第二戦から3日後、同盟軍帝国側陣地
二台の粗末な幌付き馬車が陣地内を走り去って行く。
それを見た騎士達は皆、訓練や作業の手を止めて敬礼で見送る。理由はこの馬車の積荷――ナザリック守備隊との戦いで重傷を負い、今日死んだ騎士達の遺体だ。
戦闘直後と比べると随分減ったが、それでも少なくない仲間が〈保存〉の魔法をかけられてカッツェ平野対策陣地に送られ、そこで埋葬される。
カーベインは天幕で簡易机に向かい、手紙を書いていた。
宛先は死んだ騎士の遺族達。
始めの頃は将軍として数々の執務をこなしてきたカーベインですら作業は遅々として進まなかったが、今となっては慣れて随分手早くこなせるようになった。それでも書き上げた手紙の量を見た時に感じる痛みにも似た苦しさは未だに慣れない。
「ニンブル」
手紙を副官に渡したカーベインは帝国最強を誇る騎士騎士の一人の名を呼ぶ。
「どうなさいましたか? カーベイン将軍」
執務が終わるのを待っていたニンブルは爽やかな声で答えた。
「この戦いはいつまで続くのだろうな。初めはあの程度の軍勢、容易く破れると思っていたのだが……。また、なのだろう?」
ニンブルが沈痛な表情を浮かべる。
「はい。前回と同数と思われます」
「そう、か……そうか」
カーベインの悲痛な声は陣幕の中に溶けて消えた。
「奴らに勝つ手段などあるのか。勝つ為に出来る限りの事をした。幾人もの騎士を犠牲にした。それでも、同数?」
微かな笑いを含んだ言葉には狂気の色が滲んでいる。その言葉を聞いてもニンブルはただ俯く事しか出来なかった。
しかし、同僚達から聞いた魔導王の力はこんなものでは無い。それを知る者としては、今カーベインに狂われてはたまらない。その危機感がどうにか口を開かせる。
「それでも、まだ諦めてはなりません。死んでいった者達の為にも……」
敵の首魁は伝説級のアンデッドを容易く生み出せる存在。そんな相手が何故あのような軍勢を展開しているのかは不明だが、こちらにとって嬉しい理由でないのは確実だ。こんな状況で部下からの人望厚いカーベインが正気を失おう者なら、間違いなく帝国軍は崩壊する。
「ああ、そうだな、まったくその通りだ」
その顔に浮かぶ疲労の色に変化は無いが、幾分理性を取り戻したようだ。
「そういえば将軍。今朝本国から良い茶葉が届いたのですが、よろしければご一緒にいかがです?」
気分を変えようとニンブルがティーセットを手に取ろうとした時、息を切らせた騎士が荒々しく戸布をめくった。
―――――
同日、王国軍本陣兼同盟軍中央陣地
「この度は遅参のほど申し訳ありません」
そして、二人の男は頭を下げた。と言っても本当に申し訳なく思っている訳ではないし、謝罪された側もさほど不快に感じているわけでは無い。
もちろん、もう少し早く来てくれていればと、思わないではないが。それ以上に八方塞がりの状況に光明が差した事を喜ぶ気持ちの方が大きいのだ。
「頭をお上げください。法国の皆様の到着が遅れたのは仕方がない事です。さあ、どうぞ席にお座りください」
「ありがとうございます、御理解頂き光栄です」
 答えたのは火神の紋章が刻まれた
その隣で無言のまま頭を上げた男は鎧の類を一切身に付けていないが、その身を包む衣服は布ではあり得ない光沢と魔力の輝きを宿している。
前者は法国軍聖印騎士隊の隊長であるフェルネス。そして、後者は同騎士隊の魔術師班、班長であるサンド・デイル・ダーレン。
二人はランポッサ三世とカーベイン将軍の対面に当たる席に腰掛けた。
「現在の戦局については道中、使者殿から聞き及んでおります」
「それは話が早くて助かる。それで……勝てそうかね?」
それまで一度も口を開かなかったサンドが答える。
「必ずや」
溢れ出るような自信に裏打ちされた発言にオオゥと王国、帝国両陣営から感嘆の声が上がった。
しかし、その声の中に幾つか訝しげな物が混じっている。いくら周辺最強の国家といえど、あれ程のアンデッド軍に勝つ手立ては有るのか知りたいのだ。根拠のない勝利への期待がどれほど虚しい物かは身をもって理解したのだから。
「それは素晴らしい。しかし……出来れば何か根拠となる物を見せて頂きたい。あなた方の力を信用していないわけではないが、なにせ今回のあなた方の軍の総数は僅か千と、この戦闘に参加しているどの勢力よりも少ない」
「数が全てという訳ではありませんでしょう。将軍殿」
再び口を閉ざしたサンドの代わりにフェルネスが答えた。
「もちろん、その通りだとも。しかし、戦力を判断する際の重要な要素の一つだ。それに、敵の統率が取れた動きを見るにかなり利口な、高位のアンデッドも控えていると思われる。そういった者への対策はあるのかな?」
カーベインの疑問を受け、フェルネスは隣に座るサンドの無表情の顔に僅かに視線を向けた。それに対しサンドは小さく頷いた。
「根拠、もとい我々の切り札は彼です」
その言葉に陣幕内に居た全員の視線がサンドに集中する。
「彼の持つ
「なるほど、それならば期待できそうですな。国王陛下はいかがですか?」
「我としても異存は一切ない。法国の兵が協力してくれるなら、これほど嬉しい事はない」
「そう言って頂けて光栄です」
淡くとも新しい希望を得て陣幕内の者達は、その顔に久しぶりの笑みを浮かべた。
―――――
第二戦から一週間後、ナザリック守備隊指揮所
「ようやく揃ったか。遅い到着だな」
偵察に出している死霊達の報告をまとめた資料を確認し終えたクリプトは不敵な笑みを浮かべた。
「しかし、総数僅か千か、随分と少数で来たものだ」
「では、私が偵察に出るかね?」
クリプトは陣幕の片隅で小さな椅子に腰掛けている者に目を向ける。小さな椅子と言ってもクリプトが座るには十分過ぎる程の大きさがある、小さいと感じるのは単純にそこに座る者がそれほどの巨体を持つという事だ。
「いや、その必要は無いさ、シルア殿」
クリプトの明確な否定にシルアは怪訝な――見た限り表情というものは無いようだが――表情を浮かべた。
「何故だね? 敵が少数の時は伏兵や強力な個の存在を警戒すべきだろ?」
「それも間違ってはいない。だが、君は今回の戦争における切り札的面を持つ、出来る事なら温存したい」
「しかし……」
更に続けようとしたシルアをクリプトは手を挙げて制する。
「シルア殿の言いたい事は分かっているとも。だが、これで良いんだ」
「どういう事だね?」
「そもそも、哨戒班からの報告では周囲三キロに伏兵を確認できていない」
クリプトが説明を始めるとシルアは立ち上がり、クリプトの横に並んで机の上に広げられた地図を見下ろす。
「勿論、隠密を警戒して魔法的監視も行なっているので、まず伏兵は有り得ないだろう。そうなれば、強力な個が存在する可能性が高くなるが、
「なるほど」
 シルアは頷きながら
「まぁ戦闘開始後に転移してくる可能性なども有るが、あまり気にしすぎて動きが鈍くなってもいけないしな。そちらの炙り出しはお任せしよう」
「もちろんだ、任せてくれ。それと彼らはいつ来てもらうんだ?」
クリプトは口元に手を当てて考え込む。
「そうだな。あまり早くに呼び出して逃げられても困りものだ。戦闘が始まる直前に連れてくる事は可能かね?」
「うーむ……なにぶん数が多いからな。その後の事も考えると支援があったとしても不安が大きい」
「ならば、あちらの準備が完了し次第、壁内に転移させておいてくれ」
「承知した」
そうシルアが答えると二人は揃って後ろを向いた。そして、そこに掛けられた旗の前に跪く。
『全ては至高の御身が為!!』
miikoさん誤字報告ありがとうございます