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HPVワクチンと名古屋スタディ/上

3万人調査の結果は「子宮頸がんワクチンと接種後の症状に関連はなかった」

鈴木貞夫 名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

日本初となる大規模全数調査

 すでに述べた通り、私がこの件に関わりだしたのが2015年4月なので、それ以前のことは事後に聞いたり調べたりしたものである。

拡大子宮頸がんワクチン、7万人調査の協力を呼びかけるアイドルグループ、OS☆Uのメンバー= 2015年9月13日、名古屋市

 時系列では、2010年10月に名古屋市独自事業でHPVワクチン全額助成が開始され、2013年4月、予防接種法に基づく定期接種になった。しかし、その頃から接種後の様々な症状が問題視され、同年6月、厚生労働省は積極的勧奨の一時差し控えを始めた。「一時」差し控えは現在も継続中である。

 翌2014年3月、名古屋市議会で、国に対してHPVワクチンとこれらの症状との因果関係の調査を求める意見書が可決されたのに続き、2015年 1月、被害者連絡会愛知支部(以下、連絡会)が名古屋市長にあてに調査の要望書を提出し、市長が実施回答をした。このことから調査が具体化し、同年4月、名古屋市立大学大学院医学研究科公衆衛生学分野(以下、名市大公衆衛生)に調査依頼が来たという経緯であった。

 このように「名古屋スタディ」は、連絡会主導で始まったものであり、因果関係解明が期待されていたものであった。私個人は、それまでHPVワクチンの研究をしたことはなく、HPVワクチン接種に関して推進、反対の立場を特に明確にしていたわけではなく、利益相反(COI)もなかった。COIは今でもない。

 研究依頼に対する私からの条件は以下の3点であった。①記述疫学ではなく分析疫学が実施できる研究デザインであること、②研究後、データは公開すること、③このデータで学術論文が執筆できること。

 ①に関しては、「接種したものだけ」とか「症状のあるものだけ」の記述ではなく、集団全体を対象とし、ワクチンの相対危険度が算出できる「分析疫学」を希望した。一部市町村で行われたような接種した者のみの追跡調査は、非接種者のデータがないため、リスクの違いが計算できないからである。

 ②は私が論文を出版した後に、だれでも検証や解析ができるよう、科学的な透明性を担保することを目的としたものである。

 ③は報酬のない依頼なので、成果を論文として出すことのみが私個人の研究に対する職業的なモチベーションであること、また、税金で行われる研究である以上、論文執筆は責任上必須と考えての希望であった。全てを受け入れてもらえたため、即日、研究依頼を受諾した。

 その条件下での研究の枠組みは、「当該年齢の全女性への無記名郵送アンケート調査」が最適と考えられたため、その方向でできる限り因果関係に踏み込めるよう内容を検討した。最重要事項である「症状」の選択については、名古屋市を通じて連絡会に依頼した。こちらで研究の質向上のために考えたことは以下のとおりである。

 ①回答者を本人に限定せず、保護者でも可とした。これは「誰が書いたか」の情報も取れば、回答者による調整や、本人回答限定の解析も可能であるため、回収率を上げるためにはよい方法である。

 ②症状については、「有無」のみでなく、「その症状で医療機関を受診したか」と「現在その症状が残っているか」についても質問した。症状についての3つの帰結(以下、アウトカム)による関連の違いについて考察が可能となった。ただし、主たるアウトカムは症状の有無とした。

 ③ワクチン接種、症状の発生のすべてについて時期を記載してもらった。事象の前後関係を明らかにすることで、因果関係について考察するためである。名古屋市も督促のハガキの発送をはじめ、市長の記者会見、イメージキャラクターによるポスター作製、地下鉄の電光ニュースでの広報など、回収率向上に努力した。

 こうして日本初となる大規模全数調査は行われた。この時期のTwitterなどを見ると、この調査がだれからも非常に期待されていたことがわかる。名古屋市に住民票のある小学校6年生から高校3年生までの女子約7万人に発送したアンケートのうち、返送されたものは3万通を超え、回収率にして43.3%であった、事前の目標は3万であり、それは達成できた。

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筆者

鈴木貞夫

鈴木貞夫(すずき・さだお) 名古屋市立大学大学院医学研究科教授(公衆衛生学分野)

1960年岐阜県生まれ。名古屋大学医学部卒業、名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了(予防医学専攻)、Harvard School of Public Health修士課程修了(疫学方法論専攻)。愛知医科大学講師、Harvard School of Public Health 客員研究員などを経て現職。2006年、日本疫学会奨励賞受賞