電脳筆写『 心超臨界 』

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( ブリガム・ヤング )

真珠湾攻撃の真実 《 米国は真珠湾攻撃を予知していた 》

2020-02-27 | 04-歴史・文化・社会
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真珠湾攻撃をアメリカが予期していなかったという「定説」も、実は間違いです。戦争が始まる前からアメリカは日本の通信を傍受し、暗号もほぼ解読されていた。そういう意味では、決して卑怯な騙し討ちだったわけではないんです。戦時中も米国が日本の通信を傍受していたので、情報戦で日本は完全に負けていました。その点、日本はかなり甘かったと言わざるを得ません。
[ ケント・ギルバートさん、『「与える」生き方』、p155 ]


◆米国は真珠湾攻撃を予知していた

『真珠湾の真実』
【 ロバート・B・スティネット、文藝春秋(2001/6/26)、p490 】

《日本版あとがき》

米国ではすでに刊行されていた本書のハードカバーに含めるには余りに遅すぎた、4千点以上の諜報通信関連の記録文書を、2000年5月、著者は発掘することができた。これらの文書はどれ一つとして、これまでに(公開)検証されたことはなかった。これらの資料は、米国が日本による真珠湾攻撃を事前に察知していたことをさらに立証できるものであり、真珠湾論争で最大の争点となっている、次の二つの問題を解決するのに役立つものである。

評論家たちは、米国が真珠湾攻撃を予知していたことを否定して、次の二点を主張している。

(1) 彼らは米国の暗号解読員たちが日本海軍の暗号を破るのに失敗した。そして、

(2) もし仮に暗号を破ることに成功し、翻訳できたとしても、日本海軍の提督たちが無線封止を続けて、真珠湾が攻撃目標となっていることを無線電報の中で明かさなかったので、日本の攻撃目標を正確に把握することができなかった。

これら二つの主張は、新たに公開された記録文書により覆すことができる。情報の自由法(FOIA)によって、2000年5月に公開された記録文書の中に含まれている歴然とした証拠は、日本機動部隊がハワイに向かっていた1941年11月中旬には、米国の暗号解読員たちが日本海軍の主要暗号を解読しており、日本海軍の最高指揮官たちが海軍の放送電波に乗せた一連の無線命令の中で、真珠湾が彼らの攻撃目標であることを明らかにしていた。60年間にわたり、米国の国民と議会の目から隠され続けていたこれらの文書は、疑いようのない真実を明らかにした。日本海軍の最高の地位にあった提督たちは、日本海軍の機動部隊が北太平洋及び中部太平洋を横断してハワイに向かう途中に通信情報を追跡されたことにより、膨大な秘密情報を(米国に)提供した。

1941年米国の暗号解読員たちは眠っていたわけではなかった。グルー駐日大使が彼の諜報網により日本が真珠湾空襲を計画していることを知った直後、日本機動部隊の編制がコレヒドール島の無線監視局CASTにより発見された。米国情報筋は、ホワイトハウスに対して、グルーが1月に送った警告を確認した。日本の機動部隊とその司令官とがすべて確認された。電信上等兵曹レロイ・ランクフォードは1941年4月22日、機動部隊が3万6500トンの空母赤城を中心とする部隊であることを正しく認識して、機動部隊について最初の詳細な情報を提供した。

ランクフォードの情報は論争の余地のないものであった。ハワイ攻撃のための第一航空艦隊として知られる日本の機動部隊が編制された時、彼はその指揮官に付与された秘密の呼出符号を解読し、その指揮官を追跡した。赤城に坐乗していた第一航空艦隊司令長官・南雲忠一中将が機動部隊所属の各艦に無線で命令を伝えていた一方で、ランクフォードら、米国の暗号解読員たちがそれらの電報を盗聴し、秘密情報をホワイトハウスに報告していた。電子的な監視から逃れる方法はなかった。アラスカのダッチハーバーから、サモア、ハワイ、コレヒドール及びサンフランシスコの二カ所、合計六カ所の米海軍無線監視局は、南雲と赤城の動きをすべて追跡していた。

1941年11月16日〔マニラ時間〕には、CASTのランクフォードの同僚が、記念となるような快挙をなしとげた。つまり、彼らは日本海軍の主要作戦暗号を解読したのである。CASTの局長ジョン・M・リートワイラーは、部下たちが日本海軍作戦暗号の傍受、解読及び翻訳に成功したと、次のとおりワシントンに書き送っていた。「われわれは二名の翻訳係を多忙ならしめるのに十分なほど、現在の無線通信〔電報〕を解読している」。部下の暗号解読員たちが日本海軍の主要暗号を解読したという、リートワイラーの告白は、2000年5月、FOIAにより彼の手紙が公開されるまで、米海軍の秘密の地下金庫で眠り続けていた。リートワイラーの書簡は、記録文書に添付されている米海軍の索引にも、第二公文書館で作成された索引にも記録されていなかった。

日本海軍の提督たちは、自分たちの使用している海軍暗号の秘密が確実に保全されていると信じて、真珠湾までの数週間、彼らの意図を明らかに伝える電報で情報ルートを一杯にしたのである。こうして暴露された電報のうち四通は、11月5日から12月2日までの期間に、軍令部総長永野修身大将から発信されていた。永野は打電した電報の中で、通信保全上のあらゆる規則に違反していた。かれは、日本が米国、英国及びオランダを12月上旬に攻撃することを明らかにした無電命令を11月5日に打電した。それから、帝国海軍の作戦部隊指揮官である山本五十六大将は、米、英またはオランダから挑戦された場合には、日本は全兵力を使用するよう指示された。〔1941年11月21日発信〕。

永野の命令は引き続き打電された。山本は南雲中将及び第一航空艦隊に対して1941年11月26日〔日本時間〕、単冠湾を出港して北太平洋を東進し、ハワイ北方で燃料補給を実施するよう命じた。そして、最後に永野が米英蘭に対する武力発動日時を1941年12月8日と指定した〔日本時間、12月2日発信〕。

傍受されたこれらの電報に基づき、ルーズベルト大統領とジョージ・マーシャル陸軍大将が、日本との戦争は12月第一週に始まるだろうと予言した。ルーズベルトと彼の主要な助言者たちが何を考えていたか、われわれはより多くのことを知っているはずだが、日本の無線暗号電報は、今もなお米国の検閲によりおおい隠されて、完全には公開されていない。著者は永野が打電した電報に関する全情報を求めて、情報の自由法による申請を提出したが、その情報はまだ公開されていない。

日本海軍の傍受電報とその通信及び解読データを「国防機密」に指定し続けることにより、国家安全保障局(NSA)は優秀な暗号解読員たち及び、1941年に米国と同盟国により運営されていた無線監視局が入手した無線情報並びに歴史そのものに対し、ひどい仕打ちを続けてきた。その結果、著者は傍受した日本海軍の電報のうち、少なくとも14万3000通に加えて、それらの電報に付随している通信データが、1941年の米海軍ファイルの中で人目に触れることなく眠っていると、見積もっている。

それにもかかわらず、真珠湾に関する、主要な秘密はついに公開された。何年間にもわたり否定され続けたあとで、真相が明らかになった。つまり、われわれは(真珠湾攻撃)を予知していたということである。

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