肆.男装女子
俺は、箱に入っていた男性物の衣類一式をかたどった紙を取り出した。これらもまた、光を伴って消え、光と共に本物の衣類となって現れた。
俺『とりあえず、これを着て、息を潜めといてくれ。家の人に見つかるとヤバい』
式神『えー、可愛いのがいいのに』
式神はぶつくさ言いながら、狩衣に指貫袴を身に付けた。それを見た俺は、信じられないものを見た気持ちで、視線が釘付けになった。
(何という美少年)
美少女から美少年への変装は、あまりにも自然でかつ突然だった。美しさは性別を越えるとしか表現しようのない、完璧な美少年がそこに出現した。
式神『姫。そのように熱い視線を注がれては、私も男としてそれに答えないわけには参りません』
そう言いながら、茫然としている俺の唇に、式神がその美しい美少年の唇を重ねようとした。
俺『なっ、ちょっ、おまっ、おっ、おれっ、なっ、おっ、おまっ、おれっ』
俺は、驚きのあまり、何を言っているのか自分でもよく分からないまま、式神を突き飛ばした。なんというクソ変態式神だ、こいつは。
俺『お前は、俺で、しかも女の子だろうが! 何をやってるんだ!』
式神『シー。声が大きいよ。誰か来ちゃうかも』
俺『ッ!』
その時、向こうから廊下を足早に歩いて来る足音がした。
「竹姫さま。どうなされましたか?」
ふすまの影から現れたのは、侍女の
ちなみに、この時代はまだガラス戸はおろか障子すらも発明されていない。格子戸という、細かい格子状の穴の開けて目隠しと採光を両立させようとしている戸もはあるが、障子に比べると暗い。なので、基本的には部屋は戸であまり区切らず開放的になっていて、必要に応じてふすまや
俺「なんでもないのよ、雪。庭に綺麗な花が咲いているから、和歌でもと考えていたんだけれど、うまく考えがまとまらなくて」
俺は、とっさに庭に咲いているあじさいを見て、適当な嘘をでっち上げた。式神は反対側の奥のふすまの影に隠れている。とりあえず、雪をこの部屋から出さないと。
雪「まあ、それは素晴らしいですわ。あの花はあじさいという花でございますの。梅雨の季節に咲く花で、この花が咲き始めると、雨の季節がやってきますわ」
俺「まあ、あじさいというのですね。綺麗な名前ですわ。近くに寄って見てもよろしいかしら?」
俺はそういうと、雪を庭に連れ出した。これでなんとかごまかして、そのまま帰ってもらおう。なんなら和歌の一つも詠んでみれば、満足してくれるはずだ。
和歌は当時の基本教養の上に、ポピュラーな娯楽でもありますので、7歳くらいだと子供らは和歌の真似事をして遊ぶのかなあとか思ったり。
ところで、障子の誕生と普及は平安時代末期の平清盛が活躍した頃まで待たないといけないのです。平安時代は間仕切りの発達とそれに伴う室内空間の使い方が大きく変わっていった時代ですが、この話の舞台設定は平安中期で、障子はまだ誕生していないけれども、ふすまの普及でプライベートな個室という概念が徐々に生まれてきた頃を想定しています。