cakes読者のみなさま、お久しぶりです。
以前「とりあえずビール!」という連載を書いておりました、馬田草織と申します。
これまでの連載は、おかげさまで『ポルトガルのごはんとおつまみ』(大和書房刊)という本になりました。あれからちょっとだけ休憩するつもりが、気が付けばあっという間に1年。サボっていても、書いていても、あっという間に過ぎる1年。もう十分に休憩しましたので、この4月から連載を再開します。あらためまして、あるいははじめましての方も、どうぞよろしく。
せっかくなので、タイトルも新しくしました。「ポルトガル食堂」は、仕事現場や旅先、日常で気になった食のサムシングと、それにちなむ料理のレシピとお酒を月替わりでご紹介していくWEB上の食堂です。ポルトガルや南蛮絡みのエピソードが好きな私ですので、内容がそっちに偏ることは避けられませんが、新しいタイトルに免じてここはひとつ大目に見て、いや読んでいただければと思います。
卓上魚偏差値の高い、富山の旅
さて、リニューアル1回目は「昆布」の話から。
先日、富山県の高岡市を訪ねました。
上野から北陸新幹線に乗り、2時間少々で新高岡駅に到着。まるで東京駅かと思うほど賑わっている金沢駅に比べ、一つ手前の新高岡駅のホームはとっても静か。心落ち着きます。
日本海に面している富山県高岡市は、全国有数の豊かな漁場でもある富山湾がすぐ目の前。大迫力の3000メートル級の山々が連なる立山連峰からは、栄養とミネラル豊富な雪解け水が富山湾に絶え間なく注がれ、湾内上層部には暖流が、下部には海洋深層水が流れるために、魚の種類も多様で豊富。ご近所氷見市の寒ブリも(今年は不漁で大変だったようです)同じくここ富山湾から上がります。また、漁場と漁港が非常に近いので、とれたての魚が即食卓に届くという環境。地元高岡の人達にとってみれば、富山湾は天然のマイ生け簀のような存在というわけです。日常の食卓に目の前の海の新鮮な魚が上がるのはごく当たり前で「小さいころ刺身が食卓に並ぶたびに、また魚かとぶうたれていた」といった話もあちこちで聞きました。遠い海からやってきた、パック入りの切り身魚ばかりを見て育った私には、ただただ羨ましい子供時代です。
訪ねたのは3月上旬で、白エビや甘海老、紅ズワイガニ蟹など海のご馳走が全開の時季。「魚人」という魚居酒屋では、一人まるまる一杯の紅ズワイ蟹をいただきました。
皿から豪快にはみ出るすらっと伸びた脚は、色鮮やかな深紅。縦に割ると、しっとりつやめく真っ白い蟹肉がのぞきます。その場の全員が、あっという間に蟹まっしぐら。誰もが夢中を通り越して一心不乱で蟹仕事に没頭し、富山の銘酒を口にすることもしばし忘れ、最後はみんな蟹酔い状態でした。富山はどこに行っても卓上魚偏差値が高すぎて、人生における魚偏差値が低い私には、ひたすらまぶしい経験でした。
キトキトの魚も、昆布〆で旨味倍増
そんな海のお宝溢れる中、富山の味としてひときわ印象に残ったのが、平目の昆布〆の鮨。高岡駅からほど近い「鮨金」の、富山湾鮨コースの中の握りのひとつでした。ただでさえ、富山弁でいうところのキトキトの(生きがいい)ネタが豊富なわけですが、それを昆布〆にすることで、ますます魚の味わいが豊かになる。昆布食文化が花開いた富山ならではです。
北海道産の真昆布に新鮮な平目などの薄造りをきっちり並べ、上から昆布で挟んで数時間置くと、昆布の旨味がのった魚はうっすらとべっこう飴のような金色を帯び、昆布の旨味と風味をふんわりとまといます。乾いた昆布に挟むことで水分が程よく抜けるので、魚の食感も締ります。火も使わず特別な道具もなし。必要なのは旬の海の幸と昆布、あとは人の手と時間のみ。昆布に挟んで寝かせるだけで食材がこんなに変化するなんて。もちろん、〆ているから生の魚をおいしく保存できる。昔の人は実によく考えたものです。
さらに素晴らしいのは、昆布〆は富山の家庭料理だということ。主婦でもお父さんでも子どもでも誰でもできる調理法だということです。食文化の基本は家の台所にあるわけで、昆布〆はまさにそのど真ん中を行く、この土地ならではの調理法。誰もが自分の家で、身近な素材で、自分の手で再現できる簡便な料理だということ。これはとても大切です。加工品を食べる、外でプロの料理を食べるばかりでは、個々の、地域の、ひいては日本の食文化は根本から豊かにはならない。自分達の手を動かして食事することが、本当の食の豊かさの基本だからです。
地元の方々と食事をしながら伺っていて面白かったのが、昆布で〆るのはなにも魚だけじゃないということ。かぶや大根、オクラやアスパラガスなどの野菜や、ぜんまい、わらびなどの山菜、牛肉や鶏肉などもありなんだそう。そういえば居酒屋のメニューで、野菜や魚などの昆布〆盛り合わせというメニューも見かけたぐらいです。
和食文化に昆布革命をもたらした、北前船と昆布ロード
そもそも富山県は昆布消費が盛んな土地。総務省の家計調査データを見ても、昆布の消費量、昆布への家庭の年間支出金額は京都を抑えて全国統計でほぼ毎年1位。昆布の産地でもないのに、どうして常にトップなのか。それは、かつて日本海沿岸を行き来して物流の要の役割を担った、廻船商人や北前船の存在が大きく関係します。
昆布について少し調べると、大抵たどり着くのは大石圭一氏の『昆布の道』という本です。この中で大石氏は、江戸時代からの昆布の流通経路を「昆布ロード」と紹介しています。
昆布ロードとは文字通り昆布を運んだ経路のことで、主に北海道でとれた昆布は、越前、能登、越中など日本海側の各港で働く廻船商人、のちに北前船と呼ばれ、昆布ロードを繋ぎ完成させた人々の活躍で、福井や富山など日本海沿岸の各港を中継しながら、あるいは陸路や琵琶湖水路なども辿りつつ、京都をはじめ次第に各地に運ばれるようになります。さらには下関や瀬戸内海を通って天下の台所と呼ばれていた大阪、鹿児島、琉球(沖縄)を経て、なんと隣国清(中国)にまで運ばれました。中でも富山はキーになる土地で、越中富山の薬売りで有名な商才に長けた富山売薬たちが、鹿児島など南方への昆布輸送に大きく関わり、当然地元富山の港への荷卸し量も相当だったわけで、富山の地元の人達にも、昆布を使った食文化が自然と根付いていったというわけです。
また、今でこそ昆布だしは和食の基本のように思われていますが、実は昆布がメジャーな存在になったのは、この北前船が活躍し昆布ロードが誕生してからのこと。それまでの和食は塩やみそ、しょうゆが味のベースでした。和食に欠かせない昆布を広く定着させる役割を担ったという点でも、昆布ロードやそれを作り上げた北前船の存在は非常に大きいのです。
富山のおにぎりは、海苔より昆布が常識
ところで富山県の昆布料理は、だしを取る以外の料理が豊富なのが特徴的。昆布〆をはじめ、昆布巻に刻み昆布、昆布巻かまぼこ、昆布の佃煮に昆布もち、おやつには昆布あめ。おにぎりも、海苔よりおぼろ昆布やとろろ昆布で包む方が断然メジャー。コンビニをのぞけば、昆布のおにぎりがごく当たり前に並んでいます。昆布は食べるもの、というのが富山の人の感覚のようです。
そんなわけで、富山でおいしい時間を過ごしているうちに、すっかり昆布料理に魅せられました。帰ったら昆布〆でなにかつくろうと、高岡の「塩谷昆布店」で昆布〆用の幅の広い真昆布をいそいそと買って帰りました。ちなみに、写真右が高岡で購入したもの。左の昆布は、普段家で使っている函館で購入した真昆布。昆布〆用と書いていなくても、このように幅広の昆布なら大丈夫です。
Menu do dia 本日のメニュー
ということで、今回の料理はこちら。
「平目の昆布〆と赤紫蘇、青紫蘇、ベビーリーフのサラダ」です。
材料
・昆布(具材を挟む面積分)
・好みの刺身1~2パック
・ベビーリーフ、赤紫蘇、青紫蘇など 各適宜
・オリーブオイル、白ワインビネガー(米酢でも)、塩、こしょう、レモンの皮 各少々
昆布を広げ、硬く絞ったふきんなどでさっと表面を湿らせます。
その上に買ってきた魚の切り身を並べ、軽く塩を振ります。今回は平目と金目鯛にしました。ここで魚の上に刻んだしょうがを散らすのもありです。昆布の香りや旨味をシンプルに楽しむなら、このままの方がおすすめ。これ、高岡「鮨金」の方のアドバイス。
魚を昆布で挟んでラップでくるみ、冷蔵庫でひと晩寝かせます。
翌日開くとこんな感じになりました。程よく水分が抜けて、身はねっとり仕上がっています。
添えるサラダは、食感のやさしいベビーリーフがおすすめ。紫蘇など香りが立つものを混ぜつつ、味付けはできるだけシンプルに。葉にはごく軽くオリーブオイルをまとわせ、塩、こしょう、少量のワインビネガーを絡めてサラダは完成です。皿に盛りつけて昆布締めを置き、レモンなどの柑橘類の皮を削って散らします。ビネガーがなければ米酢でも構いません。
そして食べ方はぜひ、昆布〆でサラダをたっぷり巻きながら、ひと口でほおばってください。昆布の風味や旨味がのり、ほのかに甘身を感じる魚の味わいや、紫蘇の香り、柑橘の香り、野菜のいろんな味が広がって、軽やかなのに噛むほどに旨味たっぷり。思わず昆布最高!と叫びたくなります。
合わせるワインは、ポルトガル北部ミーニョ地方でつくられている、微発泡の辛口ヴィーニョヴェルデをぜひ。ローレイロというぶどうが主体のワインです。ローレイロはポルトガルの土着品種で、ほどよいコクとぶどうの旨味を感じるので、昆布の旨味ともちょうど良いバランス。サラダは食べる直前にレモンやすだちなどの柑橘を絞ると、よりこのワインと合います。
今回ご紹介しているのは「ポンテ・デ・リマ ローレイロ セレクショナーダ」。 気になる方はこちらからどうぞ。
サラダなどの葉物が好きじゃないという方は、昆布〆の切り身でご飯をくるんだ手毬寿司もいいですね。四角く切ったラップの真ん中に切り身を一切れ置き、ご飯(温かいご飯にすし酢を加え混ぜると、魚との相性が断然良くなります)を少量のせ、てるてる坊主をつくる要領で、きゅっとラップごと軽く絞ります。
魚の切り身を上にして並べれば、こんな感じに。お酒がすすむお花見弁当が簡単です。
写真は、上が黒とろろ昆布(酢に漬けた昆布の表面を削ったもの)でくるんだもの、左がゆかりご飯に金目鯛の昆布〆、右は平目の昆布〆に桜の塩漬けをあしらいました。
春の週末の食卓を、宴会を、パーティを、昆布〆とヴィーニョヴェルデで楽しんで下さい!