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HPVワクチンと名古屋スタディ/上

3万人調査の結果は「子宮頸がんワクチンと接種後の症状に関連はなかった」

鈴木貞夫 名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

「年齢調整」を行うのは当然

 次に年齢調整について、会議は「ワクチン接種の影響がないのであれば差は現れないはずであるから、この結果は明らかに不自然であり、年齢調整の誤りを示している」と言っている。年齢は、どんな分析疫学研究であっても、交絡因子(調査しようとする因子以外で、結果に影響を与える因子)の候補として明示的に考慮しなくてはいけない筆頭のものである。

 そもそも「交絡」というのは、原因と目される因子と結果(アウトカム)の両方に関連し、疑似的な関連を生じる現象である。ここで「年齢の交絡」というのは、HPVワクチン接種と症状が無関係と仮定した状況下でも、「HPVワクチン接種あり」⇒「相対的に年齢が高い(接種率が経年的に下がったため)」⇒「症状がでやすい」という経路により、疑似的に関連が観察される現象である。これを防止するために「年齢調整」が行われる。

 HPVワクチン接種と症状の2つだけの関係を解析する「単変量解析」(原因の変数が単数という意味)では、上記経路の存在により実際には年齢の効果であるのをHPVワクチンが「肩代わり」してしまう現象が生じる。これは年齢のデータがモデルに入っていないので、年齢の関与が解析できないためである。

 しかし、年齢をモデルに入れた「年齢調整解析」では、年齢の効果は年齢の効果として別に評価されるため、HPVワクチンの肩代わりがなくなり、HPVワクチンの効果は年齢に影響されることなく評価される。

 もし年齢の交絡がなければ、単変量解析と年齢調整解析で同じオッズ比になり、年齢調整によって結果がゆがめられることはない。したがって年齢調整はほとんどの疫学研究でルーチンに行われている。結論として、年齢調整を行うのは当然で、論文で「調整の理由」についてことさら言及することがないのはこのような理由による。

 繰り返すが、交絡因子候補が実際に交絡因子ではない場合には、単変量解析と年齢調整解析の結果は一致する。別の表現をすると、両者の結果に差があればそれはすべて年齢の交絡が原因であるということである。ここから言えることは、年齢調整は、年齢が交絡しないという保証がない限り、「必ず行うもの」であり今回のように調整により結果が変わった場合には単変量解析の結果は年齢の交絡を受けており、誤りであるということである。

 論文の査読で、もし年齢調整を行わなかったら理由を問われるが、行ったことに対して、その理由を聞かれることはない。疫学論文での興味の焦点は要因とアウトカムの関連であり、調整項目はリストとしてあげられるだけで、年齢に限らず、交絡要因として調整した理由について言及する必要もないし、行われてもいない。会議は論理的な意味において「年齢調整が行われたため結果が不適切になってしまった」というなら、そのような例を文献としてあげ、本件がそれに該当することを示す必要がある。

関連は観察されなかった

 以上、会議の「見解」がいかに無意味なものかについて述べた。見解は名古屋市長宛てであったため、私が会議に直接回答することはなかったが、解析担当者として、この見解に対する上記内容の回答を市長あてに出している。ただし、それは「公文書」ではないらしく、開示の対象とはなっていない。

 この見解の内容で、速報に対する苦情が名古屋市に届いたため、当初計画していた内容の本報告は出せなくなったらしく、2016年6月に出された報告は集計結果、生データ、自由記述のみで、解析は削除された(注1)

 この件に関して、個人的な感想をひとつだけ述べると、名古屋市と研究者としての私は独立したものだということである。私は報告書の資料の提供はするが、報告は名古屋市の裁量で出せばよい。逆に名古屋市が私の論文について何か介入するようなことはあってはならないと思う。名古屋市の本報告は私にとって不本意なものであったが、名古屋市はこの独立関係は保ってくれた。研究内容の学会発表や論文投稿は自由に行え、一切の圧力はなかったことを述べておきたい。

 ただ、名古屋スタディを行った自治体として、ワクチン接種に関するパンフレットの作成などしてもらえたらという希望は持っている。岡山県などではすでに行われているので、是非お願いしたい。

 名古屋市の報告から論文採択、公開までに非常に長い時間を要したのは色々な原因があると考えるが、世界的にHPVワクチンの危険性について現在のエビデンスで確立したものはほとんどないので、「HPVワクチン接種と接種後の症状と間に関連はなかった」ことに新規の知見がないということが論文の不採択が続いた理由であると考えている。ともあれ、名古屋スタディとして論文(注3)が採択されたのは、2018年2月のことであった。

 論文の内容については、オープンアクセスなのでネットで検索して原文を読んでいただきたいが、実は多く語ることはない。論文は「日本人若年女性におけるHPVワクチンと接種後の症状とのあいだに関連はなかった:名古屋スタディの結果」というタイトルが示す通り、HPVワクチンが接種後に現れるとされる症状のリスクとなるような関連は観察されなかった。

 副次的な解析では、時間関係に一歩踏み込んだ解析も行った。接種前からある症状は接種が原因ではなく、因果関係の分析のためには除くべきである。しかし、アンケートでは接種者に非接種者にも同じように聞かなくてはならないので、「接種前の症状は除外して答えてください」という聞き方はできない。非接種者には「接種前」という状態が存在しないからである。

 その代わり、小学6年生から含めた症状の時期を、解析時に後ろにずらすことは可能である。この方法で低年齢での症状を削除することにより、ワクチン接種前に出現した症状はある程度除けるので、もし、主アウトカムで結果が変わることがあれば、因果によらない低年齢での症状を削除した結果のほうが妥当なので採択すべきである。

 低年齢での症状を削除することにより変化が見られたのは「医療機関受診」に関してのオッズ比で,削除により全24症状で上昇した。特に症状18(簡単な計算ができなくなった)、症状19(漢字が思い出せない)の2症状で5倍程度のオッズ比が観察された。しかし、これは受診でしか観察されなかった。すなわち、症状出現(主アウトカム)だけでなく、「現在の症状残存」についても低年齢で出現した症状の削除によるオッズ比に変化は見られなかった。

 症状の出現ではワクチンと関連がなく、受診にだけ一部で関連が見られたことについては、接種者で症状が出現した場合に受診することが多いことを示している。この現象は「接種との関連が心配で受診した」という受診行動を感知した結果(同じ症状でも接種してなければ受診しない)と考え、ワクチンと症状との因果関係とは考察しなかった。(次回につづく)

※「HPVワクチンと名古屋スタディ(下)」は3月15日午前11時に公開予定です

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筆者

鈴木貞夫

鈴木貞夫(すずき・さだお) 名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

1960年岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了(予防医学専攻)、Harvard School of Public Health修士課程修了(疫学方法論専攻)。愛知医科大学講師、Harvard School of Public Health 客員研究員などを経て現職。2006年、日本疫学会奨励賞受賞