前嶋和弘(上智大学総合グローバル学部教授)


 激しい戦いの末、ヒラリー・クリントンはドナルド・トランプに敗れた。歴史的とされた女性大統領の誕生は夢に終わり、「ガラスの天井」は破られなかった。

 選挙戦の最中で明らかになった体調不安もあったが、電子メール問題で「信頼おけないイメージ」がクリントンにはまとわりついてしまったのが大きい。10月28日、FBIのコミー長官が電子メール問題の再捜査を発表して以降、安定したリードを保っていたクリントンの支持率は一気に揺らいでいった。それまでは支持層を確実に固めていたと思われたが、実際はそうではなかった。
首都ワシントンでの選挙イベントで話すクリントン氏
首都ワシントンでの選挙イベントで話すクリントン氏
 確実視されていた当選が、いまとなっては遠い過去に思える。世論調査での急落を見ても、過去の大統領選挙では、選挙戦の後半で支持が大きく揺らぐことは少なかったし、クリントンが組織力で圧倒するはずだった。「オハイオ、フロリダ両州を落とすようなことがあっても、ペンシルベニア州が防波堤となるはず。選挙人の数でも最後までクリントン優位は揺るがない」というシナリオも描かれていたが、クリントンにとって、選挙結果はそれ以上の最悪なものになった。

 それだけクリントンへの支持は揺るぎやすい脆弱なものだった。クリントンを熱烈に支援する声は限られており、信頼感がなかったのである。

 なぜ、信頼されなかったのか。それはクリントンが過去25年近くワシントンの中心にいるという究極のインサイダーであるため、「ダーティーさ」が目立ってしまったためだ。クリントンはファーストレディから始まり、上院議員、国務長官と、まぶしすぎるほどの経歴である。政策にも詳しいが、インサイダーであるがゆえに、癒着や不透明なイメージが先行した。

 「ダーティーさ」を象徴するのが、上述した一連の電子メール問題である。国務長官時代に公的なものではなく、私設サーバーでメールをやり取りしていた一連の電子メール問題では、クリントンはなぜ国務省のメールアドレスを使わず、自分でサーバーを立てて自前の電子メールを使ってきたのか。その理由について、常に疑われてきた。