伍.いざ出発
夜になって、皆が寝静まってから、俺は式神を呼んだ。雪が帰った後、式神は、特に誰も使っていない隣の部屋に、不自然にならない程度にふすまを閉めて、隠れていてもらったのだ。満月の夜は、皆、なんだかんだと夜遅くまで起きているので、寝静まるまで時間がかかった。
俺『おい、式神』
式神『…』
俺『式神っ!』
式神『…』
呼びかけても全然返事がないので、仕方なく立ち上がってふすまを開けた。主人に世話をさせる式神なんて聞いたことがない。
俺『式神、何処だ?』
俺は、薄暗い部屋の中を見回して式神を探した。式神は、庭に面したふすまをを開けて、庭がよく見える、月明かりで明るい床に横になっていた。
(無用心だなあ。誰かに見つかったらどうするんだ)
俺は式神を起こすために、近づいて顔のそばにかがみこんだ。
(なんて美しくて可愛らしい寝顔なんだ)
月の光に照らされた寝顔は、昼の明るさの中で見たよりもさらにその美しさを増していた。あどけなさの中に、まだ幼いながらも艶やかさの萌芽が見られ、神々しいまでの完璧な美しさを持っていた。
俺は無意識のうちに、その顔をよく見ようと体を近づけていった。
(ッ!)
俺は、直感的に身の危険を感じて、体を後ろに反らした。
俺が退いた後の空間に、ワンテンポ遅れて式神が覆い被さる。
式神『あー、惜しい。もう少しで竹姫ちゃんのファーストキスだったのに』
俺『おーまーえーなー』
俺としたことが、容姿に見とれてこいつの本性を忘れていた。こいつはクソ変態式神だった。容姿に騙されてはいけない。
俺『とりあえず、さっさと服を脱げ』
式神『えー。竹姫ちゃん、意外にス・ケ・ベ…』
俺『とっとと脱げ』
式神に服を脱がせて、俺も服を脱ぐ。俺はなるべく式神の方を見ないように気をつけた。裸を見るのが恥ずかしいというのもあるが、容姿の美しさに見入ってしまって、また式神につけ入られることを警戒したためだ。
お互いの服を交換して、式神は竹姫の格好になり、俺は男装した。乙女の身だしなみとして伸ばしている髪は、立烏帽子の中にしまって、女性の痕跡を消した。
俺『じゃあ、行ってくるから、お前は俺の身代わりとして、あそこの布団の中で寝てろ。朝までには戻る』
そう言って、俺は足袋を履き、足駄を履いて、庭に降り立った。
庭は月明かりに照らされて青白く輝いていた。時折、雲が月を隠して辺りが闇に包まれるが、またすぐに月が顔を出して辺りに光が戻る。
(よし。行こう)
俺は意を決して屋敷の門に向かって歩き始めた。
転生して1ヶ月目が満月ってことは、転生して竹の中で発見された時も満月だったんですね。今、気づきました。それはともかく、平安時代の人は月を見るのが大好きみたいなので、きっと満月の夜は毎月飲み会なのでしょう。