妻のほうが稼ぎ出すと、夫のプライドは完全に崩壊する。

共働きで生涯現役を勧める『2億円と専業主婦』が話題の橘玲さん。女性の本音を語らせたら右に出る者のいない鈴木涼美さん。ふたりの異色対談を全5回でお届けします。鈴木涼美さんの新刊、『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』には、主婦や独身バリキャリやワーママなど、30人の女性が登場します。前回は、「働くのも専業主婦も、悲惨だったらどうすればいいの?」という結論に。さて、今回は。

夫と同学歴の専業主婦は、けっこうつらい

鈴木 女性活躍社会といわれても、そういう女性を現実的に目の当たりにすると、あんな風になりたいとはほぼ思えない。専業主婦の世界は、知らないだけに、ほとんどファンタジーだし。

 日本の会社ではようやく、子育て中の女性も平等な働き方ができるようにしなきゃいけないとか、女性をもっと管理職に登用しなきゃいけないとか、思いはじめたところですからね。当然、うまくいかないことはたくさんあるでしょうが、だからといって専業主婦になればなったで別の罠が待ち構えている。女性にとってはどっちも行き場がない状況で、ジェンダーギャップ指数がどんどん下がっていくのがすごくよくわかります。

鈴木 専業主婦と結婚した男の人が働く前提になってたシステムを、どこから変えていいのか、会社も結局、よく分かってなくて。すごく悪意があるっていうよりも、持て余しちゃってるんですよね。会社もいろいろ頑張ってはいるんです。働いてて、子どもがいる人を社内報に載せようとか、入社説明会ではワーママに喋ってもらおうとか。いろいろやってて、それこそ私の本(『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』)にも書いたけど、友人で何となく辞めようかなって思ってたら、会社の偉い人が、子どもがいてデキる女性っていうのを会社案内に載せたいと言い出して、彼女に白羽の矢が立っちゃった、みたいな。それで辞められなくなり、いまだに会社にいますよ。その代わり、すごいチヤホヤはしてくれるんだけど。優秀な女性ですから、辞めようかなという彼女の雰囲気を嗅ぎ取って焦ってフォローしているというのもありますが。


すべてを手にいれたってしあわせなわけじゃない

 日本の会社は社員に滅私奉公を求めますから、いったんそこから外れると、そういうマミー・トラックみたいなところに乗せる以外にやりようがなくなるんですよね。会社にいてもいいけど、重要な仕事は任せず出世もさせないというのがマミー・トラック。これではまじめで意欲のある女性ほどやる気がなくなりますよね。後輩や同僚に追い抜かれたり、学歴や能力は同じなのに夫だけどんどん出世していったり。

鈴木 本では、前出の、「マミー・トラックを感じて辞めようと思ったらやっと会社が本気で彼女の理想の環境を作り出した」という女性と、浮気に走る専業主婦を対比して書きました。もちろん、主婦の側にも焦燥感や不幸感はあります。あくまでもこの人の場合ですが、「社会に認められていない」という承認欲求の欠如、というのは、専業主婦にはありがちな話かもしれません。

 みんなが浮気に走るわけではないでしょうが。

鈴木 やっぱりいま、専業主婦の人が自分がすごく社会に求められてる、価値ある、時代に即した存在だって思うのは難しいとは思います。だからといって、社会が推奨している、正しいとしている生き方の方も、理想と現実の大変さとの間に差があり過ぎるわけですが。

 日本社会ではずっと「専業主婦になれば幸せ」と信じられてきて、もうそんな時代じゃないんだよということを前の本(『専業主婦は2億円損をする』)で書いたんですが、たった2年間で日本社会の価値観は大きく変わって、いまや共働きが当たり前になりました。いまみんなが困っているのは、専業主婦に代わる幸福のロールモデルがなくなったことですよね。

鈴木 だからもう、生き方がよくわからない

 「平均的な大卒女性の生涯賃金は2億円なのに、それを捨てちゃって本当にいいの?」と訊かれたら、やっぱりみんな考えますよね。だけど子どもができてからも共働きしようとすると、あんなに苦労してまで働きたくないと思って行き場がなくなってしまう。

鈴木 そうなんです。そこそこ富裕層で、女性が働いていない奥さんがいる家庭っていうのはいますけど、たまに。ただ、それは、旦那さんの年収がもう2000万以上あるような家で。それが結局、一番、勝ち組みたいに思われる。要するに、専業主婦だけどベビーシッターとかも雇えるぐらいが理想形とされたりするんです。いわゆる女性誌の読者モデルのような形ですね。

 確かに、そういう希少種の専業主婦はいます。

鈴木 でも、私の本に登場する実際そういうモデルになっている人は、それはそれでやっぱりすごく社会に対して不満がある。自分は男性と同じ教育を受けてきたわけだから、こういう優雅な状況で、自分に誇りを持つっていうのが、逆にできない。今、もう社会が、女性が働くことを前提としてると、自分はなんかはじき出された気がして、この一番の勝ち組に見える人ですら自己承認ができないっていうか。
 いろいろな立場や気持ちがありすぎて、逆に、だから、どれもレアケース。彼女の苦しみは彼女にしかわからない、という孤独の中にいます。だからこそ、一冊にまとめて書いてみたんです。この本に出てくる人たちって、ものすごく貧乏で苦労してる人たちじゃなくて、大体、割と恵まれているとされている人たちばっかりなんですよ。ほとんどみんな学歴あるし、旦那も学歴あるし、収入もあるしっていう家なんですけど、誰ひとり、完全には満たされてない、っていうか。

 恵まれてる専業主婦にしても、小学校から大学までずっと男子と対等に教育を受けてきて、それなりに成果を挙げてきたわけだから、自分の能力に自信はあると思うんです。それでいまやただの専業主婦だったら、じゃあ、あの20数年間は何だったのって思うでしょう、やっぱり。

鈴木 いや、本当に。自分の旦那と、同じことだけをする下準備だけは、全部やってきたわけだから。中には旦那よりも学歴があって、教育にお金をかけてきた人もいます。UAEみたいに、買い物も、仕事も、外に出るのは完全に男で、女の人は何もすることない、オイルマネー家庭の主婦とはやっぱり全然、違う。

 それじゃあ納得がいかないですよね。

妻のほうが稼ぐと、自尊心が崩壊するのが男

鈴木 働いてる女性たちのことも知ってるし、歴史も憲法も勉強してきたんだから、やっぱり専業主婦に甘んじて幸福になれるとは、思わないんですよ。だけど、それ以外の選択肢がさらに不幸だったら、満たされなさを抱えながら主婦でいるしかないと思う人もいるかも。あとはやっぱり、女が外で働くんじゃないみたいな男の人は、底辺層のほうにはまだ結構、いると思う。

 高学歴層では、さすがにそういう男は少なくなってきているのでは

鈴木 そうですね。前時代的なことをいうのはダサいという認識はあると思います。だから最近の男性は、むしろ積極的に、「僕は女の人もやっぱり働いてないと尊敬できないから結婚する気にならない」とか偉そうなことを言うんですよ、リベラルっぽいことを。だけど実際は、女性の働きっぷりが自分を上回ったら、やっぱりブツブツ言い出すし、専業主婦なんて時代遅れだって言っていた人が、奥さんが自分よりも有名になったり、成功したりした途端に、なんか精神不安になって急に浮気しだしたりとか。ちょっと家の中で機嫌、悪くなって暴力を振るうとか。妻の成功は応援するけど、できれば自分にとって脅威になるほどには成功してほしくないと思っている人は多いと思いますよ。

 男はプライドの生き物ですから、そういうことはありそうですね。

鈴木 フリーのカメラマンとフリーのライターで結婚した知り合いで、最初裕福だったのに、旦那さんの仕事が減ってきうつっぽくなっちゃって。そんなときに、奥さんがたまたま本出して売れちゃったんですよ。女性だったら、単純に、相手の稼ぎが増えてラッキーって思うと思うんですけど、男性が余計それで超重度のうつを発症して、男の更年期障害になっちゃった。ほかにも、すごく成功してた男性が、自分よりだいぶ若い奥さんと結婚したら、奥さんが3年ぐらいで彼を上回る超有名なクリエーティブ・ディレクターみたいになって、その途端に離婚したいと言い出すとか。

 日本よりはるかに男女平等のアメリカですら、男の年収が高いほうが、夫だけなく妻の幸福度も高いというデータがあります。やっぱり難しいですね。


2億円と専業主婦


鈴木 奥さんの成功は、自分の成功よりは少し小ぶりであってほしいとか、女性が輝く社会は大賛成だけど、その輝きは自分より少し緩めの輝きであってほしいとかって思ってるわけですよ。働いてて、自分の成功を完全にコントロールできる人なんていないので、うっかり成功して旦那がうつ病になっちゃうんじゃわけわかんないですよ。旦那に気を使って、程よい成功を目指さなきゃいけないんですか?という。ただでさえ子どもいて働いてて大変なのに、旦那の精神状態まで考えなきゃいけないんだって思うと、もう仕事なんかしないほうがマシ。好きなだけ自尊心を持って働きなさいって、旦那に言いたくなる

 私のまわりにも似たようなケースがありますが、男の自尊心はほんとうにやっかいだと思います。

鈴木 女の人だったら、自分が成功してなくても旦那が成功してたら、威張ってたりするじゃないですか、むしろ。

 幸福度の調査では、共働きのアメリカ人の場合、夫も妻も自分個人の年収が上がったほうが幸福度が上がります、当たり前ですけど。ところが日本では、自分の年収が上がるより夫の年収が上がったほうが、妻の幸福度が高くなる……。

鈴木 ほんとですか、それ。

 結局、共依存みたいな状態で、夫は妻に依存し、妻も夫に依存してるんでしょうね。共働きの妻にとっても、自分自身の収入より、夫の年収が高かったり出世したほうが世間的に見栄えがいいとか、そういう意識がいまだにあるんじゃないでしょうか。対等に働いているはずなのに、夫のことを「主人」と呼ぶとか、すごい強固ですよね、それは。

鈴木 どんなに自分が成功しても、旦那の収入がいまいちだと勝ち組感が得られないとか、せっかく自分は稼いでいるのに変な男に捕まっちゃった、と見られがちですね。逆に自分の年収が例えば300万円以下だったとしても、旦那が3000万以上、稼いでいる家は奥さんはすごくセレブ気分で、どちらかといえば人を見下している。男が自分のために稼いでくれるほうが、自分の価値になるっていう考えを捨ててない女性は結構多い。男の場合は、奥さんは働いてもいいけれども、いろんな意味で自分のじゃまをするな、家事をこっちに押し付けてくるな、僕の自尊心を削るような成功をするな、ということになる。双方の問題は、やっぱり日本特有のものなんでしょうか。

 いや、欧米だった同じようなものでしょう。アメリカではブルーカラーの男性の賃金が下がって、女性が得意とする教育や看護・介護などピンクカラーの賃金が上がってきたことで、夫と妻の収入が逆転しつつある。そうなると、男の平均寿命が短くなってきた。この現象を発見した学者は、白人ブルーカラー(プアワイト)の死亡率が高くなる主な原因はドラッグ、アルコール、自殺だとして、「絶望死deaths of despair」と名づけています。

鈴木 レディ・ガガが主演した『スター誕生』という映画も、妻が超ビッグになったら、旦那がどんどん精神不安になって最後死んじゃう、みたいな。日本はさらにそうかなって思うけど、でもアメリカでも、エリート層でも、割と男の人ってけち臭いっていうか。なんかこっちの成功を喜んでくれないところはありますね。

オンナのしあわせはどっちだ!?
第4回に続く

橘玲(たちばな・あきら)

作家。1959年生まれ。2002年国際金融小説『マネーロンダリング』(幻冬舎文庫)でデビュー。『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』(幻冬舎)が30万部を超えるベストセラー、『言ってはいけない 残酷過ぎる真実』(新潮新書)が45万部を超え、新書大賞2017に。『幸福の「資本」論』(ダイヤモンド社)など著書多数。

鈴木涼美(すずき・すずみ)

1983年、東京生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業、東京大学大学院学際情報学府の修士課程を修了。専攻は社会学。2009年から日本経済新聞社に5年間勤めたあと退職、作家デビュー。その他の著書に『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)、最新刊は『可愛くってずるくっていじわるな妹になりたい』(講談社)

オンナの本音、30本勝負! 生き方のヒントが見つかる痛快エッセイ。

この連載について

初回を読む
対談】橘玲✕鈴木涼美 専業主婦と働くオンナ。どっちがしあわせ?

鈴木涼美 /橘玲

共働きで生涯現役を勧める『2億円と専業主婦』が話題の橘玲さん。女性の本音を語らせたら右に出る者のいない鈴木涼美さん。ふたりの異色対談が実現しました。鈴木涼美さんの新刊、『すべてを手に入れたってしあわせなわけじゃない』には、30人の女性...もっと読む

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    ak_tch 「 鈴木涼美さんとの対談第3回。男(夫)も女(妻)も、現代社会で自己承認を得るのは難しい、という話をしています。 11分前 replyretweetfavorite