七話 ソードマスター ワンフォーオーガ
勝利を確信した状況だったからだろう。
突然の乱入者――つまりは僕――を前に、オーガ達は混乱の真っただ中にいるようだった。
僕はその隙を見逃さない。
我ながら驚くべき速度で一番近くにいた個体の懐へと潜り込むと、手にしていた剣を振り下ろす。
血煙が舞う。
次いで、野太い悲鳴。
僕の剣はオーガの纏う鎧の間を突き、喉元を切り裂くと、一撃にして相手の命を奪っていた。
「――!」
恐らくは、群れのリーダー格なのだろう。
一番大きな個体が、統制を取り戻そうと怒号を上げる。
――でも、もう遅い。
他が応えるより
殆ど自然体の行動。
多分、呪文の詠唱と同様、
おかげで思考するより先に身体が動き、的確に急所を貫いていく。
宵闇の中、時間と共に動く影の姿は消えていき――。
最後には、群れの長一匹だけが残されていた。
◆
対峙しつつ観察する。
最後のオーガは、前述のとおり他の個体と比べてもかなり巨大で、僕の背丈の二倍――いや、三倍はゆうにあるほどだった。
左手には、その巨体を半分ほど覆い隠す大盾が。
一方、逆手には、未だ血痕の残る
長としての特権だろうか。
他のオーガは片手に武器だけしか装備していなかったけど、やつだけは身を守ることにも重きを置いているらしい。
だとしてもやることは変わらない。
僕は一瞬にして詰め寄ると、剣を振るった。
柔らかな灯火が、鋭く弧を描く。
――先ほどまでと同格の相手なら、これであっさりとケリがついたのだろう。
だけど、周囲に響き渡ったのは、ガキンという、金属同士がぶつかりあう音だった。
大盾を切りつけた結果、手に残るのはじわりとした痺れ。
それを払う余裕もなく、殺気を感じてすぐ左へと逃げる。
ほんの少し前まで僕がいた場所には、棍棒が振り下ろされていた。
追撃を警戒し、身構える。
上手くやればカウンターを狙えるかもしれないと考えながら。
「……?」
でも、僕の予想に反し、オーガは動かない。
それどころか、大盾に身を隠し、軽く後ずさるほどだ。
……一見は消極的なこの動き。
実のところ、僕にとってはもっとも厄介なものだった。
イナンナは
つまり、ガチガチに守りを固められてしまえば、剣では大したダメージは与えられないわけで。
奇襲をかけたのも、元はといえば、不意を突いて急所を狙いやすくするためだった。
野性的な直感だろうか。
それをあっさりと見破るのだから、戦い慣れている。
「……ハァッ!」
長期戦は得策じゃない。
鬼人と少女――それも、寝たきりから目覚めたばかり――、どちらがスタミナで勝っているのは明らかなのだから。
それに、他の魔物が血の匂いを嗅ぎつけて乱入してくる可能性もある。
どちらもゲーム的にはなかった要素だけど、今、僕の目の前に広がっている『ルフェリア』は現実なのだから、何が起きてもおかしくない。
若干の焦りを込め、幾度となく剣を振るう僕。
でも、大盾を前に攻めあぐねてしまう。
押されては引き、引いたところを押してくる。
肉体的なスペックでは僕の方が上なのだろうけど、身のこなしに関しては一日の長が向こうにあった。
僕を睨み付け、獰猛な笑みを浮かべるオーガ。
その瞳はどす黒く濁っていて、ただならぬ憎しみを感じさせた。
「……体力的にも残りの魔力的にも、あんまり使いたくはなかったんだけど」
……このままじゃ、埒が明かないのも確かだ。
僕はぼそりと呟くと、バックステップで距離を取る。
大よそ、十メートルほど。
下手に体勢を崩せば隙を突かれかねないと理解しているのか、オーガも深追いはしなかった。
予想通りとはいえ、好都合。
僕は精神を集中し――勿論、オーガの動きから意識は逸らさない――口の中で詠唱。
手にしていた剣へと魔力を流し込む。
「――」
再度、煌めく刃。
でも、剣に宿っているのは、先ほどまでのか細い光とは違う。
髪色と同じ、煌々と燃え盛るような赤。
「……いくよ」
正眼に構え、誰ともなしに僕は呟いた。
そして、跳躍。
「―――!!」
呼応するかのようにオーガが吠える。
でも、それは威嚇のためじゃない。
――受けた痛みに対する呻き声だ。
緋色に輝く剣は鋼鉄で出来た大盾を絹のように引き裂くと、勢いをそのままにオーガの左腕を切り飛ばしていた。
何が起きたのかわからない。
一瞬だけ見えた鬼人の顔には、そうありありと書かれていた。
説明してやる義理もない。
もっとも、言葉は通じないだろうけど。
大勢は決した。
宙を舞う大盾が地面に落ちるより早く、返す刀で僕は一閃。
次に貫かれたのは纏われていた鎧で、血飛沫が夜露に濡れる草木を赤く汚す。
巨体が崩れ落ち、怒りの雄たけびが断末魔へと変わるまで、そう時間はかからなかった。