クレマンティーヌ、アインズに会いに行く   作:高級住宅街

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目覚めたクレマンティーヌは生前の考えを改める。蘇った彼女が目指す目的とは…


目覚め

 

 

 

 クレマンティーヌは沈んでいく。

 不思議なことに息はできる。だが、体を覆うねっとりとした重い感触が自分が水中にいることを自覚させた。

 頭上からは光線が射し込み、その周囲だけがほんのりと明るい。おそらくあれが水面なのだろう。

 浮上しようと彼女はもがいた。しかしどんなに水面へ浮き上がろうとしても全く進まない。もがいてももがいても水面は遠くなるばかり。まるで足首に重りを括り付けられたかのような、いや、彼女の足を何かが掴んで下へ下へ引っ張っているかのようだった。

 クレマンティーヌはやがてもがくのをやめ、自分を底に引きずり込もうとする力に身を委ねた。彼女の体は暗い水の底へ沈んでいく。

 

 「もう明るい場所には戻れないだろうなー」

 

 なぜなら彼女は死んでいるのだから。生者が住む光の下に死者が紛れ込む隙は無いのだから。

 

 いつしか水面から射し込む光も見えなくなり、辺りは闇に包まれた。

 

 ◇◇◇

 

 彼女はまだ沈み続けている。

 時折、底から大きな泡が浮かんでくる。その泡には決まって人の顔が映し出されていた。

 自分の眼の前で死んだ友人の顔。自分を凌辱した男たちの顔。自分には冷たかった両親の顔。そして自分に殺された人間たちの顔。

 幾多の顔が浮かんでは消えていく。全員がクレマンティーヌのことを憎々しげに見つめていた。

 だが彼女はそれを見ても何も感じなかった。何故ならばそれらは皆、無価値な存在だからである。この世界の限りなく底辺を生きる弱者たち。強者にとってはいてもいなくても変わらない存在、それが彼ら。そんな無価値な存在を殺し、それを誇っていた自分自身もまた無価値だったのだ。

 世界には本当の強者というものが存在する。それをクレマンティーヌは知っている。彼女自身が直接出会い、戦い、殺されたのだから。勿論あれは戦いとは呼ばないだろう。圧倒的強者による弱者の蹂躙である。自分が圧倒的強者だと信じ、疑わなかった彼女は本物の足下にも及ばなかったのだ。

 クレマンティーヌは強い。人類の中では最強の部類に入るだろう。英雄の領域に足を踏み入れた彼女とまともに戦える相手は指で数える程しかいないはずだった。だが人外領域にまで到達した神人や一度も超えることのできなかった彼女の兄、そんなクレマンティーヌも認める強者たちを凌駕する者が町外れの墓地に現れたのだ。

 死の瞬間。あの死者の大魔法使いに押し潰されたあの時。クレマンティーヌは理解した。無価値なものばかりのこの世界で唯一価値のある存在。至高の御方とでも呼ぶべき存在。それは圧倒的な力を持つ強者、このマジックキャスターなのだと。

 

 ◇◇◇

 

 目を開けると石でできた灰色の天井が見えた。どうやら自分は横になっているらしい。

 近くで誰かが喚いているのが聞こえる。

 

 「クレマンティーヌ様、聞こえますか。貴方は蘇ったのです!偉大なる盟主様の力によって!」

 

 クレマンティーヌが視線を灰色の天井からずらし、横を見てみるとすぐ側に二人の人物が立っているのが見えた。一人は裕福そうな身なりの良い女で、もう一人は痩せた男だった。

 先ほどの女の言葉を思い出す。蘇った?盟主様?

 

 「ズーラーノーン……」

 

 彼女は小さく呟いた。いよいよ半狂乱になり始めた女の声で呟きは掻き消された。

 

 「クレマンティーヌ様!クレマンティーヌ様!クレマンティーヌ様!」

 

 女は相変わらず叫び続けている。男の方も心なしか嫌そうだ。

 

(頭のネジが外れているんじゃないか?まぁ…私が言えることじゃないが)

 

 そう彼女は思いながらも現状を分析する。

 

(蘇らせてくれたことには感謝するが、現状ズーラーノーンの関係者は邪魔でしかない。盟主なんかに捕まったら私の目的が果たせない。どうにかしてこの場から逃げなきゃ)

 

 何かないか周囲を目だけで見まわす。すると自分の手元付近を見ると慣れ親しんだ武器が目に入った。

 気づかれないようにそっとスティレットへ手を伸ばす。

 

 「お前!クレマンティーヌ様に御召し物を!早く!」 

 

 女は男に向かって命令するとまたクレマンティーヌの名前を連呼し始めた。だんだんと女の顔が近づいてくる。

 クレマンティーヌはまるで恋人を迎える娘のように女に抱きつくと、スティレットの先端を首元から垂直に刺し込んだ。

 女が歓喜の表情のまま固まる。目の焦点が定まらなくなり、体から力が抜ける。血走った目からは生気が消えた。

 クレマンティーヌは女の首からスティレットを抜くと、もう一人の男に向き直った。吹き出した女の血液が体にかかり、濃厚な香りが辺りに充満する。

 久しぶりに嗅いだ血液の匂いはクレマンティーヌの本能を呼び起こした。自然と笑みがこぼれる。そうだ、私は殺人に恋し、そして愛していたんだ…と。

 男はやっと状況を理解したようだ。落ち着きを取り戻さないまま口を開き、何か話そうとした。目の前で仲間を殺された人間の行動としては上出来だろう。仲間を殺したのが今しがた蘇った死体の時はなおさらである。

 そんな男にクレマンティーヌは容赦無くスティレットを突き刺した。力を調節した剣先は眼孔を抉り、脳をぐちゃぐちゃにしながら突き進む。英雄級の刺突を受けた男の頭はその衝撃に耐えきれず吹き飛び、頭を無くした体が鮮血を撒き散らしながら倒れる。

 

 「会わなければ。あの御方に」

 

 クレマンティーヌの目的は自分を殺したマジックキャスターに会いに行くことであった。

 

 

 その時、凄まじい音がして地下室の扉が吹き飛んだ。

 

 




14巻発売おめでとうございます!やっぱり面白い!

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