卅.大人の階段
朝になってもまだ雨は降っていた。まあ、梅雨だから仕方ない。昨日、天照が残していった服と紙は、例の木箱に閉まってある。服は予想通り木箱に触れると紙片に変わった。そして俺は今、半裸の状態で物思いに耽っている。
天照が残していった服はワンピースだけではなかった。かつら、靴下、キャミソール、ブラにショーツまで全部まとめて残していったのだ。天照が光に包まれたのはわずかな時間にショーツまで脱ぐとは一体どんな早着替えなんだ。
で、俺が悩んでいるのは、そのショーツについてだ。具体的には、俺はこのショーツを穿きたいのだが…。いや、待て、石を投げるな! 話を聞け! 俺は変態じゃない!!
…まず、平安貴族の女性の下着について説明しよう。この時代、現代的な意味での下着はない。ブラがないのは当然として、ショーツもない。日本でショーツを履く習慣がついたのは本当に最近のことだ。ただ、下着的なものがないわけではなく、小袖と呼ばれる立つと裾を引きずらない程度の丈の服を肌に直接着て、これが下着という扱いになる。
さらに小袖の上に下袴というのを穿く。これも一応下着の扱いだ。男性の場合はその上に指貫などの表袴を穿くが、女性の場合は上には袴を重ねず、直接袿を着る。現代の女性のスカートの中はズボンではなくショーツなのと基本的に同じだ。女性の下袴を特に緋袴と呼んで、男性のものより裾が長いことが多い。ただ、下着といっても、小袖の上に穿く上に外出時の壺装束の時には脱いでしまうので、現代のショーツとは少しニュアンスが違う。
というわけで、平安装束の場合、現代人の感覚で言うとショーツを履かないで服を着ているような感じなので、どうにも落ち着かないのだ。まあ、上質な絹で作られた服の肌触りは最高なので、ショーツを穿きたいというのは気分的な問題に過ぎないのだけど。
平安時代にも、下袴というものはあるので、頑張ってショーツを作ることはできないかといろいろ考えたことはあったのだけど、残念なことにゴムがないのだ。ということはショーツを作っても紐で縛る必要があって、あまり魅力的じゃない。ふんどしという選択肢もないわけじゃないんだけど、小学1年生女子がふんどしってどんだけよと思わない?
とまあ、長々と説明したわけだけど、とにかく、俺の目の前には天照が脱いだショーツがある。で、俺はこれを穿こうかどうか悩んでいるわけだ。
他人が穿いたショーツを穿くなんて気持ち悪くない?とか思いましたね? 他人といっても美少女が穿いたショーツなら…、じゃなくて、天照の魔法で一旦紙してからまた戻すと、汚れも傷も全部直って新品同然になるから、洗濯したショーツよりも綺麗だよ。だから問題なし! いささか残念ではありますが…。
(まあ、いつまでも悩んでいても仕方ないし、穿くか)
意を決した俺は、立ち上がってショーツを手に持って、足を差し入れていく。思えば、女物のショーツを穿くことなんて、転生する前にも後にも初めてだ。男としてのアイデンティティが音を立てて崩れるような感覚の傍ら、何か倒錯的な感覚が沸き上がってくる。
穿いた。なんか、俺は女の子なんだなーと改めて思い知らされた気分だ。平安装束なら女装してもそれほどではなかったけど、女物のショーツを穿くのは心に刺さる。
(穿かなきゃよかったかな)
少し凹んだ気持ちでそんなことを思ったが、後の祭りだ。それにこんなくらいのことで凹んでいたら、この先もっと凹むことが起きるに違いないのに、生きていけないよ。大丈夫。ショーツを穿いたくらいじゃ、俺は負けないから。
いつまでも変な感傷に浸っているわけにもいかないので、寝る時に着ていた小袖を脱いで用意されている新しい小袖に袖を通していると、気配に気づいたのか雪がやってきた。
雪「お手伝いいたします」
そう言って雪は着付けの手伝いをしてくれる。普段着くらいなら一人で着られるけどなーと思うが、これがこの時代の常識だから仕方ない。着付けは雪に任せて、俺はなされるがままになった。
巫女装束というのは小袖に緋袴なので、上の説明から言うとあれは下着のみで上着を着ていない状態です。もっと端的に言うと、ショーツとブラとキャミソールと靴下だけの状態と同じです。巫女装束の人気の高さの秘密が理解できるというものです(大嘘。
真面目な話、緋袴は本来は下着的な扱いだったそうですが、時代と共に表着として扱われるようになっていったそうです。平安装束ではほとんど袿に隠れてしまうので下着扱いということにしました。