〔Fiboncci数の判別式〕
任意の正整数 N に対して次が成立する.
5N2±4 のうちいずれかが平方数 ⟺ N はFibonacci数.
この連続記事では, Fibonacci数列の判別式について以下を目標として記します.
- Fibonacci数の判別式に対して初等的な証明を与える.
- Pell型方程式の解法について考察し, 二次体 Q(√5) とその整数環や単数といった代数的整数論の概念について触れる.
(1)の記事:https://yu200489144.hatenablog.com/entry/2020/03/14/205214
(3)の記事:https://yu200489144.hatenablog.com/entry/2020/03/14/205259
目標
今回の記事は, 前回に引き続きFibonacci数の判別式の証明についての内容になります. 今回から次回にかけて次の定理を証明し, より一般のPell型方程式(ペル型方程式)の解の構造に関する定理を紹介します.
定理 2.1 正整数の組
(xn,yn) が方程式
x2−5y2=±4 を満たす
n 番目の解であることと
xn+yn√52=ϕn
が成立することは同値である.
ただし ϕ (ギリシア文字のphi(ファイ)の小文字)は黄金比と呼ばれる値で, 二次方程式 x2=x+1 の正なる解 x=1+√52≒1.618 のことです. この定理によれば, ϕn を計算したときの表示を見ることで x2−5y2=±4 の n 番目の解が得られるということになります. たとえば, ϕ=1+√52ϕ2=3+√52ϕ3=4+2√52=2+√5ϕ4=7+3√52ϕ5=11+5√52ϕ6=18+8√52=9+4√5
で右辺に
(Ln+Fn√5)/2 の形が現れています.
二次体
前回の記事の最後も述べた通り, 今回は a+b√5 (a,b は有理数) という形の「数」に着目して証明を考えていきます. これはつまり, 初等整数論において整数や有理数に関して議論をしてきたところを, 何か他の「数」に置き換え, その新たな「数」の性質について調べていくということです. このとき, 「数」の集合とその中で定義された演算(加法や乗法など)について着目し, 抽象代数学の知識を議論の中に織り込んでいくことで, 議論の背景にある構造を透明化することができるようになります. このような整数論の分野が, いわゆる代数的整数論です. 本項では二次体と呼ばれる集合とその「整数」について, Fibonacci数の判別式の証明への応用を題材に書いてみようと思います.
さて, 前回と同様, 求めるべきは方程式 x2−5y2=±4 の正整数解の一般形ですが, この方程式は (x+y√5)(x−y√5)=±4 と強引に因数分解し, 両辺を 4 で割ると αβ=±1 (α=x+y√52, β=x−y√52)
と変形することができます. ここで, もし仮に
(α,β) が整数の組であれば, この等式を満たす
α,β の値は
(α,β)=(±1,±1) に限られることになりますが, 実際には
無理数なので約数, 倍数の関係(整除性)から解の必要条件を絞り込むことは難しいでしょう. そこで,
2 つの
無理数 α=x+y√52, β=x−y√52
を「整数」として扱うことができ, かつこのような「整数」ど
うしの間に整除性に似通った関係を見出せるような「数」の世界に目を移すことで, 方程式の正整数解の問題を解決しようという算段をつけます. この「数」の集合が二次体であり, その二次体の整数環がこの場合の「整数」の集合にあたります.
誤解が生じるのを防ぐため, この連続記事では原則として, 通常の有理数や整数はラテンアルファベットで, 二次体の元や二次体の整数といった「数」や「整数」はギリシアアルファベットで表記しています.
二次体
いくつかの定義をするところから始めましょう. 以下, 正整数の全体の集合を N , 整数(有理整数)全体の集合を Z , 有理数全体の集合を Q で表します.
定義 2.2 a,b∈Q を用いて
a+b√5 という形で表される実数の全体を
Q(√5) で表す. つまり
Q(√5)={a+b√5∣a,b∈Q}.
証明は省略しますが, 任意の α,β∈Q(√5) に対して α+β∈Q(√5),α−β∈Q(√5),αβ∈Q(√5),αβ∈Q(√5)(β≠0)
が成り立ち,
Q(√5) 上で四則演算を行うことができます.
この Q(√5) は, 集合の中でも体(たい)の一種で, 特に二次体と呼ばれるものです.
体というのは, その集合の中で加減乗除が自由に行えるような集合*1で, たとえば Q や実数の全体 R がこれにあたります. Z 上では 1÷2 を計算することができないので Z は体ではありません. さらに, 代数学では体に加え群(ぐん)や環(かん)といった構造を主に扱います. これらはそれぞれ, 加法が自由に行える集合, 加法と乗法が自由に行えるような集合であり, たとえば Z は加法と乗法に関して環をなします. 環であることは群であることよりも強い条件で, 体であることは環であることよりも強い条件です.
次に二次という言葉の意味についてですが, これには次の性質が関係しています.
(1) Q(√5) のあらゆる元(要素)は 2 つの数 1,√5 を単位として a⋅1+b⋅√5 (a,b∈Q) という形で表すことができる.
(2) 逆に, 任意の Q(√5) の元 α について, α=a+b√5 という表し方は一通りである.
このことを, 1,√5 は Q(√5) の( Q 上の)基底であると表現します*2. 有理数の全体 Q の( Q 上の)基底は 1 のみであるのに対し, Q(√5) は加えて √5 を基底に持っているため, Q(√5) は Q を二次的に(数直線から座標平面のように)拡大してできたと考え, この拡大でできた体を二次体と呼ぶのです. イメージとしては, α=a+b√5
という「数」と,
A(a,b)
という二次元座標平面上の点を対応させてみると分かりやすいかもしれません.
(x,y) 平面上の点が
x 座標と
y 座標という
2 つの独立した成分を有しているのと同じように,
a+b√5 という「数」は
a,b という
2 つの
有理数成分を含んでいるのです.
もう一つ体の拡大の例を例を挙げると, 複素数体 C は実数体 R に基底 i=√−1 を添加したものになっています. なぜならば, あらゆる複素数は x+yi (x,y∈R) という形で表すことができ, その表し方は一通りに定まるからです. 実数体から複素数体への拡大は, 実数を大小関係に基づいて並べた数直線を二本組み合わせ, 二次元の複素数平面に拡大したと捉えることができます.
二次体の整数環
次は整数環についてです.
整数環という概念は一般の代数体に対して定義されるのが通例ですが, ここでは複雑化を防ぐために二次体の整数環に限って話を進めることにします.
まず準備として, 最小多項式について定義しておく必要があります.
定義 2.3 α∈Q(√5) に対し, 次の
3 つの条件を満たすような
多項式 f(x) のうち, 最も次数が低いものを
α の(
Q 上の)最小
多項式と呼ぶ.
(1) 方程式 f(x)=0 は x=α を解として持つ. つまり, f(α)=0.
(2) f(x) は x に関する有理数係数の多項式である.
(3) f(x) の最高次の項の係数は 1 である.
たとえば α=√5 のとき, x=√5 を解に持つような二次方程式は無数にありますが, なかでも有理数係数で, 最高次の係数が 1 なのは x2−5=0
のみです
*3. また,
√5 を解に持つような
有理数係数の一次方程式は存在しないので,
√5 の最小
多項式は
x2−5 ということになります.
α=1 のときは, 一次方程式 x−1=0 が x=1 を解に持つので, 最小多項式は x−1 となります. x=1 は x2−1=0 や x3−1=0 などの解でもありますが, 最小多項式としては次数が最小のものをとるので, これらは最小多項式ではありません.
より一般に, 任意の α=a+b√5 (a,b∈Q, b≠0) に対し, x=a+b√5 ⟺ (x−a)2=(b√5)2⟺ x2−2ax+a2−5b2=0
より
α を解に持つような
有理数係数の
二次方程式が構成でき,
x2−2ax+a2−5b2 が
a+b√5 の最小
多項式であることがわかります.
α=a (a∈Q) のときは, x=a ⟺ x−a=0
なので
x−a が
a の最小
多項式です.
これで, Q(√5) 上で整数を定義することができます. 普段扱っている整数は Q 上の整数ですが, Q(√5) の世界では整数はより広い意味で捉えられます.
定義 2.4 Q(√5) の元
α に対して,
α の最小
多項式が
Z 係数であるとき,
α は
Q(√5) 上の整数
*4であるという.
具体例を上げましょう. たとえば ϕ=1+√52 の最小多項式は x2−x−1
で
Z 係数なので,
1+√52 は
Q(√5) 上の整数です. 一方,
√52 の最小
多項式は
x2−54
ですが, 定数項が
−54∉Z なので
√52 は
Q(√5) 上の整数ではありません. 普通の整数
n∈Z の最小
多項式は
x−n なので, すべて
Q(√5) 上の整数になります.
定義 2.5 二次体 K=Q(√5) のすべての元のうち, K 上の整数の全体を OK で表し, K の整数環と呼ぶ.
整数環を表す記号 O はアルファベットの大文字 O の筆記体です. 文献によっては, アルファベットのイタリック体 O を用いたり, ドイツ文字の小文字 o を用いていることもあります.
有理数体 Q においても「最小多項式が整数係数であるようなもの」を Q 上の整数と定義すれば, それは通常の整数と一致します. なぜならば, 有理数 p の最小多項式は x−p で, これが整数係数になることは p∈Z と同値だからです. このことに加え, 二次体上の整数が通常の整数と同様な性質を有していることから, 二次体の整数環は通常の整数の拡張概念であると考えることができます(詳しくは補足を参照).
また, OK は整数環と呼ばれる通り環の一種なのですが, これは次回証明する命題 α,β∈OK ⟹ αβ∈OK
より
OK 上で乗法が行えること(閉じていること)などからわかります.
次に, Q(√5) の元 α に対し, トレース, ノルムと呼ばれる値を定義します.
定義 2.6 Q(√5) の元
α を
a+b√5 (a,b∈Q) と表したとき,
a+b√5 と
a−b√5 の和と積
(a+b√5)+(a−b√5)=2a,(a+b√5)(a−b√5)=a2−5b2
をそれぞれ
α のトレース, ノルムと呼び,
Tr(α),N(α) で表す.
次回の記事で詳しく書きますが, α=a+b√5 に対して a−b√5 のことを α の共役(きょうやく)と呼びます. 最小多項式が二次式, つまり b≠0 のとき, α はある二次方程式 x2−px+q, p,q∈Q
の解になります.
二次方程式の解の公式の形を考えれば, もう一つの解は
a−b√5 であり, このような点から
α の共役は
α と対をなす数であると考えることができます. またこのとき,
二次方程式の解と係数の関係から
p=Tr(α), q=N(α) が成り立つので,
α=a+b√5 の最小
多項式は
x2−Tr(α)x+N(α)
と表せることになります.
上の例でいえば, ϕ=(1+√5)/2, α=√5/2, β=n とおくと, Tr(ϕ)=1,N(ϕ)=−1Tr(α)=0,N(α)=−54Tr(β)=2n,N(β)=n2
のようになります.
命題 2.7 K=Q(√5) の元
α に対して,
α∈OK ⟺ Tr(α), N(α)∈Z.
証明. α が無理数であるとき, 最小多項式は x2−Tr(α)x+N(α)
と表せる. このとき最小
多項式の係数
Tr(α), N(α) が整数であることは
定義 2.4 より
α∈OK と同値であるからよい.
α が有理数のとき, α の最小多項式は x−α より α∈OK と α∈Z は同値であるから, α∈Z ⟺ Tr(α)∈Z, N(α)∈Z
を示せばよい. (
⟹)は
Tr(α)=2α, N(α)=α2 より明らかである. (
⟸)について,
Tr(α)=2α∈Z より
α=a/2 なる
a∈Z がとれるが,
N(α)=α2=a2/4∈Z となるためには
a が偶数であること, すなわち
α∈Z であることが必要である. したがって,
α∈OK ⟺ α∈Z⟺ Tr(α)∈Z, N(α)∈Z.
◻
Q(√5) の元 α=a+b√5 (a,b∈Q) に対し, Q(√5) 上の整数を「最小多項式が Z 係数であるもの」として定義していましたが, 具体的に a,b がどのような値であれば α が Q(√5) 上の整数になるのかについては述べていませんでした. 先ほどの命題によりトレース, ノルムと Q(√5) 上の整数が関わっていることがわかったので, これを利用して a+b√5 が Q(√5) 上の整数であるための a,b の条件を求めることができます. まず先に結果を書いておきます.
命題 2.8 二次体
K=Q(√5) の整数環は
と表せる.
集合の記号を用いて書きましたが, つまるところ「 K=Q(√5) 上の整数とは, 偶奇が同じであるような 2 つの整数 x,y を用いて x+y√52
という形で表せる数のことである. 」ということです.
証明. 簡略化のため α=a+b√5=x+y√52 とおく.
まずは必要条件から絞り込む. α∈OK のとき命題 2.7 より
ここで α∈Q(√5) より y∈Q なので, y=u/v (u,v∈Z) と既約分数で表示すると 5y2=5u2/v2∈Z. u,v は互いに素としていたから, これが整数になるためには 5 が v2 で割り切れなければならないので, v2∈{1,5} と限定されて v=±1 が確定する. よって y=±u∈Z. またこのとき x2−5y2=4(a2−5b2)=4N(α) は偶数より
つまり x≡y (mod 2) となる. 以上から x,y∈Z, x≡y (mod 2)
が少なくとも必要な条件である.
次に, x,y∈Z, x≡y (mod 2) が成立していれば α∈OK であることを示す. 再び命題 2.7 より Tr(α), N(α)∈Z を証明すればよいが, Tr(α)=2a=x は整数であり, ノルムについても N(α)=a2−5b2=x2−5y24
は
x,y がともに奇数であっても偶数であっても整数となるからよい. よって
α∈OK.
以上より α∈OK ⟺ x,y∈Z, x≡y (mod 2)
が言えたので, 命題の式は成立する
◻
この命題から, α=x+y√52, β=x−y√52
は
Q(√5) 上の整数であることが示されます. なぜならば,
x2−5y2=±4 を
mod 2 で還元すると
x2≡y2 (mod 2) すなわち
x≡y (mod 2) となるからです.
次回では, この α と β の Q(√5) 上の整数としての性質をより詳しく調べ, 一般のPell方程式, Pell型方程式の解の構造についても紹介したいと思います.
補足
なぜ「整数」なのか
少し難しくなるので, この項は飛ばしてもらっても構いません.
二次体 Q(√5) の整数は定義 2.4 において「最小多項式が Z 係数であるようなもの」と定義したのですが, このような Q(√5) の元を「整数」と呼ぶのは, 成り立っていると都合がよい, 普通の整数と似た性質を持っているからです.
(P1) Q(√5) 上の整数どうしの和・差・積はまた Q(√5) の整数である.
今回の記事の命題 2.8 から和・差については直ちに示すことができます. 積については次回の記事で証明を行います.
(P2) Q(√5) 上の整数どうしの商は Q(√5) の整数になるとは限らない.
例を挙げると, √5 と 2 は共に Q(√5) の整数ですが, その商である √5/2 は Q(√5) の整数ではありません.
(P3) a+b√5 (a,b∈Q) が Q(√5) の整数ならば, a−b√5 も整数である.
本文中でも紹介しましたが, a+b√5 と a−b√5 のような √5 の符号違いの関係を共役(きょうやく)といいます. その定義や性質については次回の記事で記します.
そして, 二次体の整数が通常の整数の拡張概念であるためには, 次が必要です.
(P4) 有理数体 Q についても同様に定義すると, その整数環は Z である.
最後の条件は,
(P5) 以上の条件のもとで, できるだけ広くした集合が整数環である.
単純に Q(√5) の元のうち a+b√5 (a,b∈Z) の形のものを Q(√5) の整数と呼ぶことにしても (P1) から (P4) までの条件は成立していてよいのですが, ここで問題になるのは (P5) です. 実は, この定義では (P5) の条件は満たしていません. つまり, 整数環の範囲をもっと広くできるということです. より広い集合を作るためには, このように「整数」っぽいものを試していく方法では行き詰まってしまうようなので, 必要条件から整理して, 条件 (P1) から (P4) の成立のために必要十分な条件を求めてみます.
まず K=Q(√5) の元 α=a+b√5 (a,b∈Q) が K 上で整数のとき, 条件 (P3) より ¯α=a−b√5 も整数である必要があります. このとき, (P1) から α,¯α の和・積は K 上の整数であるので {Tr(α)=α+¯α=2a∈OKN(α)=α¯α=a2−5b2∈OK
となります. ここで条件
(P4) に着目すると,
Q と
K に対し整数環は同様に定義されるので,
Z=(Q の元のうち, 条件 p を満たすもの ) OK=(K の元のうち, 条件 p を満たすもの )
となるような共通の条件
p が存在しているはずです
*5. このとき, 条件
p を満たす数の全体の集合を
P とすると,
Z=Q∩P, OK=K∩P なので
OK∩Q=(P∩K)∩Q=P∩(K∩Q)=P∩Q(∵K⊃Q)=Z
となります. 先ほど導いた
α+¯α=2a∈OK, α¯α=a2−5b2∈OK において,
a,b∈Q より
α+¯α, α¯α は
Q と
OK の両方に属することになり, したがって
Z に属します. よって,
Tr(α)=α+¯α, N(α)=α¯α が(普通の)整数であることが, 条件
(P1) から
(P4) が満たされるために少なくとも必要ということになります. さらに, 本文中で示した
命題 2.7 α∈OK ⟺ Tr(α)∈Z, N(α)∈Z
の証明のときと全く同様な議論を経ることで,
Tr(α), N(α) が整数であることと
α の最小
多項式が
Z 係数であることの同値がいえるので, 最小
多項式が
Z 係数であることが, 条件
(P1) から
(P4) が満たされるために少なくとも必要ということになります.
逆に最小多項式が Z 係数であれば, 本文の内容から (P1) から (P4) のすべての条件が成立していることもわかるので, これらは同値な条件であるといえます. したがって, 条件 (P1) から (P4) の成立と本文中の定義は同値であり, 条件 (P5) も満たされていることがわかりました.