鈴木貞夫(すずき・さだお) 名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)
1960年岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了(予防医学専攻)、Harvard School of Public Health修士課程修了(疫学方法論専攻)。愛知医科大学講師、Harvard School of Public Health 客員研究員などを経て現職。2006年、日本疫学会奨励賞受賞
3万人調査の結果は「子宮頸がんワクチンと接種後の症状に関連はなかった」
名古屋市が入力したデータを受け取り、解析に入る前にデータのクリーニングと固定の作業を行った。通常、解析者はオリジナルのデータには手を付けずそのまま保存し、プログラムにより修正する。
たとえば、ワクチン接種に無回答(どこにも〇がついていない)だが、ワクチンの個別の質問に答えている(接種回数、接種時期など)場合は「接種した」と修正するような内容である。この作業でデータを固定してのち解析に入った。解析に入ってからのデータ修正は行っていない。オリジナルデータは、前述のとおり公開されている(注1)。
解析は、速報を出す2015年12月をめどに行った。結果的に、HPVワクチンと症状との因果関係は否定的であった。24項目にわたる症状は、HPVワクチンを接種した人で多くみられることはないという結論が得られたのである。
関連の強さを示すオッズ比(ある事象の起こりやすさを2つの群で比較して示す統計学的な尺度)の数値は、関連がなければ1、関連が強いほど数字が大きくなる。薬害におけるオッズ比などの相対危険度は、サリドマイドで380倍、スモンで1000倍超など、非常に高い値を示している。したがって、今回の解析でも、因果関係があれば(特に接種後症状として特異なものとされる症状では)かなり高い数値が予想されていた。
しかし、名古屋スタディにおける「症状あり」の最大オッズ比は症状20(体が無意識に動く)の1.20であり、その低さは衝撃的であった。個々のオッズ比の統計学的有意性(統計学的に「偶然ではない」と判定できること)に議論が集中しがちになっているが、「高いレベルのオッズ比がどこからも観察されなかった」という点が今回の解析の最も重要な結果であると考えている。
名古屋スタディでは、HPVワクチン接種と接種後に現れたさまざまな症状との因果関係を積極的に支持するものは1つもないことが明らかになった。症状の原因をHPVワクチンだけに求めることには無理があり、他の可能性についても考えなければ危険だろう。もちろん、原因が何にせよ、現に症状に苦しんでいる人たちへのケアは必要だし、無過失補償は考慮すべきだと考える。
12月の速報発表前にNHKに情報が不正確に洩れてニュースで報道されてしまうという小さいハプニングはあったが、それ以外には特に問題なく速報は発表された。この速報の直後に薬害オンブズパースン会議(以下、会議)から「見解」が発表された(注2)。意見の概要には5つの項目があげられているが、論点は、①研究デザインが因果関係を推論できるものか、②年齢調整は適切か、の2点であろう。この指摘がいかに的外れなものであるか、説明する。
まず、研究デザインについてである。会議は「実態調査であることの限界から、分析疫学の解析手法を適用して接種群と非接種群の統計学的有意性の検定を行い、因果関係を推論するには適さない。」と述べているが、完全に誤りである。
疫学は、国際疫学学会(IEA)により「特定の集団における健康に関連する状況あるいは事象の、分布あるいは規定因子に関する研究」と定義づけられているが、この「分布」に関する研究を「記述疫学研究」、「規定因子」に関する研究を「分析疫学研究」と呼んでいる。
この研究を引き受けるにあたり、分析ができるようなデザインが可能であることという条件を出したことはすでに述べたが、この研究は、ワクチン接種者、非接種者の症状についての有無を聞いており、2×2のクロス表が作成可能である。接種者の追跡研究や症状保有者の接種記録調査では、デザイン上クロス表に空欄が生じるため、分析疫学は行えない。しかし、名古屋のデータは分析が可能な形になっている。「実態調査であることの限界」の具体的な内容やその正当性を示すことなく、分析可能なデータについて「因果関係を推論するには適さない」とする姿勢には疑問を抱かざるを得ない。
また、会議のメンバーである八重ゆかり・聖路加国際大学准教授も「分析疫学」論文を投稿しており(これについては次回に検討する)、完全なダブルスタンダードである。そもそも、名古屋スタディは連絡会が要望して行われた研究である。もしここからリスクが観察されても同じような見解を出すのか疑問である。
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