廿参.ただの役得です
俺「雪も拭いてあげるよ」
雪「え、私は、その…」
俺「大丈夫。この部屋は外から中は見えないようになってるから、裸になっても覗かれる心配はないよ」
雪「でも、その…」
俺「それに、身体を清潔にしておかないと、皮膚病になったり寄生虫が住みついたりするから良くないんだよ」
雪「…。竹姫さまがどうしてもとおっしゃるなら」
べ、別に、俺は邪な気持ちで雪の裸を見ようと企んでいるわけじゃない。本当だ。いや、まあ、ちょっとはあるかもしれないけど、それはあくまでもおまけだ。ただの役得だ。俺は本当に雪を心配しているんだ!
平安時代の生活は、たとえ貴族といっても、現代人の生活に比べると格段に肌にストレスがかかる。特に入浴の習慣は皮膚病や皮膚の寄生虫のリスクを大幅に減らしているので、逆に言えば平安時代の人々は貴族も含めて極めて高い確率でなにかしらの皮膚病や皮膚の寄生虫に感染している。
俺は雪の白くて綺麗な肌が好きなので、できれば守ってあげたいのだ。
前から雪も身体を拭くほうがいいと思っていたけど、魔法が使えるようになって病気の治療もある程度できるはずなので、雪の肌の状態をきちんと見ておきたいと、今日思い切って誘ったのだ。雪が可愛すぎて我慢できなくなったのでは決してない!
そんなことを考えている間に、雪は小袖まで脱いで待っていた。俺は雪の背中を丁寧に拭きながら、肌の状態を観察する。あくまでも医学的にだ。決して(ry
(やっぱり、雪の肌は白くて綺麗だな。でも…)
予想通り、ところどころ炎症を起こして赤くなっている。まだ若いから肌に艶も張りもあるけど、こういう状態が続くとそのうち肌がくすんできてしまう。身体の側面の方まで丁寧に拭いていると、脇腹の所に掻いた後があることに気づいた。
俺「雪、ここ痒い?」
雪「…、はい」
雪はさっきから申し訳なさそうな恥ずかしそうな顔をしている。まあ、日常的に身体を洗うという習慣がない上に、普段お世話をしている主人からお世話をされているのだから、恐縮するのも当然か。
そもそも女房は主人よりラフな格好はしてはいけないことになっているし、平安時代の貴族の風俗では子どもでもない限り肌を見せるなんてほとんどしない。こんなふうに小袖まで脱いで半裸の状態になって肌を直接触られるなんて、それこそ…。
と、そこまで考えて、そういう状態になる数少ないシチュエーションの1つに思い至って、盛大に赤面してしまった。
(お、お、お、落ち着け! 俺! これはただ健康のために身体を拭いてあげているだけなんだ。大体、俺と雪は、お、女同士なんだからそんなことは絶対ない)
雪が向こうを向いていてくれてよかった。こっちを向いていたら、俺の動揺を見て不審に思ったに違いない。
俺は一息深呼吸すると、努めて冷静さを装って雪に話しかけた。
俺「ここね、炎症が起きてるから痒いんだ。でも、掻くと余計ひどくなっちゃうから、掻くのは我慢して、こんなふうに絞った手ぬぐいで拭いて清潔にしてあげる方がいいんだよ」
(本当は薬があればいいんだけど)
と思った俺は、ふと今すぐ使えそうな魔法はないかと記憶の中を調べてみる。しかし、治癒関連の魔法はどれも魔法で薬を作ったり、特殊な法具を使ったりするので、即座に使えそうなものは見つからなかった。
使える魔法が見つからないことに、俺は少しほっとしていた。俺はまだ雪の前で魔法を使うことを若干躊躇していたのだ。
もう結界を見られてしまったので、隠す必要はないかもしれなかったが、雪をびっくりさせて動揺させて、2人の関係をおかしくしてしまうことが怖かった。まだ俺の記憶には結界を見た後の雪の涙が鮮明に残っている。いずれ雪には魔法を使うところを見せるつもりだが、少し冷却期間が欲しかった。
(ごめん、雪。もうちょっと我慢して)
皮膚病というのは命に関わることは少なくても、感染力が強い上に治療が難しいのが多いので、予防を徹底する必要があります。現代でも水虫とかはまだ現役ですが、平安時代は疥癬とか蚤とか虱とかも普通に流行していて皮膚病天国です。