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ちょっと女神様! このNPC、ラスボスなんですけど! 作者:ぽち
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五話 されるがままファッション ガールズモード

「はい。終わりましたよっ!」


 イナンナの寝室の鏡台の前。

 衣擦れの音が止むと、シアが言った。


「ありがとう、シア」

「いえ、当然のことをしたまでです!」 


 つい先ほどまで、僕は彼女に身支度を手伝ってもらっていた。

 自分より年下に身の回りのことをやってもらうのは気恥ずかしかったけど……。


『巫女様のお世話をするのが私のお仕事ですから!』


 と主張されてしまえば否定のしようがなかった。


 まあ、どうせ僕には女性の身支度の作法なんてわからないのだ。

 渡りに船だったのかもしれない。


 さて、鏡の前には、赤髪の少女が居心地の悪そうにして佇んでいる。

 ――要するに、僕だ。


 服装は、ところどころにフリルがあしらわれた白のカットソーに、ブラウンのホットパンツ。

 上は谷間が覗くぐらいに胸元が開いていて、下も真っ白な脚線美が惜しげもなく曝け出されている。

 ネグリジェほどではないけど僕にとっては目に毒だった。


 「動きやすく、かつ、出来る限り露出度が低い格好がいい」とオーダーしたのだけど、あまり自重していないように思える。

 だけど、シア曰く、これが一番まともな部類だそうで。

 他にはギリギリを攻めているとしか思えないミニスカートが候補に挙がるほどだったので、こちらの方がはるかにマシなのだろう。


 クラスの女子が時折、「露出すればするほど可愛い」と言っているのは耳にしたことがあるけど、聖職者としてそれでいいのだろうか?


 ……いや、邪神の信徒なんだし、むしろそっちの方が推奨されているのかな?

 往々にしてそういう役職は妙に露出度の高い服を着ているものだし。


「それにしても、巫女様はどうして先ほどまでずっと目を瞑っていたのでしょう?」

「……そういう気分だっただけだよ」


 一人で納得していると、怪訝そうにシア。

 それに、ぶっきらぼうに返す。


 彼女の言うとおり、着替えの最中、僕はずっと目を閉じていた。


 女性の身体に興味がないかと言われれば嘘になる。

 でも、だからこそ、見るのを避けてしまった。


 下手したら、自分で自分に見惚れるなんて失態をやらかしそうだし。

 確認するにしても、せめて幼い女の子の前ではなく、一人しかいない状況でやらせてもらいたい。 


「で、さっきの続きだけど」


 下手に突かれても厄介なので、僕は話題を逸らすようにして本題に入る。

 シアは髪を整えるために櫛の準備を始めていた。


「僕は、王都まで出て冒険者の力を借りようと思っている」

「冒険者……ですか?」

「うん。それも、凄腕のね」


 生まれて初めての感覚だけど、髪の毛を梳かれるというのは意外と気持ちの良いものらしい。

 ちょっとうっとりとしながらも僕は続ける。


「わかっていると思うけど、今の僕たち(・・・)は勢力として大きく弱体化している。だから、仕返しに奇襲をかけても、『神呼びの腕輪』を取り戻すどころか返り討ちにされるだけだよ」

「それは……わかりますけど」


 鏡越しにむっとした顔の犬耳の少女が見えた。

 だからといって手を止めるわけではなく、シアは手慣れた様子で僕の髪をセットしていく。


「そのために、冒険者の力を利用する。幸い、アテはあるからね」


 ちなみに、これが僕の組み上げたシナリオの、導入としてイナンナが酒場を訪れるまでの流れ。


 彼女は自分を小神の信徒であると偽り、一方的な被害者である風を装った。

 全ては冒険者を騙すため。


 もし、冒険者たちが依頼を成功すれば『神呼びの腕輪』を労せず取り戻せるし、失敗しても対抗勢力に打撃を与えられる。

 どう転んでも美味しい策で、漁夫の利を狙うつもりだった。


 わざわざ同行を申し出たのは、バイモン教団が口を滑らせるより早く始末しようとしてのこと。

 最悪、正体を明かされたとしても、動揺をついて神器を持ち逃げすれば作戦は成功だ。


 つまり、真一たちのパーティ――『ヴェルダー』は邪教団同士の陰謀に巻き込まれた形となる。


「交渉は僕がするよ」


 サイドテールとでもいうんだろうか?

 後ろ髪が耳より下のあたりで一まとめに結われ、左側の方へと緩やかなS字を描くのを見ながら、僕は提案する。


 ――これは、一石二鳥を兼ねてのこと。

 僕は、着替えを手伝ってもらっている間、状況を整理して一つの推測を立てた。


 それは、親友たちも僕と同じように、『ソード・ファンタジー』のキャラクターに転生しているのではないか……という説だ。


 例えば、真一はシグルドに。

 他の二人も、それぞれの持ちキャラクターへと。


 そう考えれば、女神様の言動とも一致する。

 カンスト間際のキャラクターたちだ。

 並みの相手に引けを取るはずがないし、クエスト達成の勝算も高い。


 でも、僕はゲームマスターなので、愛用しているキャラクターなんて存在しない。

 だから、消去法的に、死亡寸前に演じていたNPCが宛がわれた。


 もしかしたら、本命は僕以外の三人であって、僕はおまけのように転生させられたのかもしれない。


 勿論、確証と言えるようなものはない。

 でも、それが正解かどうかは、『ヴェルダー』が常駐している設定の王都に行ってみればわかるだろう。

 どちらにせよ、友人との再会は急務だった。


 ……だから、僕としてはシアにあっさりと納得してもらえると助かったんだけど。


「何故、巫女様自らが出向かれる必要があるんです? そのような小間使いとしての役目は、私が承ります!」

「え……。それは」


 意外なことに、シアは食い下がってきた。

 シナリオ通りに話を進めるにしても、きちんと説得しなければならないということだろうか。


「……命を賭ける依頼を出すんだから、冒険者に信頼してもらうためにも、張本人が出向くのは当然のことじゃないかな?」


 まさか、単に教団側に名前ありのNPCがイナンナしかいなかったから……なんてメタ事情を話すわけもいかず、適当な理由を付ける僕。


 そもそも、正体を知っている相手が近くにいるというのは、僕にとって決して好ましい状態ではなかった。

 ふとした拍子にシアが口を滑らせでもしたらどうだろう。


 真一たちは気に病み、人間界に戻ることを諦めてしまうかもしれない。

 それだけは避けたい事態なので、僕は必死に説得をする。


「いえ、どんな粗野な男がいるかもわかりません! 巫女様一人が行くなんて、危険すぎます」

「なら、尚のこと僕が行かなきゃ。幼いシアに王都まで一人で向かえなんて無茶だからね」

「そんなことはないです。私にかかれば、荒くれ者なんてちょちょいのちょいですっ!」


 それから、幾つものやり取りを交わしたのだけど、聞く耳をもってはくれないようだった。


「……さっきも言ったけど、今、教団は危機に瀕している。信頼できる君だからこそ、留守を任せたいんだよ。駄目かな?」


 このままでは埒が明かないので、理詰めではなく情に訴えてみる。

 所謂、褒め殺し。


「巫女様あっての教団なのです。いえ、巫女様さえいれば、他の者に価値なんて……」


 が、駄目。

 もっとも、尻尾が揺れているあたり、少しだけは効果があったみたいだけど。


 ……仕方ない。

 こうなったら、平和的な解決は無理だと考えるしかない。


「……わかったよ。諦める。なら、この服じゃなくて別のに着替えるよ。これじゃ、あんまり可愛くなさそうだし」

「畏まりました! 今すぐとってきますね」


 わざとらしく肩を竦めると、シアは顔を輝かせた。

 注意が、逸れる。


 クローゼットの方を見やる彼女に、背後から聞こえないように呪文を唱え――


「【催眠(スリープ)】!」


 確実に抵抗できないよう、かなりの魔力を注ぎ込んだそれ。

 魔法を使うなんて生まれて初めての経験だけど、身体が覚えているようで、驚くほどすんなりと成功する。

 当然、シアは脱力し、膝をつき意識を失うまでそう時間はかからなかった。


「……ごめんね、急いでるんだ」


 驚くほど軽い少女をベッドに寝かせると、手で謝罪のポーズを作りながら、僕は部屋を出る。

 こうして、僕は神殿を抜け出すことに成功した。

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