『針の館』仁科東子と『成吉思汗の秘密』最終章のはざま

 高木彬光の『成吉思汗の秘密』は元来、「天城山心中」の章
で終わっていた。だがさらに第16章「成吉思汗の秘密」が書き
加えられた。それは東京での高木彬光の講演会、その終了後
に一人の女性が高木を訪問し、「成吉思汗の秘密、・・・源義経
説」が解明されたと縷々説明するという下り、・・・・・見事な説だ
った。

 仁科東子 (にしなはるこ)

 1927年、有名な病院長の一人娘として東京本郷に生まれる。
桜蔭高等女学校を出て東京家政専門学校中退、日本画に傾
倒し、日本美術院春季展に三回入選、

 1959年「成吉思汗という名の秘密」という短文を推理小説
雑誌『宝石』に発表、ある事情、その内容により精神異常と
思われて三ヶ月間精神病院に入れられる。この体験が『針
の館』を生んだ。

  昭和34年7月8日、杉並区立公会堂において

 興奮のあとの虚脱感に何分か浸っていた恭介(作中では神
津恭介)はゆっくり口を開いた。

 「僕はまだあなたのことをお伺いしてませんね。あなたは
どんなお方なんですか、どんな研究をなさっていたんですか」
 
 「私は平凡な女でございます。絵の勉強もしたことがございま
すし、日大医学部の研究室でお手伝いをさせていただいたこと
もございますが、どちらも断片的なもので、研究といえるような
ものではございません。父が何軒か残してくれていましたから
、その家賃で生活しておりますが、歴史というものに興味をおこ
したのは今回が初めてでございます」

 「ご主人は?」

 「まだ結婚しておりません。義経のように私の心を引いた男
の方がまだ現れていなかたつぇいでございましょう」

 東子は唇あたりに謎のような微笑をうかべていった。

 聡明そうであったが決して美人といえる女そではなかった。
その顔は現代的と云うよりむしろ古風な風貌だった。

 ただこのときだけは、わずか一瞬に過ぎなかったが、その顔
に法悦のような表情を浮かべた。

 その時、神津恭介は、自分たちの果てしない努力と研究を
あわれんだ。静御前なり愛新覚羅慧生なりの霊魂が、わずか
の間、この女性に宿って、この八百年の大秘密に最後の断を
下してくれたのではないか、不思議な幻想の虜になっていた
のだ。

  仁科東子

 
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 仁科東子の登場で『成吉思汗の秘密』は非常に感動的、とい
うか余韻のある作品となっている。

 で、仁科東子の書いた小説『針の館』(カッパ・ノベルズ)

 昭和35年8月初版のこの作品、読んでみて驚愕である。設定の
巧みさ、その表現の文章の緻密さ、適切さ、しかも恐るべきサス
ペンス、緊迫感、構成の巧みさ、しかも現実の精神病院の監禁
というべき病棟の鬼気迫る描写、私は類例のない傑作だと感じた。

 継母の姉が亡くなったため神田駿河台の超豪邸、継母の姉の
詩人は成功者で雪下次郎も亡くなっている、息子は京都の大学
院、雪下徹、・・・・その超豪邸の表現がまたすさまじい。賑わいの
消えた超豪邸は昼でも妖気が漂い、怖いほど。

 本間という女中がいる。そこに継母と転居した主人公の斎藤
今日子、・・・・・帰ってきた雪下徹と恋愛感情が起きる、結婚を
約束する、・・・そうしたらこの雪下家の財産権利は今は仮に継
母のもとにあるが雪下徹煮物に成る、継母は結婚は阻止したい、
悪徳弁護士が顧問のように継母にはついている、・・・・

 継母と悪徳弁護士が口裏を合わせれば徹を精神異常として
謀略で精神病院に長期監禁する、口裏を合わされたらどうしよ
うもない。徹は精神病院に放り込まれた、連絡がつかない今日子
、だが奇跡的に血の出るような内容の手紙が届けられた、「私も
精神病のふりをしてその精神病院にはいろう」

 その悪徳の私立の精神病院は継母と通じている、今日子も
放り込まれて地獄の監禁病棟、その様がすさまじい。

 世界の小説でこれほど徹底して精神病院の惨憺たる内幕を
描ききった小説は他にないであろう。その意味でこの作品は
奇蹟的でさえある。

 思い通り自作自演で精神病院に入った今日子だが地獄を見
てしまう。人間性のかけらもない。雪下徹に会いたい、外に出
たい、どうしようもない、汚物のような病棟で鬼のような看護婦
、精神科医。

 この迫真性は他の如何なる推理サスペンス小説にも見られな
いであろう。

 だが精神科医前川博士がその私立病院に乗り込み、院長を
叱責し、直ちに二人を連れて帰る。継母も追放してくれた。

 隠して結ばれた今日子と徹、だが披露宴ではくじゅうも舐める
、だがそれを乗り越えて前に進むということで作品は終わる。

 あらすじは以上のように思えるが、恐るべき小説である。複数
人が口裏を合わせて精神病院に放り込めば、どうしようもない
事、その内部の恐るべき現実。その告発が目的である。

 仁科東子自身が精神病院に放り込まれた体験の産物であり、
その理由が成吉思汗=源義経説を語ったことにあった、・・・・


 『針の館』   あとがき  仁科東子


 精神病院は、今まで多くの推理小説に使われてきた。しかし、
その内部の実態が正確に、詳しく報告された礼はほとんどない。

 そこは患者以外、外からは覗きえない針の館である。たまたま
入って体験した者はそれを恥じて口を閉ざしてしまう。そのため
精神病院の内部は、一般人から完全に隔離された暗黒の天地
となる。読者の方は本当かと疑われるかもしれない。

 しかしこのような精神病院が実在したのである。

 私はフィクションとし描き下ろしたが、精神病院の内部描写は
空想の産物ではない。押し込められた患者には、この通りの
理不尽と恐怖が毎日繰り返されてい。患者の意志は抹殺され、
入退院は院長と患者の保護者だけの一存である。ここに書か
れたような犯行が合法的に十分行い得るのである。悪意の家
族たちが口裏を合わせ、一人の医者化看護婦を抱き込みさえ
すれば、任意の人物を強制入院させるのはわけないのである。
入院を拒んで反抗すれば、それを狂気の口実としてしまう。この
恐ろしい罠が、社会の底に大きな口を開けているのである。慄
然とせざるを得ない。

 昭和35年、世界精神衛生年にあたって、私はこの一編を、正
しい精神病治療のために、ささやかながら一つの警鐘として捧
げたいと思う。


                 昭和35年7月10日  仁科東子

  
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