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HPVワクチンと名古屋スタディ/下

3万人調査の結果は「子宮頸がんワクチンと接種後の症状に関連はなかった」

鈴木貞夫 名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

八重論文公開以降の経過

 八重論文は公益社団法人「日本看護科学学会」(JANS)という学会が発行する英文誌Japan Journal of Nursing Science(JJNS)から出版されている。

 JJNSは日本で発行されている唯一の看護学分野の英文雑誌であり、「査読」という学会誌編集部による採否や内容に関する事前チェックも行われている。査読がある英文誌ということは、科学的な論文の質を担保する条件であり、この点で名古屋スタディのオリジナル論文である鈴木論文と八重論文は同等なものとして扱われている。

 しかし、JJNSは看護科学分野の雑誌であり、疫学は専門外である。これだけ問題のある論文を採択しているので、査読に問題があったと考えるのは当然で、JJNS編集にあてて、論文取り下げ要求の「レター」を書いた。査読付きの科学誌ではこうしたレターで、論文に異論を唱えたり、場合によっては論文の取り下げの要求をしたりすることも可能である。八重氏らは鈴木論文に不備があると考えるなら、JJNSに論文を投稿するのではなく、 まず鈴木論文の掲載されている「Papillomavirus Research」誌にレターを出すべきであろう。

 私の書いたレター(注7)は、八重氏らの返事(注8)とJJNSの編集長のコメント(注9)がつき、投稿から半年以上が経った2019年8月に出版された。八重氏らの返事はレターに回答する内容にはなっておらず、編集長のコメントも科学的判断をすることなく、「広範な議論を」と呼びかける内容であった。半年以上待ったあげく、方法論的な正誤の問題を意見の多様性の問題にすり替えているような印象を受け、失望した。

 この返事に対してのレター(第2弾)(注10)は、上記のシミュレーションやバイアスの仕組みについてまとめ、9月に提出、10月に受理、12月に八重の返事(注11)、編集長のコメント(注12)と共に出版された。

 結論は「八重論文の取り下げは行わず、これ以降の議論はしない」であった。研究者によるレター、専門家によるコメントなどの「広範な議論」は一切行われず、幕引きが行われた格好であり、一度出版されてしまった論文の取り下げは、これほど問題のある論文でも簡単ではないようである。なお、複数の研究者がJJNSにレターを投稿したものの、「鈴木レターへ回答したので他は掲載しない」という形で、掲載を拒否されている。これも「広範な議論」を呼びかける姿勢と矛盾していることを指摘しておきたい。

 八重論文についてのJJNSでの議論はこれで終わってしまったが、場所を他に移して今後も行われるべきである。なお、名古屋のデータを使用した査読のついていない日本語の論文や、学会発表については、上記理由で学問的には一定のレベルに達していないと判断されるため、ここではコメントしない。

「どちらが正しいか」活発な議論を期待

 名古屋のHPVワクチンデータを使用した解析はいくつかあるが、査読付きの英文誌に掲載されているのは、鈴木論文と八重論文の2つのみである。同じデータから相反する結果が出ることはそもそも混乱を招く事態であり、しかもこれは「解析により多少異なる結果が出た」というレベルのものではない。「どちらが正しいか」という議論は必要と考えるし、歓迎する。

 八重論文の主著者八重は聖路加国際大学の統計学の准教授、共著者椿は大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所長という責任のある立場の研究者である。八重論文が正しいと考えるなら、鈴木レター1、2で指摘した問題点にきちんと向き合い、そのうえで自分たちの考えの正しさを主張すべきであろう。活発な議論を期待している。

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筆者

鈴木貞夫

鈴木貞夫(すずき・さだお) 名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

1960年岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了(予防医学専攻)、Harvard School of Public Health修士課程修了(疫学方法論専攻)。愛知医科大学講師、Harvard School of Public Health 客員研究員などを経て現職。2006年、日本疫学会奨励賞受賞