卅肆.むしむしくん
式神『前に言った通り、俺はお前だよ』
俺『?』
式神『俺はお前の身代わりだからね。お前が知ってることは俺も知ってるし、俺が見聞きしたことはお前の記憶になるよ』
俺『俺って、そんなに性悪で変態か?』
式神『性悪で変態って誰のことかな?』
俺『お前だよ』
式神『ひどい! こんな純真な乙女を捕まえて、あんなことまでしておいてっ。その上変態だなんて…』
俺『あんなことって何だよっ!』
式神『もう、お嫁にいけないっ!!』
三羽烏、墨(…)
なんか、さっきから三羽烏と墨からのジト目の視線を感じる。
俺『おい、お前らこんなやつの言うことを信じるな!』
三羽烏(だってねぇ…)
墨(…)
俺『とにかくっ、俺とお前の性格が違うのは何でなんだ?』
式神『さあ? 心が違うから? 俺にはよく分からんね。俺を作った人に聞いたら?』
(例によって記憶は身体で思考は心ってやつか。天照に聞けばいいのかな?)
ていうか、いつまでも式神に付き合っていたら話が進まないじゃないか。強引に流れを切って先に進もう。
俺『記憶を共有してるってことは、これから何をしたいのかは分かるんだよな』
式神『何を考えてるのかは分からないけど、今やろうとしている魔法が何なのかは想像が付くよ。
俺『じゃあ、話が早い。呪文を唱えている間、湯煎の湯がなくならないように、湯温を冷まさないように少しずつ継ぎ足してくれ』
式神『まあ、…いいんじゃない?』
式神の返事に少し間があったのに若干引っかかったが、手伝ってくれるなら問題ない。お願いごとの対価として、何かとんでもない要求があるかと心配していたが、杞憂だったようだ。
早速俺は湯煎の準備をして、蝋が溶けてきたところでカラスの羽を左手に持ち、
俺『じゃあ、始める。呪文は1時間くらいかかるから、その間湯煎の湯を切らさないように』
式神『オッケー。まかしといて!』
俺は羽に溶けた蝋をかけながら、一切繰り返しがなく1時間も続く意味のない音の羅列を唱え始めた。式神は沸騰する湯の減り具合を見ながら少しずつ湯温を冷まさないように水を継ぎ足していく。
湯煎の湯が冷めにくいようにあらかじめ空調を切っていたのだが、そのとき換気を有効にするのを忘れていたため、沸騰した熱気と蒸気で部屋の中がむしむしして来た。ただでさえ梅雨で湿度が高いのに、その上湯煎の蒸気で不快指数は急上昇している。空調の設定を間違えたと思ったが、呪文を唱えながらでは変更はきかない。
式神『ねー、蒸し暑いんですけどー』
俺『※%×&○$…』
式神『あぢー』
式神はワンピースの裾をまくり上げ、パタパタとあおぎ始めた。
(ちょっと待て。お前、パンツ穿いてないだろっ!)
ツッコミを入れたいが、俺は呪文を唱えなければいけないのでしゃべれないし、両手もふさがっているのでジェスチャーをすることもできない。
八咫烏とは熊野権現の使いで、足が3本あるカラスです。