歌詞改変に関する僕流の理論①【音MAD講座】
ホアホア動画学園祭良かったですね。元々の素材が短いにもかかわらず17分まったく休む暇なくネタが続いていく様は、音MAD作者の個性の無限の可能性を感じましたね。
さてこの動画の気に入っている部分の一つとして、歌詞改変があります。
- 「ここは宴 鋼の檻」→「『俺ハヤルゼ』憐れ浪人」
- 「きっと見過ごした」→「テスト寝過ごした」
- 「反撃の嚆矢だ」→「キャンパスの講師だ」
この辺りは初見でつい笑ってしまった箇所なのですが、こうして見るとクオリティが高いですね。そう思いませんか? 思わない? そう思いませんか?(「思う」を選ばない限りループする選択肢)
もしかしたら僕が一般的感覚を持っておらず、単にこれらが後述の理論に沿っているから気に入っているだけなのかもしれませんが、強者揃いの参加者マイリストを信じて「これらはクオリティが高い」と仮定し、「これらをハイクオリティたらしめているものは何なのか」について、前半部分ではその理論を追求し、後半ではホアホア動画学園祭などの名作や、この理論を意識して作った拙作(手前味噌ではございますが)を例に交えながら語っていきたいと思います。
時間ない人は一気に4へ飛んでください。
1. クオリティの高い歌詞改変とは?
いきなり僕の答えですが、クオリティの高い歌詞改変は、「音が似ている」 「意味が崩壊していない」の二つの要素を満たしています。まず「替え歌」であるためには、元の歌の形式を踏襲しなければ、それは「元の歌は慣れ親しんでいるのに、これはなんか違う」と違和感を招くことになります(もっとも野生爆弾くっきーみたいな替え歌もそれはそれで面白いとは思いますが、その面白さは「掟をめちゃくちゃに破っているところ」から起因しているので、その「掟」を追求したいこの文の意図とは逸れます)。そして「元の歌の形式を踏襲すること」がすなわち「その歌を構成する音に似せること」です。そのうえで、歌詞を歌詞たらしめるためには「意味が通っている」ということも必要になってくるのです。
「意味が通っている」というのはともかく、「音が似ている」というのはまだ曖昧ですね。もう少し詰めていきます。キーワードは「韻」です。
このワードに慣れ親しんでいない人は2~3を読みましょう。慣れ親しんでいる人は一気に飛ばして4までいきましょう。
2. 音の「似ている度」
「音が似ている」という状態を数値化するため、「音が似ている度」を導入します。
音には「母音」と「子音」の二つがあるのはご存知かと思います。そして母音と子音が両方一致したとき、音は完全に一致します。そこで「音が似ている度」の定義としては、両方一致したところの得点を1点として、逆にどちらも違うところを0点とするのが自然な定義でしょう。では「母音のみ合っている状態」と「子音のみ合っている状態」にはどのような点数を付けましょうか?
人力をやってみればわかることですが、音を構成する長さは子音よりも母音のほうがずっと長いです。したがって、 「母音のみ合っている状態」 は 「子音のみ合っている状態」 より点数は高くなっている必要があります。ここでは仮に前者を0.8点、後者を0.2点としましょう(より厳密にやるとすると、「母音同士の似ている度」も考慮する必要があると思います。例えば「め」はがんばれば「ま」のように聞かせられますが、「み」は「ま」のようには聞かせられません)。
もう一個考慮すべきことが、「無声音」です。ちょっと次の文章を発音してみてください。
「明日、街角で竜田揚げを食べます」
この文において、「し」「ち」「つ」「す」は母音の音が小さい、あるいはまったく発音されないかと思います。このような音は無声音と呼ばれ、得点計算では強制的に母音があっているものとみなします。
その他にも細かいルール説明はつけられますが、主要な部分はこんな感じです。これを導入したことで「ある一つの音が元の音にどれだけ一致しているか」を計算することができるようになりました。これで単純計算をすれば替え歌全体の点数も計算できそうですが、それはできません。全体の構造というのはまた少し複雑なのです。
3. グラデーションをかける
まず音にはそれぞれ長さがあります。短ければ短いほどそこは適当でいいし、逆に長い音はばっちり合わせるべきです。例えば、四分音符の得点倍率を×1とすれば、二分音符を×2とし、八分音符を×0.5とする、ということも考えられます。
ただ、音そのものの長さだけが倍率のパラメータではありません。
まず、フレーズの最後はその替え歌の優劣をつけるといっても過言ではないレベルの威力があります。「Welcome to ようこそ足立区」と「Welcome to ようこそ横浜」では、足立区のほうが歌った時の気持ち悪さが残っているのではないでしょうか。母音の数では足立区が3つ、横浜は1つであるにも関わらず。
また上の思考実験が示しているもう一つのこととして途中はそこまで気にしなくてもよいのです。
またフレーズの最初は、最後ほど重要ではありませんが、第一印象を司るので決して侮ってはいけません。場合によってはいきなりずっこけることになります。
以上をまとめると、最初はやや力を入れ、途中は力を緩めて、最後に向かって尻上がりに得点率を上げていくような右上がり、あるいは川底のようなグラフをイメージすれば無理のない歌詞改変ができるのではないでしょうか。もちろん、ずっと高い得点率を維持し続けるような平地が描ければそれに越したことはないのですが。
4. 韻と音MADの関係
とまあここまで説明してきましたが、これ要は「韻」の再発明なんですよね。そう、韻はラッパーだけのものじゃない、ということを伝えたいがためにわざわざこんな長ったらしい文章を書いてきたのです。
フレーズの最初で合わせる韻は「頭韻」、フレーズの最後で合わせる韻は「脚韻」と言われます。特に歌詞改変では脚韻のほうが重要だ、というのが僕の結論です。
たぶん多くの人は理論より実践のほうが好きですよね。次回更新で実際にどのように活用されているか具体的に示していきたいと思います。