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【社説】

父親は逆転有罪 被害実態に沿う判断だ

 当時十九歳の実の娘への準強制性交罪に問われた父親に名古屋高裁は実刑を言い渡した。無罪の一審判決は抗議デモを呼んだ。被害実態に沿う判断を機に、性犯罪への司法のあり方を深く考えたい。

 怒りをおぼえる事件である。一審・名古屋地裁支部判決は娘が中学生当時から父親は性的虐待を繰り返していたが「性交の強要を拒めた時期もあった」として「抵抗が極めて困難な『抗拒(こうきょ)不能』(同罪の構成要件)に当たるとまではいえない」と無罪とした。

 これを含めて性暴力への無罪判決が昨年三月だけで全国の地裁で四件連続。抗議の「フラワーデモ」が同年四月に東京で始まった。今では名古屋など全国で、毎月、デモ行進が行われている。参加者は「不当な判決で被害者が泣かなくて済むように」と訴える。

 二審・名古屋高裁は娘が「抗拒不能」だったかが争点。一審判決後に娘を鑑定した精神科医が検察側証人として「長年の性的虐待で娘は抵抗意欲を失っていた」と証言した。娘は医師に「ペットのように扱われた」と話したという。

 判決で名古屋高裁は「抗拒不能」を認めた。一審判決を「抵抗が著しく困難だったことへの合理的疑いを検討していない」「事件は実子への性的虐待だという実態を十分に評価していない」と批判して無罪を破棄。求刑通り懲役十年の実刑を言い渡した。

 刑法の性犯罪規定は二〇一七年に大幅な改正があったものの、裁判官の心証で認定が左右されやすい「抗拒不能」は、準強制性交罪成立の要件として残った。専門家によると、恐怖を植え付けられた被害者は、加害者に迎合するような態度を取り、抵抗していないように見える場合がある。受け入れられない現実に接し、感情や感覚を体から切り離す「解離」の状態になる場合もあるという。

 性犯罪の審理では、裁判官ら法律家が、被害者と加害者の心理的な関係性などを十分に理解していないケースがあると指摘される。それゆえ、一七年の刑法改正では、裁判官らに性犯罪被害者の心理についての研修を行う、と国会で付帯決議されたが、実施率は低い。

 刑法自体も、そうした実態を反映していないとの批判があり、同年の改正では「三年後(今年)をめどに、実態に即した対処を行うための施策の在り方について検討を加える」と付則で述べ、見直しも示唆している。ぜひとも、迅速な議論を期待したい。

 

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