出した鉤付きのロープを投じると固定されているか確認し、素早く防壁を登った。

 そして全員が続く。

 

 

―――――

 

 

 防壁の上に出ると太陽の様に強い光に照らされた。

 だが、どういう訳か目が絡む事は無い。その為、光源ははっきり目視出来る。

 見張りの王国兵が持つ槍の更に向こう側に光で構成された歪な球体が有った。

 それ以外は何も見えない、武器も、手足も、頭も。

 だが、光と共に放たれる清浄な空気が何者であるかを言葉以上に雄弁に物語っている。

 

「天使だ」

 

 誰かの呟きに全員が頷いた。

 天使。神の使いであり、魔を打ち払う存在。

 それが今、ここに現れた。

 魔王と戦うために作られた軍の元に。

 歓声が大気を震わす。

 指揮官も騎士も民兵も貴族も。誰もが等しく神に感謝し、神を讃えた。

 そして願う。神の裁きを、大いなる力が悪しき存在を打ち払う事を。

 皆の声に応える様に天使は形を変える。

 いや、天使が身を包む巨大な翼を広げたのだ。

 歪な球体は天を羽ばたく鳥のような姿になった。

 その時、天使を見ていた全ての人間が芳しい香りを嗅ぎ、賛美歌を耳にした。

 まるで最高位天使の召喚の時と同じ。いや、それ以上の神々しさにフードの女性はこれこそが神の姿だと理解し、感動に打ち震えた。

 

「おお…神よ」

 

 辺りは静寂に包まれ、人々はただ腕を組み、頭を垂れ、神への崇拝を示す。

 敬虔な信徒も、無神論者もこの時ばかりは誰もが光輝く天使に祈りを捧げた。

 そして誰もが心から感じた。

 救済の喜び、偉大な存在を前にした幸福感、そして―――恐怖を。

 まるで刃を首筋に当てられた様な、血も凍るような恐怖。

 慌てて上げた顔を照らすのは変わらぬ神々しくも優しげな光。

 だが、その光の中心に一つの闇があった。

 恐怖はそこからやって来ている。

 

「この地に在りし、全ての人の子らよ、我が声に耳を傾けよ」

 

 賛美歌と共にまるで老若男女の声が混ざり合ったような不可思議な声が響いた。

 

「汝らは恐れ多くも至高の存在であらせられるアインズ・ウール・ゴウン魔導王陛下に刃を向けた。その愚行は決して許されるものではない」

 

 耳を閉ざしても、遮る事はおろか小さくなる事もない声は、まるで頭の中に直接響いているかのようだ。

 不思議な声が放つ言葉の意味を理解出来ず、人々はポカンと、痴呆の様に口を開けて天使を見上げる。

 

「なれど、慈悲深き我らの王は汝らにチャンスを与えられるとの事、即座に武器を捨て、降伏するならば、汝らを……」

 

 多くの者が突然の事に混乱している時、最初に混乱から立ち直ったのは、天使という存在を深く知らず、また上位者としてのプライドを持つ王国貴族だった。

 もっとも混乱していた方がマシだったかもしれないが。

 

「嘘だ!! 奴らは天使などではない、あの薄汚いアンデッド共の一匹、敵だ! 武器を持て、弓を射ろ!奴らを殺すんだ!!」

 

 天使は吠える王国貴族に目を向ける。

 見た限り天使に目と言えるものは無く。その頭部は光で形作られたものでしかない。

 しかし、その光景を見た誰もが言うだろう。

 天使が見ている、と。

 

「愚かなり人の子よ。よかろう、ならば汝らに――御身の側に」

 

 不可思議な声が途切れると天使は闇に向かって頭を垂れた。

 

「御心のままに。聞くが良い人の子らよ。至高の存在からの慈悲の言葉も受け入れぬ貴様らには滅びこそ相応しい。なれど、御方は無益な殺生を嫌われる。故に最上の愚行をなした王国軍、汝らには我――天翼の熾天使(セラフィム・フリューゲル)の名において似合いの滅びをくれてやる。そして帝国の騎士達よ。汝らは語り継ぐのだ。愚劣さが招く、神罰の姿を」

 

 熾天使が光の翼をはためかせる。

 すると光の粒子が辺り一帯に舞った。

 

「《最終戦争・善》」

 

 舞い散る粒子は次々と混ざり合い、無数の天使を形作る。

 神官の召喚出来る天使から、聖典の名を冠する組織に所属する者達ですら見たことの無い天使まで、大量の天使達が生み出された。

 更に駄目押しとばかりに特殊技術が発動される。

 

「う、嘘だ」

 

 法国の密偵達は大地にへたり込み言葉を失った。

 熾天使が召喚したのは彼らが最高位天使と信じる存在――威光の主天使(ドミニオン・オーソリティ)。それが確認できるだけで十体は居る。

 

「そして、貴様には神罰の大火、その片鱗を見せてやろう。――《神炎》」

 

 突如、空から巨大な炎の柱が王国軍の中央に突き立てられる。

 その熱量は凄まじく。防壁の上に居た騎士達が熱風を感じる程だった。

 中心部に居た者がどうなったかなど考えるのも馬鹿らしい。

 

「さあ行け、正義を執行せよ」

 

 熾天使の言葉と共に天使達は次々と羽ばたき、王国軍へ向け突撃した。

 王国軍の瓦解まで一分とかからなかっただろう。

 天使達の中には低級のものも居るので、王国の兵でも倒せない事はない筈だが、民兵達は逃げ惑い、ぶつかり合い、次々と天使によって殺されていった。

 逃げる者が剣によってその身を引き裂かれる。

 許しを乞う者がメイスによって潰される。

 もつれ合う者達が魔法によって灰塵と帰す。

 人々が崇め敬う存在であるはずの天使が人々を虐殺している。その光景に心が折れなかった者は居ない。

 特に幼い頃から信仰を捧げてきた者達は。

 絶望の眼差しでこの光景を見ていた密偵達の耳に騎士達の怒鳴り声が届く。

 

「門を閉めろ!」

「王国の奴らを入れるな、門を閉めるんだ!」

「押し出せ! 巻き添えはごめんだ!!」

 

 見ると砦の門に殺到した民兵達を騎士達が盾で押し返そうとしている。

 騎士の身体能力は民兵達よりはるかに上だが、凄まじい数で押し寄せる民兵達をなかなか押しのける事が出来ない。

 民兵達も生き残ろうと、まるでアンデッドのように門へ押し寄せて来る。

 民兵達と騎士達の間でいくつも血飛沫が上がる。

 その時民兵達の背後からドミニオン・オーソリティがゆっくりと近づいて来た。

 数は三体。

 三体は手に持った王笏を民兵達が集まる門に向けている。

 向かい合う位置に居る騎士達は、その行動の意味を瞬時に理解した。

 

「武器を使え! 殺しても良い!!」

 

 盾を構えていた騎士達は槍を振るい、見張り台に居た者達は後方の民兵達に向け弓を放つ。

 先程までと比較にならないほどの血飛沫が上がる。

 同じ人間に攻撃された。その事実に民兵達は立ち竦む。

 その間に騎士達は武器を構えたまま後退し、同時に門も閉ざされる。

 ジュゴォ。

 閉じた扉の隙間から差し込む光はおぞましい程に清らかだった。

 

 

―――――

 

 

 後に大天災と呼ばれる天使達を用いた攻撃――虐殺の後、なんとかエ・ランテルに逃げ延びたランポッサ三世はその場で同盟からの離脱、並びに全面降伏を宣言した。

 同盟の発起人であった王国が降伏した事で帝国、法国も相次いで降伏。

 一ヶ月戦争は魔導国の勝利で幕を閉じた。

 戦後、王国は当初の魔導国からの要求通りエ・ランテルを明け渡した。また、ガゼフ・ストロノーフをはじめ多くの兵、貴族、民を失った王国の状況を鑑み、賠償金は請求されなかった。

 帝国はカッツェ平野に居た軍を撤退させた後、しばらくは新たな同盟を作ろうと奔走するも、天使達の存在と共にカッツェ平野での帝国軍の行動が広がり、周辺国家は会談にすら応じず。終戦の半年後、魔導国の属国となることを宣言した。

 法国はついに戦争への国家としての関与を認めず賠償金の支払いを受け入れなかった。

 その一方で、勝手な行動を許したとして軍の幹部を一部更迭。

 謝罪の意を表明し、魔導国との相互不可侵条約に著印した。

 この後も、魔導国及び周辺の国々で幾度も戦争や動乱が発生するが、この戦争――大戦と呼ぶべき戦争の中で、この一ヶ月戦争こそ、それらの先駆けと言うべきものであり、極めて興味深い一戦であった。

 

 

――――――――――

最古図書館所属、アエリウス著。

 




今回で「墳墓大戦」は完結となります。ここまでのご愛読ありがとうございました!!

もっと短くするつもりがいつの間にやら自分でもびっくりするぐらい話が延びてしまった
やはり見切り発車の弊害ですかね
それでもどうにか平成のうちに書き上げられてほっとしております

これからは少し時間が空くかもしれませんが、元々投稿していたシリーズに復帰いたします

今後も気が向けば見に来ていただければ幸いです

すたたさん誤字報告ありがとうございます

 ▲ページの一番上に飛ぶ
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。