やはり不定期という言葉に甘えてる節がありますね
まぁ今回制作に時間をもらった事で人生初の一万字越え小説となりました
一応確認はしましたが誤字脱字や蛇足等多数有ると思います
最後まで読んで頂ければ幸いです
ドスンッという微かな振動を伴った音と共に悪魔の右足が叩きつけられた。
目を凝らせば叩きつけられた足と地面の間から鎧を装着した手足がはみ出しているのが見える。手足はしばらくの間何かを掴むようにビクビクと痙攣していたが、左右から同時に飛びかかった聖騎士達が悪魔の鉤爪で切り裂かれた頃には、その動きを止めていた。
踏み締めていた足を動かし、再び歩き始めた悪魔の飾り物の首の一つが口を開いた。しかし、発したのは言葉ではなく、詠唱だ。
「〈
詠唱を止めようと、今度は四人の聖騎士達がそれぞれ別の方向から悪魔に飛びかかり、瞬く間に切り裂かれ、潰される。
その間も魔法の詠唱は止まらない。
「〈
「これでもう五十人はやられたぞ」
部下の恐怖に彩られた声にサンドは焦りを感じた。
先程から悪魔はほとんど歩を止めずに聖騎士達を殺し、魔法による自己強化を行なっている。
どういう能力かは不明だが、この悪魔は直接戦闘をしつつ、魔法詠唱が出来るらしい。
その現実離れした能力に――いや、理不尽な程の悪魔の強さに、最初は自信をみなぎらせていた聖騎士達と彼の部下達は今や追い詰められた小動物のような有様だ。
サンドはすぐさま
「怯むな!支援を行いつつ魔法攻撃を開始する」
そう言ってサンドは即座に詠唱を開始する。
「〈
サンドに続いて部下達も一斉に詠唱した。その結果、無数の石筍が雨のように悪魔に向けて放たれたが、サンドは普段全く動かさないよう努めている表情を歪めた。
それは自分の統率力のなさ故に。
法国軍聖印騎士隊魔術師班、班長。それが肩書きとしての名前でしかないということはサンド自身が一番よく知っている。実際は任務に失敗し、瓦解した部隊の生き残りでしかないということも。
湧き上がった黒雲を頭を振ることで消し去る。今は暗い気分に浸っている場合ではないのだ。
現状、支援を行うはずの部下達も一緒に攻撃魔法を放ってしまっている。そのせいで、聖騎士達への支援がほとんど出来ていない。
無論、部下達の気持ちもサンドとしてはよく分かる。
あんな存在がゆっくりと近づいて来る、その恐怖から即座に相手の動きを止められる可能性がある攻撃魔法を選んでしまったのだろう。だが、今全員が攻撃魔法を放ってしまうのは悪手だ。
(いや、そもそも全員で魔法を放ったとして奴に攻撃が届くのか)
サンドの予想は即座に肯定される。
「〈
不可視の衝撃波によって悪魔に迫っていた石筍は吹き飛ばされる。
こちらの攻撃魔法に合わせるように、突撃させた天使達もシルアの巨腕に消し去られた。そして、負傷していた兵士たちが回復を受けられないまま、薙ぎ払われるように死んでいった。
「くそ、やはりだめか。魔術師隊各員、部隊を三つに分ける。第二は前衛の支援に専念しろ。第一は奴に攻撃魔法を集中。第三は天使を召喚し続けるんだ」
部下達がこれまでの訓練とは段違いの洗練された動きで部隊を分けてゆく。
その様子を見届けながらサンドは自身の安寧の権天使を第三隊の護衛につかせ、ガゼフ達の方に声をかけた。彼らは精鋭班の戦いの邪魔にならないように待機しておくよう、フェルネスが言っていたが、あれ程の戦力を使わずに放置しておくのはあまりにもったいない。
「王国戦士長殿、貴殿らには我々の護衛をお願いしたい」
「心得た」
ガゼフ達が範囲魔法に巻き込まれないように間隔を開けて並ぶ。
もっともあの悪魔の力を知った今――無論、まだ本気を出していない可能性は充分に有るが――彼らでも護衛として心許ない。しかし、居るのと居ないのとでは精神的に大違いだ。
だが、僅かに落ち着きを取り戻したサンドは不意に悪寒のようなものを感じ、目だけで周囲を伺うと、前方の悪魔と目が合った。
悪魔の頭部は飾りであり、白目を剥いていて、どこか決まった場所を見ているという感じではない。
しかし、サンドは悪魔が自分を見ているというはっきりとした確信があった。
「いい加減鬱陶しいな。消すとしよう」
軽いものいいだが、そこには絶望的な鋭利さを感じさせた。
殺される、それを最も強く感じたのは誰だろう。
ひょっとしたら第二隊の前で光り輝く盾と
「かかってこい!薄汚い悪魔めが!貴様など、どうと言うことわない」
その声に引かれるように悪魔の頭部と腕が僅かに動く。
「そうか、そうか。それでは――〈
悪魔の指先に纏わり付いた炎が球体に変わり、フェルネスへ向け撃ち出される。
着弾の瞬間、フェルネスの持つ盾の輝きが数倍増した。盾に込められた魔法を発動したのだろう。炎が消え去り、大地は所々焼き焦げているがフェルネスとその周囲の地面はそのままで、下生えすら残っている。
「どうした化け物、その程度か⁉︎ハッ、貴様の攻撃なんぞいくらでも耐えられるぞ!」
嘲りを含んだ挑発に対して悪魔は僅かな苛立ちも感じていないような、平坦な声で答えた。
「いくらでも、か。それは素晴らしい。では、少し実験をさせて貰うとしよう」
そう言うと悪魔は僅かに広げた両手をフェルネスへ向け、魔法を唱え出した。
「〈
「〈
「〈
「〈
広げた手の間に四種類の光が三つずつ現れる。
赤は全てを焼き尽くす炎へ、黄は猛り狂う雷へ、白は極寒の冷気へ、緑は鎧を容易く溶かす酸へ。
「さぁ、頑張って耐えてくれよ」
その声に先程のフェルネスのような嘲りの色は無い。どのような結果が出るのか心待ちにしている科学者のようだ。
そして魔法が次々とフェルネスへ向け放たれる。
火球を受けた時のように着弾の瞬間、フェルネスの持つ盾がその輝きを増す。しかし、それは迫り来る力に対してあまりに無力だった。
フェルネスの身は酸に溶かされ、冷気に凍らされ、雷に焼かれ、炎に包まれる。
炎が消えた時、そこに残っていたのは大きな炭の塊と焼け焦げ、輝きを失った盾のみ。
「なんだ?二発目の氷球で死んでしまうとは予想外だ」
悪魔は一度肩をすくめると再び視線をこちらに向けた。
「まぁいい。さっさと済ませるとしよう」
その視線を受けただけでサンドは肉食の獣に睨まれた小動物のように脚が竦み、動けなくなった。今まで多くの命を奪ってきたくせにと、自分でも滑稽に思うが襲いかかってくる恐怖はサンドの心を掴んで離さない。
悪魔は再びこちらへ向けゆっくりと歩を進める。
まるで戦場に似つかわしくない気楽な歩き方だが、その間もあらゆる攻撃が容易くあしらわれていった。
攻撃を担っていた聖騎士達の最後の一人が上半身を切り飛ばされた時、悪魔は唐突に歩みを止めた。
「ちょっと理解出来ないんだが、聞いてもいいか」
その問いは法国軍に向けられたではなく、サンドの手前で悪魔の接近を待ち構えていたガゼフ達に向けたものだった。
「王国戦士長、ガゼフ・ストロノーフ。お前は何故戦っている? 王を守る為か、ではもし、私が今戦士達に守られて丘の影を必死に逃げている王を殺さないと言ったらお前は私との戦いを諦めてくれるのか?」
ガゼフはその問いに僅かな笑みを浮かべて答えた。
「それは俺と戦いたくない、ということか?」
「勘違いするな。もう気付いているとは思うが、お前もお前の仲間もそしてお前の後ろで震えている奴らも誰一人として俺に勝てる可能性は無い」
普通なら挑発と捉えるような発言だが、やはりそこに嘲りの色は無く、ただ事実を述べているだけのようだ。
「それを知っていて何故逃げない?他の奴らのように尻尾を巻いて逃げれば助かるかもしれないぞ」
「なら、お前なら逃げるのか?」
ガゼフは真剣な表情で正面から悪魔に問い掛ける。
その目にはサンド達のような嫌悪もガゼフ以外の全員が抱いているだろう敵意もない。
「お前は主人の為に戦う時、相手が強ければ逃げ出すのか?」
「そんな訳あるか劣等種」
その時、サンドは悪魔の声に含まれる感情がこれまでと変わったように感じた。
対するガゼフは先程とは幾分種類の違う笑みを浮かべていた。
「そういうことだ」
サンドには悪魔の感情など微塵も理解出来ないし、理解しようと思った事もない。
だが、サンドには何故か悪魔がガゼフの言葉を噛み締めるように何かを考えている、そんな気がした。
僅かな時間の後、悪魔は一度肩をすくめると口を開いた。
「そうか。なら、もはや何も言わん。行くぞ」
そして、悪魔が再びその足を踏み出した。
「ガゼフ!」
ブレイン・アングラウスが声を上げるとガゼフはそちらを一瞥し、剃刀の刃を構える。
「〈流水加速〉!」
瞬間、サンドの前からガゼフの姿が消えた。
そして金属音に目を向ければ、悪魔の鉤爪と剃刀の刃が激しくぶつかり合っていた。
信仰系魔法詠唱者ではあるが
反撃の正拳突きを〈不落要塞〉で耐えると今度は〈流水加速〉で背後に回る。そして、先程までガゼフが居た場所にはブレイン・アングラウスが移動していた。
「俺なんかも居るんだがな」
「そうかい、それは悪かった。しかし、理解してほしいな。私の物差しでは君達程度の存在を測る事は出来ないんだ。なぜなら……」
「俺達が低すぎるから、だろ?」
「ほう、分かってもらえたようで光栄だね」
ブレインは微かに笑うと居合いの姿勢で構え、凄まじい闘気を立ち昇らせる。
だが、悪魔は構わず進む。
見れば悪魔の後ろでガゼフもまた剣を構えていた。
そして二人はそのまま一言も言葉を交えず、阿吽の呼吸だけで斬撃を放った。
「〈四光連斬〉!」
「〈秘剣爪切り〉!」
それぞれの斬撃は全く同じタイミングで放たれ、合計八つの斬撃となって悪魔の前後から迫る。
放つのは周辺国家最強と謳われる男とその男をして並ぶと言われる男。
すなわちこれは周辺国家において最強の斬撃。
しかし―――。
「つまらん」
悪魔が両の手を薙いだ瞬間、澄んだ金属の音色が一つ辺りに響いた。
つまりはそういうこと、周辺国家において最強の斬撃もこの悪魔にとってくだらない攻撃の一つでしかないのだ。
すると突然、それまで一度も落ち着いた姿勢を崩さなかったブレインが大声を上げた。それは、まるで悲鳴のような。
「なっ馬鹿な!?」
ブレインが凝視しているのは悪魔の手、そしてその先にある鉤爪だ。
しかし、それがどうしたと言うのか。相手は人の世界にあってはならないような化け物。
だとすれば、ブレイン・アングラウス、周辺国家で五本の指に入っているような男の攻撃が通らないということもあるだろう。そして、それをブレイン自身が理解していたのではないか。
悪魔も同じ事を―――不快な事に―――思ったのか、僅かに首を傾げて問いかけてきた。
「当たり前の事に何をそんなんに驚いているんだ?……だが、まぁいいだろう。気になっていた事も確認出来た。そろそろ最初の目的を果たそう。―――〈
悪魔の姿が消え、辺りを見回そうとした時、突如サンドは強い圧迫感と浮遊感を感じた。
視界が百八十度回転した先に有ったのは八つの虚ろな瞳。
それに見つめられサンドの身体は恐怖で身動ぎ一つ出来なくなった。
「うーむ。これらは全て御方からの頂き物。出来る事なら捨てたくはないのだが、仕方ない。スキル発動〈衣替え〉」
召喚した天使が召喚主を助けようと近づいて来るが、もう間に合わないだろう。
悪魔の首の一つが何度か左右に傾げ、熟れた果実のように地に落ちた。そして首があった場所にはいまや蔓のように細く、長い触手が伸びている。
その触手が僅かに揺らめき、こんどは凄まじい速さで視界外に消えると同時に首の裏に強い衝撃を感じた。
痛みは無い。いや、痛みを感じる事が出来ない。
痛みを感じるより先に意識がどこか深い場所へ引き摺り込まれて行く。
視界は白濁になり、声を発する事も出来ず、痴呆のように口を半開きにするばかり。
そんなサンドの薄れ行く意識を占めるのは今は亡き尊敬する隊長への謝罪の念ばかりだった。
(ニグ…さ……。もう…わけ……ありま…せん)
__________
悪魔―――シルアがその手を広げるとサンドの身体は首から血を吹き上げながら地面に落ちた。
その頭部を宙に残したまま。
残った頭部からはシルアの首に当たるのであろう触手が生えている。
そして、触手は素早く元の位置まで戻り、かつてはサンドの物であった首を他の男女の首三つの横に並べた。
シルアは真新しい首の座りを確かめるように何度か捻ると満足気に呟いた。
「やはり第四位階魔法の使い手。こちらの方がしっくりくるな」
転移魔法の発動によってその姿が掻き消える。
急いで辺りを見渡せばシルアは戦闘を開始した時と同じ場所に現れた。
「さあ次は何をして遊んでくれるのかな。行くぞ」
そして再びゆっくりと歩き出した時、突如ガゼフの視界の端でブレインが苦しげに身体を折っていた。
「ブレイン!」
ブレインはこちらに視線を向けると、どうにか身体を元の位置に戻すことが出来た。
シルアからの魔法攻撃かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
その原因に心当たりがあるガゼフはそれでもブレインに「引け」と言わない。
ただ肩を並べるだけだ。
再び先程と同じだけの闘気を発したブレインと共に迫り来るシルアに切っ先を向ける。
すると突然背後から声を掛けられた。
「お二人さんちょっといいか?」
見るとそこにはボリス達元オリハルコン級冒険者が集まっていた。
その中でロックマイアーが口を開いた。他の者達は強化魔法をかけ直している。
「俺たちにちょっとした策がある。ひょっとしたら奴を倒すまではいかなくても重傷を負わせられるはずだ」
ガゼフはシルアに聞かれていないかと僅かに視線を向けるが、どうやらシルアは残った法国軍ががむしゃらに撃ち出す魔法を捌きつつ、魔法を撃ち返しているためにこちらを見ていないようなので、少し声は落とすもののロックマイアーに尋ねた。
「その策とは?」
対してロックマイアーはただ不敵に笑うのみ。
彼自身、シルアに聞かれているかもしれないと思っているのだろう。
「とにかく戦士長達は死なない程度に時間を稼いでくれ。頼む」
それは戦場にあって最も難しい行為だ。
しかし、他に方法が無いならばやるしかない。
「それではお二人ともよろしいですか?」
完全武装になったボリス達がガゼフの横に並んだ。
「よし、行くぞ!」
__________
苦し紛れに放たれる〈火の雨〉を〈
逃げようとする者達には〈
それだけで敵のほとんどが死に絶えた。
残るのは武器を構え直したガゼフ達とテント群の中に紛れるようにして逃げようとしている者だけだ。
再び向かってくるガゼフ達に向き直りつつ、テント群へ向け〈
魔法によって生み出された白色の光が一度の爆縮を経て全てを消し去った。
ガゼフ達はその爆発に僅かに気を取られつつもシルアに向け一斉に飛びかかった。
放たれる複数の武技、スキルを鉤爪で弾き返し、殴り飛ばす。
魔法で確実に殺していく方が合理的なのだが、全員が固まって動くためにうまく魔法を放つことが出来ない。
だが、どれほど息の合った攻撃であっても基礎となる能力に圧倒的な差がある状態では無意味だ。
何度目かの一斉攻撃を捌いた際に四本の剣を持つ戦士――フランセーンをシルアの巨腕が捉えた。
フランセーンも必死にもがくがシルアの手を振りほどく事は出来ない。
シルアは戦士を掴んだ手に力を込めた。最初は弱く、そして段々と力を強めて。
戦士の苦しげな様子にシルアが何をしようとしているか察した者達はシルアに向かって飛び掛かる。
もしこの時シルアの表情が変わったとしたら、きっと悪魔という種族に相応しい悍ましい表情だっただろう。そう感じさせるに充分過ぎるほどの悪意と嘲笑と共に魔法が放たれる。
「そうだ良いぞ。もっと足掻け、無様に踊り狂え。――〈
三振りの黒曜石の剣が近づこうとした者達を迎撃する。
振り払われる戦士達を見ながらシルアは腕に込める力を更に強くしていく。
「ぐっぎぎ…ふっ〈不落要塞〉」
フランセーンは武技を使ったがシルアの力を耐えるには不十分だ。
そしてゴリッ、という嫌な音と共にシルアの手から血が吹き出した。
「きっ貴様!」
「全員離れろ!!」
ルンドの怒鳴り声で、シルアに飛び掛かろうとしていたヨーランは顔を歪めながら少し距離を取った。
「〈
「〈氷結爆散〉」
二つの火球をなんなく消し去った冷気はそのままルンドの体まで蝕んだ。
もし彼が先の戦いからシルアの出方を学び、あらかじめ冷気耐性を上げておかなければ、この一撃で死んでいただろう。だが彼は辛うじて生きていた。
「まったく、しぶというえに鬱陶しい。特に……」
シルアは言葉を切ると一気に踏み込んだ。
それまでのゆっくりとした動きとは異なる、ガゼフ達ですらどうにか目で追える程度の速さでその頭上を飛び越え、虚空に向かって腕を一閃する。
そして、持ち上げられた手の中に捕まっていたのは、必死にもがくロックマイアーだった。
「ちょろちょろと動き回って鬱陶しいぞ。何か頑張って用意していたようだが―――〈衝撃波〉」
シルアが指を指した方向に不可視の衝撃波が放たれ、そこにあった金属の棒のような物が土と共に吹き飛んだ。
「こんな小細工では私は倒せんよ」
そう言ってシルアは握った手に力を込める。
しかし、ロックマイアーは苦し気な呻き声を上げながらもシルアに向かって不敵な笑みを向けた。
「だろうな。お前はきっと……俺達が今まで、出会ってきた化け物の中でも飛び抜けて強い。だが、な。俺達にも……意地が有る!!」
そう言ってロックマイアーは右手を振り上げ、大きな杭のような物シルアに向かって投げつけた。
だがそれは素早く動いたシルアの鉤爪によって容易く振り払われる。
「無駄だ、と言っているんだが」
それでもロックマイアーは先程と同じ笑みを浮かべていた。
「そうでもないさ。ルンド!!」
「なるほど、諸共攻撃する、か。悪い手ではないがしょせ……なんだ?」
シルアはこちらに魔法を放ってくるであろう敵の方向に首の一つを向けた時、思わず訝しむような声を上げていた。
何故ならルンドクヴィストの指先はシルア達の居る場所かなりずれた位置に向けられていたのだ。
「〈魔法抵抗突破化雷撃〉」
放たれた雷はシルア達の遙か向こうに散乱した金属の棒の一つに当たった。
そして雷は棒に纏わり付くと、しばらくして先程以上の大きさになって別の棒へ、それが何度も何度も繰り返され、その度に雷はどんどん大きくなっていく。
シルアはその光景から目を離せなくなった。何故なら、こんな現象はシルアの知識に無い。一体何が起こっているのか知りたいという欲求を抑えられなかったのだ。
また、自分の強さを知るからこその油断もそこに拍車をかけた。
シルアが目を奪われたこの現象は〈反射〉という、この世界特有の魔法付与の一種によるものだった。
この魔法付与は低位階の魔法を無効化し、同じ属性エネルギーを撃ち返すというもの。
これをルンドクヴィストが改良し、より高位の魔法を、倍の属性エネルギーで撃ち返すようにしたものが、伝導性に優れた金属の棒に付与してある為、棒は互いに雷を倍のエネルギーに増幅してはまた別の棒に向けて放つ、これがこの現象の実態だ。
それを知らないシルアは一時とは言え、ただその光景を見つめてしまっていた。
だからこそ、ロックマイアー達がその命を賭して仕掛けた
「
ロックマイアーが小さくつぶやいた瞬間、凄まじい大きさになった雷が、先程シルアが弾いた黒い杭に向けて飛んだ。
そして、雷を増幅させていた金属製の棒と黒い杭の間にはシルアが居る。
これが何を意味するか、頭ではなく、もっと別の、本能とでも言うべきものによって理解した。
邪魔でしかない
シルアの視界は白い閃光によって包まれた。
―――――
「ぐぉおおおおお!!」
凄まじい咆哮が空気を震わせる。
雷によって生じた巨大な白球によって周囲一帯が照らされ、物理的な視覚を持つ者達は全員目を閉じ手をかざす。
そして、彼らの視界に焼き付いた光が消える前にドスン、という重い物が地面に倒れる音がガゼフ達の耳に届いた。
「ロック、大丈夫か?!」
直前に投げ出されたロックマイアーの元へ全員が駆け寄る。
「ああ、何本か折れてるがどうにか無事だ」
「待ってろ。今治癒する」
ボリスがロックマイアーに向けて癒しの魔法を発動すると、苦し気だったロックマイアーの呼吸が段々と落ち着いたものになっていった。
「それで奴は……死んだ、のか?」
ガゼフは未だ剃刀の刃を構えたまま誰に言うともなく言う。
そして、万全ではないが、ある程度回復が済んだロックマイアーがそれに答えた。
「おそらくな。あれが直撃したなら壮年ドラゴンどころか竜王クラスでも一撃だ」
その言葉で全員の顔に隠しきれない安堵の色が出る。
しかし、全員武器は握りしめたままだ。
ひょっとしたら、誰も口にせずしかし、全員の胸の内を占めるその言葉を消し去ることが出来ないからこそ。
だが、倒れ伏したシルアは全く動かない。
「にしても、さっきの魔法は一体何だったんだ?あんなの初めて見たぞ」
ブレインの言葉にルンドはどこか懐かしむ様子で答えた。
「俺達が現役時代にドラゴンハントの切り札として作ったアイテムですよ」
「用意するには金も時間も足りなくて、完成する前に俺達に限界が来たってのがオチですけどね」
かつて人間という種の最高位に最も近い場所まで登りつめた男達はよく似た男臭い表情で笑い合った。
「よし、回復終わったぞ」
「おう、んじゃ早いとこフランセーンの遺体を持ち帰るとしようぜ」
そう言ってロックマイアーとヨーランはフランセーンの亡骸の元まで行き、安眠の屍衣を取り出す。
「では、我々は奴の首を回収しましょう。持ち主は分かりませんが悪魔の道具にされたままというのも忍びないですし」
そうして倒れ伏したシルアの元へ歩き出したガゼフ達の視界の隅を何かが駆け抜ける。
それが何であるか悟る前に辺りに肉の裂ける音が響いた。
音の発生源を見ると黒曜石の剣に胴体を貫かれたヨーランの姿と呆然とそれを見つめるロックマイアーの姿。
「〈獄炎の壁〉」
突如目の前に黒炎が吹き出し、ガゼフ達は慌てて飛び退く。
まるで壁のような炎が消えるとそこには先程まで倒れ伏していたシルアが悠然と立ち塞がっていた。
そして、その周囲を二本の黒曜石の剣が舞う。
「全く、ここまでやられてしまうとは。私もまだまだ未熟ということか、これでは御方に申し訳が立たないな」
「なっ何故……」
誰かの発した声は消え入りそうな程小さかったが、シルアの耳には届いたらしく、平然と答えた。
「正直かなり危険だったさ。もし、何の対策もしていなければ、こいつの首が無ければ、或いは……。いや、所詮は仮定、ただの慰みでしかない。君らはよくやった。しかし、私には届かなかったというだけのことだ。さあ、もう終わりにしよう」
シルアの手に三つの黒球が現れる。
「〈魔法三重最強化重力渦〉」
三つの黒球が最も離れていたロックマイアーに向け飛翔する。
ロックマイアーは盗賊特有の身軽な動きで初弾をどうにか回避するも、体制が大きく崩れたところに残りの二発が炸裂した。
二つの重力球が荒れ狂った場所には人の形をしたものは何一つ残っていない。有るのは原型が分からない程砕かれた肉片のみだ。
その様にガゼフは自身の内から溢れる恐怖を抑えることが出来なかった。
当然だろう。覚悟や度胸など関係ない。恐るべき存在からの圧倒的な力、これを恐れない者が居るとすればその者は人としての感情を無くしていると言える。
しかし、震えそうになる手を意思の力で押さえつける。
王国戦士長として、幾多の命を奪ってきた者として、こんな所で震えている場合ではないのだ。
周りを見ればブレインも、ボリスも、ルンドも恐怖こそ感じているものの、その目に宿った光は消えていない。
「覚悟有り、か。……下らないと思ってしまうのが少し、寂しいな」
「行くぞ!!」
―――――
三人は正面と左右、それぞれ別の方向から突撃した。
正面から進むガゼフの頭上をルンドの〈雷撃〉が翔る。
放たれた〈雷撃〉は命中こそしたものの、単体ではほとんどダメージを与えることは出来なかった。
「先ほどの魔法は本当に見事だったよ。お返しだ、よく味わうと良い。――〈
足元の影が背後で荒れ狂う力の強大さを教えてくれる。
しかし、誰も振り返りはしない。そこに有るであろうものは分かっている。ならば、分かり切っていたことの為に足を止めている場合ではないのだから。
「〈四光連斬〉」
放った斬撃は最初と同じように片手で弾かれる。迫るもう一方の手を〈流水加速〉で躱し、反撃を放とうとした時、黒い壁が視界いっぱいに迫ってきた。
シルアがすくい上げるような回し蹴りを放ったのだ。
蹴りは飛び上がって回避したが、空中の無防備なガゼフにシルアの握り込んだ拳が振るわれる。
剣を眼前に構え盾とするが、ガゼフの身体は紙人形のように容易く吹き飛んだ。
「〈神閃〉」
「〈聖撃〉」
左右から放たれる攻撃は黒曜石の剣によって防がれる。
「〈魔法三重最強化衝撃波〉」
立ち上がろうとしたガゼフの身体は不可視の強力な衝撃波によって何度も吹き飛ばされる。
しかし、ガゼフは剣を手放さない。たとえ、立つのがやっとでも、地面に倒れ伏したままでは終わらない。
その姿に笑みを浮かべたブレインは居合いの姿勢を取る。
その行動が意味するところを知っているシルアは黒曜石の剣を全てボリスへの迎撃に回し、鉤爪を構える。
「〈秘剣爪切り〉」
鋭い斬撃だが、それでもシルアの身には届かない。
「ふんっ」
全力の攻撃を弾かれ、体勢が崩れたブレインはシルアに蹴り飛ばされ、地面に転がる。
全身を耐え難い激痛が襲う、それでも歯を食いしばって立ち上がろうとした時、シルアの手の中にあの黒球が生み出されるのが見えた。
その魔法の詳細を知らなくても当たればどうなるかはここに居る全員が嫌と言うほど理解している。
感覚が間延びし、全てがゆっくりに見える世界でシルアは無造作に手の中の黒球を放つ。
「〈重力――」
「おおおおおおお!!」
雄叫びはシルアの背後、黒曜石の剣に全身を切りつけられ血塗れになったボリスから発せられていた。
ボリスは更にその身に傷を増やしながら、聖なる力を込めたことで輝きを増した武器をシルアの脚に叩きつけた。突然の脚部への攻撃によって僅かに姿勢が崩れた為、シルアの狙いがはずれ黒球はブレインの眼前、地面に炸裂する。
しかし、それで終わる訳が無い。シルアが振り返りざまに振り上げた鉤爪によってボリスの身体は宙を舞った。
それでも巨大な鉤爪に引き裂かれ、宙を舞うボリスの表情はどこか晴れやかだ。
その表情は仲間を救ってくれた恩に報いることが出来たからこそ。
「〈
シルアの指先で鎌首をもたげた雷は瞬時に宙を翔け、重力によって地面に引き戻されつつあったボリスに命中した。
ボリスが宙に走った雷から出て来た時、その姿は彼をよく知る者ですら判別出来ない程、黒く焼き焦げていた。
ガゼフ達がどうにか再び立ち上がると、それを待っていたようにシルアが振り返った。
その両手にはそれぞれ荒れ狂う炎と雷が纏わり付いている。
目を合わせたガゼフとブレインはお互いの意思を確認すると武器を構え、シルアに向け突撃しようと踏み出した。
しかし、その時、大地を震わせる程の歓声が轟く。
「オォオオオオオオオオ!!!!」
地の底から上るかの如き歓声に引かれる様にしてシルアの首が後方を振り返った。
歓声が上がったのはシルアの後方、帝国軍の最前線―――だった場所だ。
今そこは水を撒いた様に黒く変色した地面と歓声を上げる無数のアンデッド達ばかりで人間の姿は見えない。
「どうやら潮時だな」
シルアはこちらを見ずにそう言うと、そのままガゼフ達に背を向けて歩き出す。
王国の兵達の視線は悠然と歩くその背に注がれていた。しかし、誰一人として攻撃はおろか罵声の一つも飛ばすことはなかった。
ガゼフ達から少し離れた場所で立ち止まったシルアはその背に燃え上がる翼を生み出した。
その時初めてシルアは四つの首をこちらに向けた。
「せいぜい楽しめ」
それだけ言うとこちらが口を開く前に炎の翼をはためかせ、ナザリック守備隊の陣地へと帰っていった。