ピークカット戦略(集団免疫戦略)地獄への道は善意で舗装されている

Bigstone Crypto
Mar 14 · 12 min read

「コロナの感染を止めることは難しいので、ピークをコントロールし、最終的に、ゆっくりとみんながコロナに罹ることによって、集団免疫を獲得しよう」

いわゆるピークカット&集団免疫戦略とよばれるものだ。

先日英国のジョンソン首相がこの路線をとることを表明し話題になった。

私はこの戦略が最終的に破綻し、より多くのコストを払うことになるだろうことを2月の始めから繰り返しツイッターで書いてきた。しかしながら、いまだ多くの政治家やブロガー、識者ですらピークカット路線を支持していていることに驚きを隠せない。

なぜピークカット戦略が破綻するのか。なぜ最終的なコストが高く付くのか? 多少長いが、できるだけシンプルに書いたので最後まで読んで欲しい。

ピークカット戦略(集団免疫)とはなにか?

(出所:厚生労働省)

まずは、ピークカカット戦略(集団免疫)について簡単に説明する。

ピークカットとは、医療崩壊を起こさないように、感染の爆発を防ごうという戦略である。これ自体には何の異論はない。ただし、そのゴールが違う。

中国のように新規の患者をゼロにするのではなく、医療キャパシティ以下に感染をコントールしつつ、長期的に、国民の70%程度をコロナに罹患させる。そうすることで、集団免疫がついて終息するだろうというものである。ピークカットと集団免疫をセットで考えるのが特徴である。共生戦略という呼び方もあるが、同じである。

この戦略は上記の図で示される。細いピンクのカーブが何もしないときで、太いカーブがピークカットだ。これは良いアイデアのように見えるが、これは一度選択したら元に戻れない地獄への道であることを示す。

ピークカット(集団免疫)戦略のワナ

2つある。

i) 医療キャパシティがふんだんにあるように見えてしまっていること

よくあるポンチ絵では医療キャパは余裕をもって書かれており、グラフの真ん中あたりに線がある。しかし実際のキャパは図で示されるより、遥かに小さく、ボトムに張り付いている。具体的にいうと国民の0.88%が同時に罹患すると医療崩壊を起こす。

ii)ピークカットする期間が、実に短く見えてしまっていること

ポンチ絵では、ピークカットで先延ばしに見える期間が明示されていない。多くのひとがこれを数カ月と解釈している。しかし、計算すると必要なピークカット期間は39ヶ月である。

順番に解説する。

人工呼吸器というボトルネック

新型コロナに関してデータによれば、80%が軽症で何もしなくても自然治癒する。20%は何らかの処置を必要とする。いわゆる重症化だ。

重症化は、2つ度合いがある。ひとつは治療は必要だが、通常の医療で対応可能なもの。これが全体の15%である。

もうひとつは、ICUが必要なケース。具体的には肺炎が広がり、呼吸に障害が出るケースである。適切な呼吸管理=人工呼吸器などの補助がなければ、生命があぶない。これを「重篤化」と表現されており、5%が相当する。

そして致死率は1%前後である。

まとめると

80% ・・・軽症

15%・・・重症だが、薬の投与で回復

5% ・・・人工呼吸器が必要

1% ・・・死亡

キーは、1%と5%の差にある。

もし人工呼吸器が十分あれば、死亡率は1%(またはそれ以下)に収まる可能性が高い。呼吸管理できれば回復の見込みがある病気である。

しかし、人工呼吸器が足りなくなったらどうなるだろうか。人工呼吸器がないために、助かるはずだったが死んでしまう。これにより、死亡率が重篤者と同じ率にまで跳ね上がる。つまり死亡率は5%になる。イタリアでおきていることはこれである。

日本の病床は十分たくさんあるから(90万)大丈夫ではないのだ。本当の医療のキャパシティは、病床数ではなく人工呼吸器の数にある。これはどれだけ強調しても強調しすぎることはない。

これに気づいたのか、直近になり急遽全国の人工呼吸器の数の調査がおこなわれた。サンプル調査であるが、そこから総数を推計できる。私の推計では、全国で、現在存在する人工呼吸器*の数は、9万2千。うち現在利用可能な数は、5万6千と推計される。

*人工呼吸器=人工呼吸器+マスク専用呼吸器

国民の0.88%が同時に罹患しただけで医療崩壊する

医療崩壊を起こさないためには、5万6千の人工呼吸器でまかなえるだけの患者数以下にコントロールする必要がでてくる。

これは具体的にどのくらいだろうか?計算してみよう。

人工呼吸器を必要とするケースが5%あるのだから、

56000 ÷ 5% = 112万人

の感染者であれば同時に医療がさばくことができる。

112万人は、人口の0.88%である。これがピークカット戦略で一度に罹患できる理論最大値だ。

ピークカットの期間は39ヶ月にも及ぶ

さて、医療崩壊を起こさないためには、一度に0.88%の国民までが罹患できることがわかった。

集団免疫を獲得するゴールは、国民の70%程度が罹患する必要があるとされている。そこで、集団免疫が獲得できるまでの期間を計算する。

重篤者は15日で人工呼吸器から回復できるとする。すると、人工呼吸器が1ヶ月に2回転できる。つまり、0.88% * 2 = 1.76 %/月 を捌くことができるといえる。この数字をつかって、

70 % ÷ 1.76% = 39 ヶ月

である。

実際のピークカットの図はこうなる

(出所:“Flattening the Curve” is a deadly delusion

以上の結論から、実際のピークカットの図は上記のようなものになる。

・医療のキャパは、遥かに低く、グラフの底辺のほうにちょっとだけしか存在しない。

・ピークカットの期間は、長期に及ぶ。

きわめて平坦で、ほとんど横に伸びきったような図になる。これはみなさんが目にしているポンチ絵の図解とはだいぶ違うだろう。

ピークカット論の問題点

ピークカット戦略の主な問題点を、5点を簡潔にあげよう。

第一に 感染者数。ピークカットしたときとしない場合では同じである。図の面積=感染者数である。ピークカットでは感染者数が減るのではなく、後ろにずれるだけだ。医療崩壊を防ぐことに成功したとしても、最終的な感染者数はかわらない。

ピークカット戦略が完全に成功した場合、どのくらいの死者がでるか。

12600万人 * 70% * 1% = 88.2万人

この死亡者を始めから許容する戦略になる。完全に成功して、この死亡者である。死亡率についてはもちろん議論があるが、仮に半分以下だとしても、44万人が死亡する。この数字は社会が許容できる範囲を超えている。

第2に、ピーク時のコントールが本当にうまく行くかは疑問である。医療のキャパシティは、人口の0.88%と極めて低い値にある。また、地域に平均して呼吸器が存在するわけではないから、局所的に集団感染などがおこると、一時的にでもこの数字は簡単に超えることになる。

実際に耐えられる同時感染数は、0.88%より遥かに遥かに低いと考えられる

長期的には人工呼吸器の配備を増やすなどの対策は可能だ。ただ、すぐに数が10倍になるといったレベルで増えるかというと、無理だろう。さらに機械はふえても医療従事者はもっと増やすのが難しい。

第3に、集団免疫がえらえるまで、医療がフル回転、余裕ゼロで、全てが完璧にコントロールできたとしても、集団免疫獲得まで39ヶ月を要する。39ヶ月という数字は、人々の想定よりも遥かに長いだろう。実際にはもっとゆっくりやっていく必要が有るのは間違いない。

この間も、ピークカットのための休校や大規模イベントの自粛、人との接触を避けるといった対策は少なからず必要になる。ビジネスも抑制される。インバウンドビジネスは厳しいだろうし、クルーズ船やライブハウスなどは、再開できないだろう。いくつかのビジネスがその期間を耐えらえっると思えず、産業ごとなくなる可能性すらある。

かといって、ピークカットのための抑制をやめて経済活動を元にもどした瞬間に、ピークを超える感染がおこり医療崩壊がおきてしまう。

国民は、このようなジレンマの状況を、39ヶ月以上もおこなうことは想定していないだろう。

第4に、このピークカット戦略は薄氷を踏む戦略だ。指数関数的な感染は人為的なコントロールが難しく、どれだけうまくやっても、いくつかの失敗例はおきるだろう。小規模な医療崩壊が何度かおこることは覚悟しなければいけない。

イタリアのケースが典型例だ。こうした状況に人間はたえられないだろう。経済以前に、社会が崩壊してしまうだろう。経済優先をやろうにも、前提である社会が崩壊してしまえば、経済も何もないだろう。

イタリアでは、結局中国並みの外出規制などをせざるえなくなってしまっているとも聞く。早かれ遅かれこういう状況に追い込まれるのであれば、はじめからやったほうが良い。

第5に、ピークカット戦略は、後戻りができないだろうという点だ。

患者数が増えればふえるほど、医療崩壊に至らない数であっても、もう一度、封じ込めに戦略を転換することはどんどんむずかしくなるだろう。戦略を転換するコストは、社会的にも、金銭的にも莫大なものになるだおう。

ビジネスへの影響

短期的には、ピークカット路線をとった国と、封じ込めで根絶した国(中国、シンガポール、台湾など)で、世界が2つに別れるだろう。レッドゾーンの国と、グリーン・ゾーンの国だ。グリーンとレッドの間では、定期航空便は飛ばなくなり、行き来がむずかしくなるだろう。

必然的にグリーンとレッドは、国は別々の経済圏をつくることになる。いまのままだと、グリーンは中華経済圏になる。レッドは、英国と欧州だ。

レッドゾーンの国では、行動は抑制されつづけるので、数年のピークカット期間に耐えられず、クルーズ船やライブハウス、スポーツジムといったビジネスは、まるごと消えてしまうかもしれない

グリーン・ゾーンの国では、グリーン同士での経済圏をつくる。経済はふたたびスイッチオンし、安心して経済活動ができるようになるだろう。中華経済圏が、ピークカット路線をとった欧州を封鎖するという構図になる。

結論

以上の考察から、ピークカット論は一見するとうまくいきそうであるものの、実際には、地獄への道であることを示した。

では、どのようにすべきだろうか。

私はまず第一に封じ込めを諦めるべきではないと考える。

封じ込めとは、新規の患者をゼロにする。つまり根絶という意味だ。

希望は2つある。

ひとつ。中国はコロナの震源地であり初動に失敗したものの、現在では封じ込めに成功し、新規の患者数がゼロに近づいている。もちろん社会的なコストは膨大であるものの、あそこまでやれば、封じ込めることができるという前例を示した。

封じ込めは一度に多くの代償を払うが、あとになって振り返ったときに、もっとも安上がりで済むだろう。損失を最小化できるといえる。

ふたつ目。おそらく新型コロナは季節性ではない。なぜなら宿主が一般的な動物ではないと推測されるからだ。おそらくコウモリや、SARSの場合のハクシビシンなどの生物だろう。なぜこれが大事なのか。

季節性インフルエンザの場合は、冬の間ウイルスは渡り鳥や家畜といったごく一般的な生物のなかで維持され、再び人間に感染する。これがインフルエンザが季節性で再来する要因であるとともに、根絶が不可能な理由だ。家畜を全てなくすことはできないからだ。

しかし、SARSのようにハクシビシンを食べないようにすることはできる。コウモリとの接触を少なくすることはできる。これは、一度新型コロナを根絶させれば、再流行しないかもしれないという根拠だ。

これは重要な違いである。もしインフルエンザのように原理的に根絶が不可能であれば、毎年の医療キャパシティをコントロールするピークカット戦略をとらざるえない。しかし、再流行しない可能性があるなら、封じ込め=根絶を目指さない理由はない。

いまのところ、新型コロナの発生源が一般的な生物であるもしくは、家畜やペットに新型コロナが感染るというエビデンスは見つかっていない。これは希望だ。(なお、香港でコロナが犬に移ったかもしれないというニュースが一部で注目を浴びたのは上記の理由からである)

最後に

ピークカット論ではなく、いますぐ封じ込めをしよう。

かといって極度に恐れる必要もない。いまの日本の状況は、多くの人が自主的に自宅にいて、中国のように強制力をつかわずに良い方向性にむかっている。だから、このまま気を緩めず、新規患者ゼロになるまで、これを続けよう。もし、日本が民主主義の枠組みのなかで、自主的に根絶に成功したならば、世界の模範となり、多くの国に希望をしめすことになるだろう。

新型コロナと戦うには、ひとりひとりの行動がすべてである。

過度に恐れない勇気を持とう。

と、同時に、今は、家にとどまる勇気を持とう。

STAY HOME NOW。

もう一度、

STAY HOME NOW。

<出典>

以下のデータを根拠にしている

人工呼吸器およびECMO装置の取扱台数等に関する緊急調査の結果について

<補足>

このブログは、私の意見と全く同じものが書かれている。ロジック、推計方法、結論まで全て同じであり驚いた。はやかれ遅かれ、こういう結論に至るものだと理解した。これが刺激になり、私も本エントリを書いた次第である。論旨は一緒だが、米国での数字をつかって検証しているので、興味があるかたは一読をおすすめする。

※ 重症化比率がどのくらいかは議論がある。仮に5%でなく2.5%だったとすると、医療キャパは倍になり、集団免疫獲得までの期間は短縮されるが、それでも、本エントリでの結論には影響がないことを留意されたし。

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