なぜバレンタイン? 3月13日ならホワイトデーだろ?
うんごめんなさい
ふと窓の外を見る。
冬特有の抜けるような空に乾いた空気から、少しずつ温かさを帯びた穏やかなものになっている。風が吹いているのだろうか、揺れる木々を見ているとアインズはここ場所が、どうしようもない程に異世界であることが感じるのであった。
アインズというよりも、一人の人間である鈴木悟として見ていた景色は、紫色に変色した空。致死性の有毒ガスに覆われ淀んだ空気。木といった自然物など死滅した鉄とコンクリートに覆われた世界だった。
このあまりの違いに、いまだ戸惑うことがある。
鈴木悟がプレイヤーとして操作していたキャラクター、
そして謎の学生生活を強制されるこの世界に転移して数ヵ月。
思い返せば、これほど穏やかな気持ちで日々を過ごすことができるとは思わなかった。いや穏やかというのは語弊があるかもしれない。目の前でターニャとカズマが何かの意見の言い合いをしている。しばらくすると飛び火してくるかもしれない。ああ、その前にターニャのドロップキックでカズマが沈んだか。いろいろ気苦労もあるが、ワーキングプアであった時代のストレスを思えば、小さな悩みでしかない。
「いかがなさいましたか? アインズ様」
「ああ。特になにかということはない。ただこの世界について考えていたのだ」
デミウルゴスがアインズに声をかけてきた。まわりを見ればアルベドやシャルティアもこちらを心配そうに見ている。
ある時、鈴木悟がユグドラシルというゲームのキャラクターであるオーバーロードの姿となった時、自分の周りにいたのは、かつての仲間であるギルドメンバーが創ったNPC達だった。それらが生命体として自我をもって動いているのだから、違和感がすごかった。しかし一年以上共に過ごせば、むしろ一つの生命、一つの存在として受け入れることができるようになった。もちろんそれはアインズだけの認識の変化ではない。まわりの者達が、NPC達を同じ生きた存在として扱っているからにほかならない。
「さすがはアインズ様。いついかなる時でも様々な事態を想定し検討されているとは、このデミウルゴス、感服いたしました」
「(いや、ただぼーっとしてただけなんだけどね)」
そんなデミウルゴスの反応にも慣れたもの。学園生活を送るしかないこの平和な世界であれば、どのような勘違いをされたとしても、たかが知れている。支配者たる立ち位置を期待をされ、自分の判断がナザリック全体の存亡に左右する。それに応えようと身構えていたころに比べれば、おのずと心の余裕というものができるというもの。
「そういえば、お耳に入れておきたいことが」
デミウルゴスは、周りに聞こえぬよう声のトーンを落とし話始める。それを聞いてアインズは無言でうなずく。
「どうも、男子生徒の多くと一部女子が挙動不審になっております」
「ふむ(2月……こんな時期で男性陣がなにを?)」
デミウルゴスの言葉にアインズは考えを巡らせる。しかしこれといって騒ぐ原因に心当たりはなかった。
そこでアインズは情報収集をまかせようと口を開こうとしたとき、教室の前の扉が開き、担任のロズワールがはいってきたので、また後でのつもりで右手あげストップのジェスターをする。デミウルゴスもその辺を理解したのだろう。頷いたのち席にもどるのであった。
「今日は特別授業とな~あるよ。女子はす~ぐに体育館へ移動。男子はそ~のまま残るよ~うにね」
そういうと、女子は体育館へ移動といくことで、疑問に思いながら立ち上がるもの、何か得心がいったような顔で移動をするものなどさまざまであったが、さして時間はかからず部屋は男子のみとなった。
「ロズッチ~」
「先生だよぉ」
「ロズッチ先生~」
「な~にかな? スバルくん」
スバルが手を上げ、ロズワール先生に質問をする。
「これって、アレですか」
「アレだぁ~あね」
「じゃあしょうがないか」
「(アレって何?!)」
スバルはアレということで、納得をしたようで手を下ろすが、アインズは理解することができなかった。しかしアインズは周りの様子を探ると、カズマやターニャの部下達などは理解したように納得しているのだ。デミウルゴスだけは何かを分かっている風ではあるが、他のナザリックの面々は理解していないようだ。
「あ~デミウルゴス。共通認識は重要だ。おまえの認識と疑問を皆に共有せよ」
「かしこまりましたアインズ様」
アインズはこれでアレが何のことかわかると考えながらデミウルゴスに質問を促す。
「ではロズワール先生。質問させていただきます」
「どんな質問かぁ~な」
「なにか男女関係のイベント・行事ということで、このように別行動となっているようですが、私たちの世界では今日および近日中に男女関係のイベントの記録はございません。それはこちらの世界では一般的なイベントなのでしょうか? 後学のためにご教授いただきたい」
デミウルゴスの言葉に、クラスの面々はああそういえばと納得するのだった。
「パンドラズ・アクター先生が言った通りだったぁ~ね。今日はバレンタインといって端的にいえば女子が意中の相手にチョコレートなど贈り物をする日なぁ~んだよ」
「本命以外にも友好の証としての友チョコ、上下や家族や同じクラス・組織の誼として義理チョコなどいろいろあるが、今日はそんな日ということもあるけどな」
ロズワール先生の言葉に、付け足すようスバルが補足情報を教える。見れば、ナザリック以外の男性陣は頷いている。
「なるほど。そのようなイベントがあるのですか。では私たちも敬愛の念をもってアインズ様にチョコレートを準備せねばなりませんね」
そういうとデミウルゴスは熱い視線を向けるのであった。しかしアインズは脊髄反射で答える。
「デミウルゴス。その気持ちはうれしいが、今日は男女のイベントだ。郷に入っては郷に従えというだろう」
「そうだぞ。アインズも男からチョコもらってもうれしくないだろ」
「(食べられないけどね!)」
「であれば、女性陣に今回はゆずるといたしましょう」
アインズの言葉にスバルが後追いする。実際、どう思うか別ではあるがアインズの言葉にデミウルゴスはあっさりと引き下がるのであった。
「しかしアインズのところじゃあ、バレンタインないの?」
「デミウルゴスの言う通り、ナザリックにはそんなイベントはなかったな。前の世界では知らないだけで、世界のどこかそんな風習があったかもしれないが」
「じゃあリアルのほうでは?」
「そちらも同じだな。聞いたことはあるが、少なくとも私の周りでは廃れていたよ」
「へ~案外違うもんなんだな」
スバルはアインズにリアルも含めたバレンタイン事情を聴く。環境汚染で荒廃した世界に生きたアインズの世界では、バレンタインという企業の商材にからむイベントも、あくまで金銭的に余裕のある人々、すなわり全展型環境保全アーコロジーに居住するような上級国民のみの文化となっていたのだ。
「そういうスバルの世界はどうなんだ?」
「ん~おれの元いた日本ではあったけど……ロズっち先生~どうなの?」
「ん? 一応似たイベントはあったぁ~よ。もっともチョコとか決まってなかったぁ~けどね」
「そっか」
スバルやロズワールの世界ではあったらしい。しかしここまでくると気になるのは、他は? ということである。
「カズマ。おまえのところは?」
「わからん」
「なんでだよ」
「まだあの世界にそんなに長くいなかったし。でも日本人が結構転移・転生してる世界だから、どっかのだれかが作ったりしてるんじゃないか?」
「あ~」
スバルの質問にカズマは即答する。カズマにとってバレンタインとは鬼門だった。それはいろいろ過去のトラウマにも絡んだりするが、やはり元ニートとしてはあまり面白いイベントではない。しかもパーティーメンバーが甲斐甲斐しく準備してくれるとも思えないため、どうも乗り気ではなかった。
「じゃあ、バイス中尉とかの世界では?」
「聞いてておもったのだが、バレンタインとは男性から女性に贈り物をする日ではないのか?」
「え?」
バイスに言葉に、質問したスバルだけではなく、関係ないオーラを出していたカズマまで驚いていた。
「帝国では男性から意中の女性に贈り物をするという風習だったのだが」
「そうだな。花束なんかが一般的だな」
ターニャの部下達はバイスらの言葉に頷く。もしここにターニャがいればいろいろツッコミをいれることだろう。
現代日本のバレンタインは女性がチョコを渡すという風習だが、現代ドイツではバイス達がいうように男性のイベントなのだ。それに加え、日本ではすでに六十年以上の歴史を誇るバレンタインの風習だが、ドイツでは三・四十年程度でしかない。まさしくところ変わればということである。
「そんなわぁ~けで、バレンタインを通して文化交流というのが今回のお話ぃ~だぁよ」
「バレンタインを学校行事でやっていいことなのか?」
「文化交流というのぉ~は、立派な理由だぁ~よ」
カズマの熱いツッコミに表情を変えず答えるロズワール。
「文化交流……か」
「気になりますか? アインズ様」
「そうだな、正直いえば気になるな」
「さすがでございます」
「(え?)」
「アインズ様はナザリックそして魔導国の絶対支配者にございます。そしてゆくゆくは世界を統べるお方のお言葉、つまり異文化を知ることによる融和という統治法を学ぶ試金石にせよ、そうおっしゃりたいのですね」
「ナルホド。サスガワ至高ノ御方」
「すっげ~な。アインズはそんなことまで考えてるのか」
「(な? なんでデミウルゴスやコキュートスだけでなく、スバルまで?)」
アインズは、頭が良すぎて一周回って勘違いをするデミウルゴスと追従するコキュートスは横に置き、同郷であるスバルまで勘違いしだしたことに、必要以上に驚き精神抑制を発動させてしまう。
「スバルも理解されるようになりましたか」
「エミリアたんも王選を勝ち抜いて王になることをめざしてるからな。おれもそんなエミリアたんの手助けができればって考えてるのよ。そういう意味じゃあ、アインズはすでに王様なんだよな、なんかコツとかあるのか?」
「(ちょっ)」」
「スバル。あなたは王になりたいのですか? それは答えですよ」
「そっか、そりゃあ王様に王様の部下になるコツを聞いても、おかしなことになっちますよな」
気が付けばスバルとデミウルゴスが、仕える者とはと雑談をはじめたようだ。
アインズはクラスを見回す。
カズマとバイスらはどの女子がどの男子に渡すのか。そんな話題で楽しんでいるようだ。妖精のパックと猫のちょむすけは机の上で気持ちよさそうに眠っている。そしてマーレは一人我関せずと、図書館から借りてきたのだろうか? なにかしらの本を読んでいるようだ。
「ああ、本当に平和だ……」
アインズはそんな風につぶやくのだった。この後どんな修羅場が待っているとも知らずに……