卅玖.おやおや、物騒なことですね
俺「そちらも少し譲って人一人分道を空けてもらえば、十分すれ違えるじゃないですか」
露払い「ええい、無礼な奴めっ」
露払いは激昂して木刀のようなものを振り上げて威嚇してきた。
(めんどくさいなぁ。なんか偉い貴族様みたいだし、逃げちゃおっかな。でもなんか腹立つし、この露払いだけぶっ飛ばしとこうかな)
と、露払いの木刀を無視して逡巡していると、牛車の中から声が聞こえた。
貴族「どうした?」
従者「申し訳ございません。前方に進行を邪魔するものが現れまして、今すぐに立ち退かせますのでもうしばらくお待ち下さい」
貴族「ふむ。それはどのようなものだ?」
従者「見たところ、下流貴族の子弟のようでございます。おいっ。さっさと追い払え」
貴族の問いかけに牛車の脇を歩いていた従者が答え、露払いに命令した。露払いはさらに傲慢な態度になって俺に木刀を突きつけてきた。
露払い「痛い目を見る前にさっさと消え失せろ」
(なんかむかつくなー)
貴族様はどういう人か牛車の中で顔も見えないのでよく分からないが、その周りの従者の人々はあからさまに俺を見下した態度でいて、相当感じが悪かった。現代でもきっとこういう連中はいると思うけれど、実際に見たのは初めてだ。
俺「申し訳ありませんが、私もこの道を向こうに渡らなければなりません。そちらの方こそ少し道を譲っていただいても損はしないんじゃないですか?」
言葉遣いこそ乱暴ではないものの、明らかに喧嘩腰のセリフを言った俺に向かって、居丈高な露払いは有無を言わさず木刀を振り下ろしてきた。
まあ、でも、そんなものが最高神の加護を受けている俺にあたるわけがないわけで、止まって見えるぜ、とか思いながらスウェーで避けてみた。当然あたると思って力任せに振ってきた露払いは、完全に虚をつかれて木刀を地面にめり込ませながらよろめいた。
(こいつ、手加減する気ねーのかよ!)
俺「困ったな。私はもう道の端に寄っているので、後は少し道を譲ってすれ違ってくださればいいだけなんですが」
恥をかかされた露払いはゆでダコみたいになっている。こんな短気なのを身近に置いていていいのかね、この貴族さんは、と若干心配になってきた。
貴族「どうしたー? まだかー?」
従者「申し訳ございません。もう少しお待ちください」
牛車の側に立つ従者が露払いにきつい眼差しを送る。露払いは木刀を捨てて腰に穿いていた太刀を抜いた。
露払い「これが最後だ。今すぐに立ち去れ。そうすれば命だけは助けてやる」
(やれやれ。爺の立場もあるから、あんまり偉い人と揉め事とか嫌なんだけど)
そんなことを思うなら始めから突っかかっていかなければよかったのだが、成り行きでこうなった以上仕方ない。そろそろ潮時だし逃げるかなーと思っていたら、
「おやおや、物騒なことですね」
(誰?)