拙著『新しい料理の教科書』のなかで一番反響があったのがこの〈生姜焼き〉のレシピ。簡単にできる生姜焼きはみんなが大好きなメニュー。今日はばっちりおいしくできる生姜焼きの作り方をご紹介します。このレシピは本で紹介したものの改良バージョン。おいしくつくるポイントは「酵素の力を上手に使うこと」と「肉に火を通しすぎないこと」の二つです。
生姜焼き
豚肩ロース…250g
ショウガ…20g
玉ねぎ…半分
サラダ油…小さじ1
酒…大さじ2
醤油…大さじ2
みりん…大さじ2
砂糖…大さじ1
タバスコ…2滴
作り方
1.玉ねぎは5mm厚にスライスし、よく洗ったショウガを皮ごとおろし、酒で溶きのばす。
2.豚肩ロースは大きければ半分に切り、バットに並べ、1を表面に塗って15分間、置く。
3.そのあいだにあわせ調味料をつくる。醤油大さじ2、みりん大さじ2、砂糖大さじ1、タバスコ2滴をボウルに入れ、混ぜ合わせる。砂糖が溶ければOK。
4.フライパンを中火にかけ、サラダ油小さじ1で玉ねぎを加熱する。2〜3分間、加熱し片面に焦げ目がついたらバットなどに移す。
5.同じフライパンで、中火の火加減のまま2の豚肩ロースを二回に分けて焼く。豚肩ロースはショウガがついた面を上にして、フライパン全面に並べて、片面に焦げ目をつける。表面に肉汁が浮いてきたらバットなどにとりだして、残りの豚肩ロースを同様に焼く。(火の通り過ぎを防ぐために片面焼きです。もう片面はタレで絡める際にきちんと加熱されるので大丈夫)
6.バットの玉ねぎと豚肩ロースを鍋に戻し、3のあわせ調味料を加えて全体に絡める。
タレが全体に絡まったら火が通り過ぎるのを防ぐために、肉を先に器に盛る。
タレを煮詰めて、泡が大きくなったらタレの出来上がり。肉の上にかけて仕上げる。
隠し味のタバスコの酸味で、シャープな味に仕上がります。これは『新しい料理の教科書』でも紹介した技。今回はさらに玉ねぎを入れることでボリューム感を出しました。
マリネで肉がやわらかくジューシーになるワケ
生姜焼きがなぜ優れた調理法なのか。それは簡単な実験で確かめることができます。左側の豚肉は醤油、酒、ミリン各大さじ1、右側はそれにショウガのすりおろしを加えたものです。15分間、マリネした後、焼いてみます。
これに生肉(左下)を加えた三種類を同じ時間だけ加熱した結果、一番やわらかくなったのがショウガを加えたものでした。次にやわらかかったのが醤油、酒、ミリンでマリネしたもの、一番硬かったのが生肉でした。
肉をマリネするとなぜやわらかく、ジューシーになるのでしょうか? これまで肉料理をいくつか紹介してきましたが、そのなかで何度も強調してきたのは「内部温度を上げすぎない」こと。内部温度を上げすぎると筋肉が収縮し、ちょうどスポンジを絞るように肉から水分が流出して、硬くパサパサになってしまうからでした。
水分が失われるのを防ぐためには内部温度を上げすぎない他にも、いくつかの方法があります。マリネもその一つ。加水することで調理によって失われる水分を補うことができるのです。
この時、保水性のある液体(例えば醤油や塩入りのヨーグルトなど)を加えれば、効果がさらに期待できます。塩分を加えると肉のタンパク質の一部の性質が変わり、保水力が向上するからです。
マリネする液体は塩味のものだけに限りません。酢やレモン汁、酒などでマリネするのも有効です。これらの液体に肉をつけると、保水力が上がり、さらにpHを酸性にすることで肉自身のタンパク質分解酵素が活性化し、肉がやわらかくなる効果もあります。
マリネ液にタンパク質分解酵素を加えるのも、肉をやわらかくする効果があります。パイナップルや玉ねぎのすりおろしで肉をマリネするとやわらかくなる、という話を聞いたことはありませんか? 玉ねぎに含まれるタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)が肉のタンパク質を分解し、肉をやわらかくジューシーにするのです。
タンパク質分解酵素はショウガにも含まれているため、肉を生姜焼きにするとやわらかくなるのです。生姜焼きはこれらの科学的な処理をすべてとりいれた調理法といえます。
ジューシーさをつくる二つの要素
ただ、醤油とミリンでマリネすると、焼いたときに先に醤油とミリンが焦げ、肉に焼き色がつきません。焼き色がつかないことは大きな問題です。なぜなら焼き色はジューシーさにも影響を与えるからです。
そもそもジューシーさというのは二つの感覚からなります。最初の段階のジューシーさは〈食べものを口にした瞬間に感じる水分〉で、肉に含まれる水分に起因するものです。そして、次に感じるジューシーさは〈肉の脂肪と風味が唾液の分泌を刺激すること〉によって生じます。肉は焼くほどに肉汁が流れ出てしまうのに、しっかりと焼き色をつけた肉がジューシーに感じられるのはメイラード反応の生成物が唾液の分泌を促すからなのです。また、醤油味が肉に浸透するため、肉らしさが薄くなるのもデメリット。
そこで僕は肉をやわらかくするための酒+ショウガと味付けのための醤油+みりん+砂糖を分けて使います。この新しいスタイルの生姜焼きであれば、従来の生姜焼きよりもやわらかく、しかも焼き目のついたジューシーな肉が味わえるのです。
おまけ〜ショウガの保存方法
熱帯アジア原産のショウガは寒さと乾燥が苦手。冷蔵庫にそのまま保存するとすぐに干からびてしまいます。保存するときは新聞紙に包んで、常温で保存するか、さらにビニール袋に入れて、野菜室で保存します。そうすれば一週間から十日間くらいは問題なく保存できます。
こんな風に切ってしまった場合はどうすればいいでしょうか? その場合は焼酎につけて、冷蔵庫で保存すると長持ちします。ホワイトリカーのようなアルコール度数の高いものが理想的ですが、普通の焼酎でも大丈夫。使うときに加熱すれば焼酎の匂いは気になりません。
ただし、土がついているとボツリヌス菌(ボツリヌス菌の芽胞はアルコール環境下でも死滅しません)という嫌気性食中毒菌のリスクがあるので、よく洗ってから漬け込むことが肝心です。残った焼酎は何度か使えますし、そのまま飲むこともできます。
<次回は4月19日(土)に更新予定です>