廿弐.墨のがんばり
泣いている女の子を目の前にして、すぐに慰める言葉が出てくるほど、俺は女性経験が豊富ではない。というか、女性経験なんて1次元(ラノベ)と2次元(漫画、アニメ)しかないのだ。気の利いたセリフが言えるものなら言ってみろってんだ。
俺「雪」
そう言って、俺はどうしたらいいかわからず、雪の側にしゃがむと、一番手元にあった雪の二の腕に服の上からそっと手を置いた。
すると、さっきまで全く近づいてこようともしなかった墨が、雪と俺の間に恐る恐る歩いて入ってきて、俺の方に身を寄せて、雪をじっと見つめた。
墨「にゃあ」
すると、雪は何かに気づいたように墨の頭を撫でて、
雪「墨ちゃん、ありがと。雪は竹姫さまにいじめられたんでも怖がっているんでもないんだよ。ただ、ちょっと驚いたのと、竹姫さまがお優しかったので、思わず泣いちゃっただけなの。だから、安心して」
と言って、俺の方に向き直って言った。
雪「竹姫さま。取り乱してしまって申し訳ありませんでした。さあ、お食事にしましょう」
俺「…、雪。これからも、今まで通り、友達でいてくれる?」
雪「…、はい! もちろんでございます」
墨は、事態が落ち着いたと見るやいなや、急いで俺の傍を離れ、そのまま一目散に部屋の隅に走って行って、小さくなって座ってしまった。
俺、雪「ふふふ(ニコッ」
俺と雪は、その墨の慌てぶりを見て、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
雪は俺にとって大切な存在だ。それは単に可愛いからだけじゃなくて、雪が俺にとって唯一すべて見せてもいいと思える相手だからだ。21世紀のこととか天照のこととか、まだ話していないこともたくさんあるが、きっと雪なら時間はかかっても受け止めてくれる。俺はそう信じている。
(それにしても、墨は意外にいいやつだな)
結局、あの後もずっと、俺に対する警戒心を隠そうともしないで部屋の隅に縮こまる墨だったが、雪が泣いてしまったときには身体を張って雪と俺の仲を取り持とうとしてくれた。俺に身体を寄せている時も、身体が小刻みに震えているのが分かったくらいだったのに。
俺(墨。ありがとう)
墨(…)
夕食の後、俺はいつものように雪に湯を沸かして、手ぬぐいと一緒に持ってきてもらった。平安時代には風呂はなく、毎日身体を洗うという習慣もないのだが、現代人の俺にはさすがにそれは耐えられないので、手ぬぐいで身体を拭いてもらうのを日課にしているのだ。
残念なことに、平安時代にはまだ木綿がない。正確には、輸入品としては存在していたが、国内では栽培できず、絹よりも高級品だったのだ。木綿は手ぬぐいやタオルには最適な素材なので痛手なのだが、仕方ないので上質な麻の手ぬぐいを仕立ててもらって、それを愛用している。
俺「雪、準備できた?」
雪「いつでもいいですよ」
雪の準備を確認して、俺は小袖を脱いだ。雪は絞った手ぬぐいを持って、丁寧に背中を拭いてくれる。拭き終わると手ぬぐいを受け取って、背中以外のところは自分で拭く。成人前で化粧をしていないので、顔も拭く。でも、髪はどうしようもない。
(シャンプーしたいなー)
俺は、心は男だが身体は女なので、一応その辺の身だしなみはちゃんとしておきたいと思っているというのもあるが、それよりもあんまり長い間シャンプーしないと虱がわきそうで嫌だ。
現代のように日本人が毎日お風呂に入るようになったのは、本当に最近のことです。平安時代にはそもそも湯に浸かるというスタイルのお風呂も、ごく特殊な用途以外には存在しませんでした。お風呂を含めた平安時代の衛生事情についてはそのうちまたネタにする機会があるはずなので、その時にまた。